RPGじゃない本当の町さ

 アリアン達が開墾や山菜採りをしていた頃、真一は近隣で栽培されている農作物などを調査するため、セレスと共にボア王国内の町を訪れていた。


「しかし、思った以上に小さいな」


 外から町を見回してみた、第一の感想がそれであった。

 家屋は全部で百軒ほど、人口は六百人前後だろう。


 現代日本の基準だと村や集落と呼んだ方が正しい規模だが、この異世界では十分『町』と呼べる大きさらしい。


「仕事を考えれば当然の話か」


 ボア王国は肥沃な大地を持つ農業国家なので、国民のほとんどが農家であった。

 そもそもトラクター等の機械がなく、食料生産の工業化、効率化が進んでいないこの世界では、どうしても農業や漁業といった第一次産業の従事者が多くなる。


 そして、畑を耕すにしろ家畜を放牧するにせよ、広い土地が必要となるため、あまり人口が密集できないのだ。


「自動車もトラックもないからな」


 日本なら車で十分離れた畑に通うなんて事も可能だが、こちらの世界で同じ事をしようとしたら、徒歩で一時間はかかってしまい、時間と体力を無駄に浪費してしまう。


 特に収穫した作物を手押し車で運ぶ時など、地獄を見る事になるだろう。


 結局、野党などに襲われないように集まりつつ、近場に畑を確保していったら、このくらいの規模が『町』として最適なのだ。


 そんな事を考えつつ、町の中に足を踏み入れた真一は、ざっと辺りを見回して頭を抱えた。


「何もないな……」


「ありませんね」


 町の中は農家の自宅ばかりで、お店と呼べる物が存在しなかったのである。


「ですが、普通の事では?」


「うん、これが普通と思えない俺が異常なんだよな……」


 真一は日本のRPGに毒されすぎな自分の感覚を反省する。

 ゲームではどんなに小さな町でも、宿屋や武器屋が存在するものだが、この町にそんな物はない。


 何故なら、需要がないからである。


 重要な交易ルートでもない限り、日々の糧が稼げるほどの旅人など訪れない。


 剣や槍なんて作った所で、買っていく冒険者もいない。


 一応、この世界にも魔物ハンターという職業は存在するが、女神の勇者や国の兵隊も魔物の討伐を行っており、なにより魔物の数がそこまで多くはない。


 よってハンターの人数は少なく、彼ら向けの武器防具も需要が少ないのだ。


「しかし、八百屋や飯屋すら存在しないとはな……」


 真一は当てが外れて戸惑うが、こちらもよく考えれば当然の話であった。

 宿屋や武器屋と同じく、八百屋も飯屋も需要がないのである。


 食べ物は畑で採れるし、料理は家で作れると、自給自足が完成しているためだ。

 そもそも、輸送網や保存法が未発達であるため、遠方でしか取れない新鮮な魚やスパイスなどは、あまりにも高価で一般人では手が出せない。


 よって、「畑で作れない食材を買う」「家で作れない豪華な料理を食べる」という事自体が、この小さな町では不可能なのだった。


「……では、今日の食事は抜きなのですか?」


「そんな死にそうな顔をしなくても、どこかのお昼ご飯に突撃するから大丈夫だよ」


 しょんぼりと落ち込むセレスを見て、真一は思わず苦笑を漏らす。


(とはいえ、家にあげてくれるかな?)


 時刻は昼過ぎとあって、ほとんどの大人が畑に出かけており、街中に残っているのは子供や老人ばかりである。


 近くで石を蹴って遊んでいた少年に手を振ってみるが、驚いた顔をして逃げられてしまった。


「やはり警戒されているな」


「体からゲスの波動が滲み出ているのでしょう」


「ゾー○様でもあるまいし、そんな物は出てねえよ」


 旅人があまり来ない町なので余所者が珍しく、警戒しているのだろう。


「さて、魔女狩りとかされないうちに、大人をつかまえて適当な嘘でも吐いておくか」


「そこは事情説明と言ったらどうですか?」


 セレスとそんな事を話していた時であった。


 南の方向から急に澄んだ鐘の音が鳴り響いてくる。

 それを聞いた子供達や老人、畑で働いていた大人までもが、揃って音の方に駆けていった。


「何だ?」


 不思議に思って真一達もそちらに向かってみると、町の入り口に一台の馬車が停まっており、商人らしき恰幅のよい男が集まった人々に向けて声を張り上げていた。


「今日は鍋や包丁、鋤なんかを持ってきたよ。洋服や靴もあるから見ていっておくれ」


 そう呼びかけながら、町人が持って来た銀貨や銅貨、または小麦粉の袋などと商品

の交換をし始めた。


「なるほど、自宅で賄えない生活用品は行商人が売りにくるのか」


 もしくは代表者が荷馬を引いて、ボア王国の首都まで買いに行くのだろう。


「ふむ、やはり行商人に変装するのがベストか」


 真一も今日は変装をしておらず、普通の服を着た旅人の格好をしている。

 ただ、セレスの方が尖った耳を『幻影』魔法で隠しただけで、それ以外は普段通りの褐色メイド姿なので、町人達から余計に不審な目を向けられていたのだ。


 これが変装して商人とメイドになれば、違和感が減って警戒も薄まるし、物の売り買いをしながら情報の収集もしやすいだろう。


 そんな事を考えていると、不意に背後から穏やかな声が響いてきた。


「もし、旅のお方かしら?」


 振り返ると、白い神官服に身を包んだ優しそうな老婆が立っていた。

 どうやらこの町に住む女神教の神官らしい。


「はい、あてもない旅の途中でして」


 真一は平然と嘘を吐きながら、隣のセレスを横目で窺う。

 それで「メイドと駆け落ちした貴族の坊ちゃま」とでも思っただろう。老婆は気遣わしげな笑顔を浮かべた。


「そうなの、お若いのに大変ね」


「いえ、お気になさらず。ところで、どこか料理を出してくれそうな所はありませんか? 実はお腹がペコペコでして」


「あらあら、それなら私の家にいらっしゃいな」


「よろしいのですか? ではご馳走になります」


 老婆のお招きに真一は喜んで頷き、歩き出す彼女の後を追った。

 セレスもそれに従いつつ『念話』を送ってくる。


(敵の施しを受けてよろしいのですか?)


(女神教徒の全員が悪人ってわけでもないし、不必要に敵対する事もないさ)


 そんな話をしつつ案内された場所は、煌びやかな神殿ではなく、ごく普通の一軒家

だった。


「ごめんなさいね、首都のように立派な神殿を建てるお金もなくて」


「いやいや、崩壊するような欠陥神殿よりはずっといいですよ」


(崩壊させた本人がそれを言いますか?)


 セレスのツッコミを受けつつ入った家の中も、小さな女神像が置いてあるくらいで、他は普通の家と変わらない。


「この町の人はみんな元気でね、病気や怪我もあんまりしないから暇なのよ」


 なので、偶に商人や旅人が立ち寄ったりした時は、料理を出したり部屋を貸したりして、小銭を稼いでいるという。


「いやー、神官様も大変ですね」


 真一はそう言って、銀貨五枚という目に見える形で労いを示す。

 老婆は恥じるように笑いつつもそれを受け取り、代わりに黒パンとエンドウ豆のスープを差し出した。


「……お肉様はないのですか」


「ごめんなさいね、お肉は冬の間に食べてしまって」


 残念そうな顔をするセレスに、老婆は謝りながら木製のスプーンを手渡す。

 ボア王国は豪雪地帯というわけでもないが、冬はそれなりに寒く作物はあまり育たない。


 そのため秋の終わりには家畜を絞めて、干し肉やソーセージにして保存しておき、それを食べて冬を越すため、春先は肉の貯蔵が切れてしまうのだ。


「首都ならいつもでハムやソーセージを売っているんだけどね」


「そうですね」


 加工肉どころか新鮮な生肉すら近所のスーパーでいつでも買えた、日本人の真一には実感し難い食糧事情である。


(やっぱり、この目で見ないと分からない事が沢山あるな)


 魔法の存在するいかにも中世ファンタジーな世界といっても、血の通った人間が暮らす現実である。


 ゲームや漫画でしか中世という時代を知らなかった真一には、考えも及ばない人々

の生活があり、様々な文化や風習に満ちあふれているのだろう。


(そういえば、変わった食事文化とかは見てないな)


(例えばどんな事ですか?)


 豆のスープを飲みながら『念話』を送ってくるセレスに、真一は記憶を探りながら答える。


(地球にあったのだと、音を立てて食べてはいけないとか、少し残すのがマナーだと

か)


(何ですか、その意味不明な決まりは?)


(いや、文化なんて大概は非合理的な物だし……あと、共食文化なんてのもあったか)


(共食?)


(親愛の表現とかで、同じ物を一緒に食べるってやつ)


 日本でも正月にお屠蘇を同じ杯で回し飲みするという、共同飲食の文化が残っている。


(中世初期のヨーロッパだと、口の中に入れて噛んだ物を食べさせるのが、労いの証だとかって聞いた覚えもあるな)


 現代人の感覚からすると汚いとしか思えない行為だが、それは文化が違うだけであって、一方的に貶したりするべき事ではない。


(異文化を『野蛮』と決めつける事こそが『野蛮』だ、なんて言葉もあるしな)


(なるほど)


 真一の言葉に頷き返しながら、セレスは黒パンを口の中に含む。

 そしてよく噛んだかと思うと、両手で彼の頬を掴んで顔を近づけてきた。


(ちょっ、セレスさん、何やってんのっ!?)


(そちら風の文化で、今までの苦労を労おうとしているだけですが?)


(待て待て、共食それは現代日本の文化じゃないからっ!? 例え美人でも他人の食いかけを食わされるとか、俺には罰ゲームだからっ!)


(存じ上げております)


(やっぱりわざとかよ!)


 真一は必死にセレスの体を離そうとするが、筋力強化の魔法でも使っているのかピクリとも動かない。


 そして、彼女の唇がゆっくりと近づいてきて――


「あらあら、まぁまぁ、昼間から接吻だなんて若い人は大胆ね」


 一部始終を目撃していた老婆が楽しそうな声を上げた。


「あっ……」


「いいのよ、気にしないで続けてちょうだい。年寄りは退散しますからね」


 唖然と固まるセレスを余所に、老婆は優しく微笑んで部屋から出ていく。

 その足音が遠ざかってから、真一は硬直したメイドからゆっくりと離れた。


「あの、セレスさん?」


「……さい」


「えっ?」


「お忘れくださいっ!」


 セレスは顔を真っ赤にして叫んだかと思うと、扉を突き破る勢いで外に逃げ去っていった。


「いや、アリアンじゃないんだから……」


 人をからかうつもりが自爆したポンコツメイドの背中を、真一は呆れながら追いかけるのであった。

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