作戦会議

 人間三人と神一柱が、円を描くように座って――巨大目玉は相変わらず浮いたままだが――俺を取り囲んでいた。その面々を今一度見回しながら、ついでに少し傾いた太陽をちらりと盗み見る。俺の知識でいくと午後三時くらいだろうか。

 大地の神『ゴトス・ユエ』は、いつ戻ってくるかは明言しなかったが、我らが目玉の神曰く、そう遠くない場所で待機していてどう動いても戦闘は避けられないだろう、とのことだった。だから、どうやって大地の神とそのかみきを迎え撃つかについて、俺たちは話し合っていた。

 とはいえ、ようやく今お互いの能力の共有が終わったところなのだが。


「えーっと、それじゃあまとめると、まずトビアスさんが俊足と剣技」

「ああ、走るのと切り刻むのは任せてくれ」

 そう言ってトビアスは両腰に下げた二振りの剣を引っ掴み、にっと笑う。軽くて素早い身のこなしに合わせ二本の剣を自在に操るその戦闘スタイルゆえに、付いた異名は豹爪のトビアス、だそうだ。

「次に、イェーナさんは精密な射撃」

「はい、すみません……。助力を申し出たのは私なのに……」

 黒髪の美少女はそう言うと顔を俯かせてしまった。

 彼女は針通しのイェーナ。針の穴を通すほどの弓の腕と目の良さがウリ……なのだが、岩石の塊のようなあの神憑き相手には役に立てそうにないと落ち込んでいるのだった。

 何か言葉をかけてあげたいのは山々なんだが、適当なことを言うわけにもいかず、俺は心の中で謝りながら最後の一人に向き直る。

「それでラウレンスさんが……風使い、ですっけ」

「左様。嵐には及ばぬが、そこそこ強い風を吹かせることが可能じゃな。それと光やら音やらにも少しばかりちょっかいを出せる。こっちはせいぜいハッタリくらいにしかならんがのぉ」

 白い髭をいじりながら老人――ラウレンスは答えた。

 ……うん。そういうものだと言われてしまえば、俺もそういうものかと納得せざるを得ない。要するに、魔法とか超能力とか、そういう類いの力のようだ。

 まあここは神やら神憑きやらがうろうろしてる世界なわけで、今更疑うのも馬鹿らしい話だし素直に信じるとする。


 ……で、だ。

「やっぱり、相性が悪いんですよね……」

 俺がそう言うと、トビアスはハハハと苦笑いし、イェーナはますます俯き、ラウレンスはそっぽを向いて口笛をひと吹きした。

 三人とも理解はしているのだ。あの岩の塊みたいな巨人を相手に、鋭いだけの剣や正確なだけの矢などは全く歯が立たないのだと。

「あの、念のための確認ですけど、そっちの倒れてる子の能力は?」

「ああ、ベアトリスか。彼女は炎使いでもう一人の主力だったんだが……当分目を覚まさないだろうな。彼女まで深手を負わされてなきゃあそこで倒せてたろうよ」

 そのトビアスの言葉に、ふと俺は首を傾げる。

「倒せてたってのは、どういう……?」

 生半可な炎じゃ剣や弓とそう変わりないだろうと俺には思えたからだ。

 するとラウレンスがその答えを引き継いだ。

「確かに、炎はあの岩石を壊すには至らんじゃろう。じゃが、あの巨人はあくまで神憑き、中には生身の人間が入っとるはずじゃ」

「なるほど、そういう……」

 要するに炎の熱だとか煙だとか、もしかすると一酸化炭素中毒とか低酸素状態にも持ち込めるのかもしれない。

 なので、俺はダメ元でしてみた。

「あの、カジン・ケラトス様? 不躾なお願いなのですが彼女を治せたりとか、出来たり……」

「別にそうかしこまらなくていいぜ。おめーの召喚者ではあるが、神官にした覚えはねえし」

「あ、はい」

「んでその娘だが、一応治せはするが炎使いの力がガタ落ちしちまう。詳しい理屈は置いておくが、まあ炎使いとして復活させるのは無理だ」

「ですよねぇ……」

 まあそんなうまい話はそうそうない。というかそれが可能なら、三人が真っ先にお願いしてそうなものだ。

 さて、となれば道は一つしかない。

「やっぱり、俺がやるしかないんだな」


 ◆


 相手の神憑きとの相性、そしてトビアスとラウレンスは負傷していることも踏まえると、まともに戦えるのは俺しかいない。至極真っ当な結論だ。

 だがそれはそれとして、借りられる力は全部利用していきたい。要するに、イェーナたち三人には俺のサポートに回ってもらうというわけだ。

「援護に回るのは構わんが、何をさせるつもりじゃ?」

「簡単に言うと、俺を攻撃から守ってほしいんです」


 それはこの話し合いの少し前。

 三人から離れたところへ呼び出された俺に、灰色目玉の神カジン・ケラトスは反省会と称してある事実を告げた。

「おめーの力は右腕、しかも殴る瞬間に大部分が発揮されるようになってる。ぶっちゃけ右腕以外はただの人間だ」

 それは早く言ってほしかったなーと思う俺に、神はさらに続けた。

「力が一点に高密度に集中してっから、そこで勝負すりゃ大地の神の神憑きみてーなバケモンともやり合えるが、逆に言うならそれ以外は鍛えた人間にすら負けるかもしんねえ。長生きしてーなら気を付けるこったな」


 つまり、ざっくり言うと俺は攻撃特化の紙装甲というわけだ。無論、右腕はある程度の攻撃には耐えられるだろうとも言ってはいたが、そもそも性能がピーキーすぎて守りに入った時点で多分負ける。

 だったら、弱い部分は味方に補ってもらった方がいい。という流れで、さっきの会話に繋がるというわけだ。

 てなわけで。

「ラウレンスさんは風で飛び道具の妨害、イェーナさんは矢を巨人の手足に当てて攻撃の予兆を音で知らせてください」

 これが俺が考え付いたサポートだ。まあ妥当な役割分担だろう。

「ふむ。まあやれるだけやってみるかの」

 そう気軽な口調で答えたラウレンスとは対照的に、イェーナは少しばかり驚いたような顔をしていた。

「あの、イェーナさん? もしかして、難しい注文でしたか……?」

 針通しというほどの弓の名手なら簡単なことかと思ったが、何か問題があるのかもしれないと、俺はおそるおそる尋ねた。だが、返ってきたのは意外な反応だった。

「あ、いえ、違うのです。私の弓の腕をこうも簡単に信用する人なんて初めてだったので」

 ……なるほど。神憑きがいるような世界でも、針穴を射抜くのは神業を通り越して眉唾ものレベルということなのか。

「こいつはさっき生まれたばっかみたいなもんでな。この世界の常識とか知らねえから大目に見てやれ」

 若干の皮肉を感じるものの、灰色目玉からのナイスな助け舟に俺も頷いて続ける。

「ええ、それにイェーナさんは無意味な嘘とか言わなさそうですし」

「ああ分かるぜカジナ殿。イェーナは本当にいい子でなぁ」

 トビアスがうんうんと頷きながら賛同する。仲間の彼も同意見のようだし、俺の感覚は割と間違っていないみたいだ。

「な、なんで意気投合してるんですか」

「なんでってそりゃ」「事実ですからね」

 異口同音に俺たちが答えると、イェーナはさっきとは違う恥ずかしげな表情で顔を伏せた。

「ま、どっかの若造とは違って、イェーナならきっちり務めを果たしてくれるじゃろうな」

「あん? 何だジジイ、若造って俺のことかよ」

「おやぁ? 誰とは言っとらんがなぁ」

「な、なにをっ!」

 いつもの調子らしい言い合いを始めた二人をよそに、俺は改めてイェーナに向き直る。

「じゃあ、任せましたよ」

「……はい。必ず役目を果たしてみせます」


「そういやカジナ殿、俺はどうすれば?」

 話も大体まとまったところで、今気付いた風にトビアスが尋ねてきた。

「あー……。それなんですけど、トビアスさんは臨機応変に動いてもらおうかな、と」

 臨機応変、などと言ってはみたが、ぶっちゃけ何も思いつかなかったというのが本音だ。

 攻撃手段が剣がメインのトビアスは戦闘に加わるのなら接近せざるを得ず、接近すればあの巨体から繰り出される攻撃に否が応でも晒されることになる。そんな危険なことを他人に、しかも傷を負っている相手に強制するのは、流石に気が引けたのだ。

 そんな俺の考えを知ってか知らずか、

「臨機応変、ねぇ」

 トビアスはいわくありげに虚空を見つめた。

「ま、やれるだけやってみっか」

 目を細め、片方の口の端だけを小さく釣り上げる。いかなる感情がその顔に込められているのか、俺には見当も付かなかった。

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