大地を統べる者

 引き起こされた現象は、半分予想通りで、半分予想外だった。


 爆発でも起きたかのような激しい重低音。目と鼻の先まで迫った超質量の脚と俺の右拳は真っ正面から激突した。

 感じた手ごたえは、ごくごく僅かなものだった。

 そして感触からは想像もつかないほどの威力で、目の前の岩塊は押し返される。否、大きすぎて正確な速度が掴めないが、濁流に揉まれる小枝のごとく、巨人の脚はやたらめったら回転しながらとんでもない速さで吹き飛ばされた。

 今度も、俺の拳が巨岩からなる脚を殴り飛ばしたのだった。

 だが、何かがおかしい。


「あははははは、やっぱりすごい力だねぇ! でも、前とおんなじやり方っていうのは、あんまり賢くないかなぁ!」

 訝しむ俺の頭上から幼い少女の声が降り注ぐ。

 見上げると、片足の膝から下だけを失った巨人が変わらずそこに立っていた。

「なっ……」

 俺はてっきり、お互いの攻撃がぶつかり合った結果として比較的脆弱な関節に負荷が集中し、巨人の脚がちぎれ飛んだのだと思っていた。

 だが、それなら多少なりとも体勢が崩れているはずだ。しかし巨人にそんな素振りは見られない。

 ということは……押し負けることを見越して脚を自壊させた?

「じゃあ、次はわたしの番ね!」

 そう楽しげに言い放つと、巨人は残った左足の膝から上を地面へ――俺のいる方へと真っ直ぐ差し向けた。

 直後、太ももに当たる脚の表面を何本もの白い光が網目状に走り、岩と岩のぶつかり擦れる騒音を撒き散らしながら、脚はまたたく間に変形していった。

 細く、そして長く。それが到達する先は、考えるまでもなく俺。


 慌てて踵を返し、俺は一目散に駆け出す。その背後でなおも耳障りな音を立て、巨人の左脚は伸びる。

 ドスンと鈍い音が鳴ったのは、それから1秒が過ぎたかどうかというタイミング。振り返ると、半分程度の細さになった巨人の左脚が地面に突き立っていた。そして同時に俺は相手の狙いを悟った。

 煌々と白い光を放つ、細くなった脚。その脚を介して白い光は地面にまで伸びていき、地面に蜘蛛の巣状の模様を描き出す。その大きさは半径約20メートル。

 あの光は神の力を伝達する、言わば力の水路のようなものだという。それを地面に張り巡らせたということは、次に駆り出されるのはほぼ間違いなく広範囲攻撃だろう。

 そして俺はまだ白い網目の範囲内にいる。


 一刻も早く逃げろと、本能と理性が声を揃えて俺を急かす。

 範囲外まではあと10メートル。

 急いで駆け抜けるか、あるいは走り幅跳びよろしく助走をつけて跳んでみるか。だがどちらを選ぶにしても、相手の範囲攻撃の発動より早く脱出できる保証はない。

 さらにイェーナたちの情報では、相手は真下から足を狙う攻撃なんかも使うとのこと。右腕以外が脆弱な俺にとっては天敵のような攻撃だ。できるならここは確実に回避しておきたい。

 そこまで思考を巡らせると、俺は顔面が下になるように、その場に飛び上がった。


「……何やってるの?」

 神憑きの声は意味が分からないとでも言いたげな声音をしていた。

 そりゃそうだろう。追い詰めたと思った相手が、逃げるでも抵抗するでもなく訳の分からないことをしているのだから。

 そして困惑によって生じたこの時間こそ、俺の欲していたものだ。この隙に俺は右拳を振りかぶる。狙うは目の前、今まさに迫りつつある灰色の地面。

「あとは、違うフォームでどれだけやれるか……だなッ!」

 語尾に気合を上乗せし、俺は地面を強打した。

 そして、結果は俺の目論見通り。

 巨人の脚一本を軽々と殴り飛ばす俺のパンチは、少々重い手ごたえながらも地面に対しても威力を発揮し、その反作用として俺の体を軽々と吹き飛ばした。方向も狙った通り、巨人から離れて蜘蛛の巣状の紋様からきっちり抜け出せる角度だ。

 ただ計算外が一つあるとすれば、俺の体がやたらめったら回転していることくらいか。

 ……うん、この技は緊急用にしか使えなさそうだ。

 どこから落ちたかも分からないまま地面を転がりつつ、俺はそんなことを思った。



 鋭利なものが硬質な面に激突し、折れ砕けながら突き刺さる音。

 そうとしか表現できない激しい音が、何百何千と絶え間なく鳴り響いた。

 転がりながら起き上がった俺が見た光景も、音から受ける印象とさほど違いはない。地面に突き立っていた細くなった方の巨人の脚に向かって、刃のように鋭利な岩の破片が集中砲火のごとく浴びせられていた。

 初めは、誰かが援護してくれているのだと思っていた。

 だが、すぐに誤りだと気付いた。

 何故なら、破片の弾幕が放たれているのは巨人の脚を起点とした半径20メートル程度の地面からだったのだ。

 要するに、これは相手の範囲攻撃だ。当然だが、生身の人間が巻き込まれれば跡形もないボロ雑巾、あるいはそれよりも酷い状態になる。

 背筋に寒気を感じながら、俺はさらに目の前の光景を見続ける。

 そう、攻撃というのは分かる。しかし、それならば一つの疑問が生じる。

 何故自らの脚に向かって破片を放ち続けているのか、だ。わざわざ自分の脚を狙わなくとも、真上とかあるいは外側に向けてもいいはずだ。

 その答えは、破片の弾幕が止むと同時に明らかとなった。


「ほう、器用なマネをするもんだな」

 後方から聞こえてきた声はカジン・ケラトスのものだろう。だが俺にはそんな余裕のある感想など浮かばなかった。

 現れたのは巨人の脚だ。ただしそれはもう片方の脚と何ら違いのない、同じくらいの太さの脚。加えて、脚以外の部分に異変は見られない。

 要するに、失った部位と同じだけの体積の岩石を補充し、欠損を修復したのだ。

 今の奇妙な範囲攻撃は、攻撃でありながら回復でもある攻防一体の技。

 いや、それだけではない。

 突撃した俺を蹴りで迎撃する素振りを見せた瞬間から、おそらくこの一連の流れは組み立てられていた。

 俺を足元へ誘導し、攻撃を出させて動きを遅らせ、範囲攻撃を仕掛けつつ逃げられた場合にも備えて損傷を回復する。まるで無駄のない凶悪な連携は、とても声の通りの子供とは思えない。

 というか、今の今まで忘れていたが、こいつはイェーナたち討伐隊の主力を見抜いて即座に返り討ちにした相当の強者だ。いくらなんでも警戒が足りなかった。


「あははは、どれだけ壊してもムダだから! 分かったらおとなしくコロされちゃってよね!」

 神憑きが高らかに宣告する。

 欠損が修復されるということは、半端なダメージは全て無意味ということだ。俺に残された勝ち筋は回復の隙を与えずに連続攻撃で畳み掛けるか、たった一撃で壊滅的な損傷を与えるか。

 何にせよ、突っ込むしかない。そしてそれは相手の消耗を狙う戦いよりも遥かに危険だ。

「焦らず、けれども勇敢に……ってとこか」

 言い聞かせるように俺はひとり呟く。

 結構な難題だが、やるしかない。

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