アリアンの3分クッキング②
ビオッセラという名の不気味な魔界産植物を食べ、魔族の食材事情を嫌というほど理解した次の日。
アリアンは美味しい食材を求めて、ナイフを片手にドーグ渓谷の山林に入る事を決意した。
「これから山菜採りに行きます!」
「頑張るブーッ!」
「また猪を捕まえたいモー」
同行者は
「たくさん美味しい物を採るです!」
「リノちゃん、大丈夫なの?」
「はい、アリアンお姉さん達にばかり働かせては、申し訳ないですから」
心配するアリアンに、リノは子供らしからぬ殊勝な言葉を返す。
豚頭達はそれに感動した様子で、任せろと厚い胸を叩いた。
「大丈夫、リノ様はオイラの命に代えても守ってみせるブー」
「たかが山菜採りで死ぬわけもないのに、大げさな奴だモー」
「それもそうだね」
笑い合う二人にアリアンも頷いて同意するが、もしもこの場に真一が居たら、「おい、不吉なフラグを立てるな」と鋭くツッコんだ事であろう。
「じゃあ行こうか」
魔物退治の仕事で山歩きにも慣れているアリアンが先頭に立って、魔王城から百mと離れていない山林に入っていった。
ここから東南のボア王国には肥沃な平地が多くあるため、岩だらけのドーグ渓谷は苦労して耕す旨味がないと放置されてはいたが、山の幸には十分恵まれている。
事実、森に入って五分と歩かないうちに、アリアンは地面に生えているそれを見つけた。
「あっ、モリーユだ!」
地球の日本で言う所の和名・アミガサタケ。蜂の巣に似た網目状の傘を持つ、風変わりな春キノコである。
アリアンは嬉しそうにもいで袋に入れるが、それを見た豚頭は驚いて目を剥いた。
「その不気味な奴、食べれられたのかブーッ!?」
どうも魔界には生えていないキノコだったらしく、前に猪を狩った時は食用と気づかずに見落とされていたようだ。
「
再び常識のギャップを感じるアリアンに、牛頭も不安を口にする。
「だが、それと似たのを
「毒キノコを食べたのっ!?」
「シーザーは何でも食べてはすぐ死ぬ慌てん坊で、本当に困った奴だブー」
「それ笑い事じゃないよねっ!?」
犬頭【コボルト】なのに臭いで毒か分からないのかとか、痛い目を見たなら少しは反省しろとか、ツッコミ所が満載であった。
(何かあってもセレスさんが治癒や蘇生魔法をかけるから、安心しきってるのかな……)
伝え聞いていた邪悪で恐ろしい怪物とはまるで違う、愉快でゆるゆるな魔族達の姿に、アリアンは安堵と呆れの混じった表情を浮かべる。
「とにかく、キノコは毒があって危険な物もあるけど、このモリーユとか食べられる物も沢山あるんだよ」
「へー、そうだったのかブー」
アリアンの講釈を聞いて、豚頭達が感心していた時であった。
「これは食べられるですかっ!」
少し離れた木の根元を探していたリノが、嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。
だが、その手に握られていた物を見て、アリアンは驚き頬を染めた。
「リ、リノちゃん、それは……」
「食べられないですか?」
「いや、食べられるんだけど……」
リノが握っていた物は、本来であれば夏から秋にかけて生えるキノコで、和名をスッポンタケと言う。
成熟すると傘の部分が黒ずんで悪臭を放つものの、柄の部分は毒もなく食用に適している。
ただ一つ大きな問題として、形状が完全に男性のアレなのであった。
「先っちょが黒くて臭いですし、何かネバネバした液体が出てるですけど、食べられるのなら良かったです!」
「リノちゃん、それを口元に近づけちゃダメ!」
絵面がとてもいかがわしい事になってしまい、アリアンは慌ててリノの手からスッポンタケを取り上げる。
「アリアンお姉さん、そんなにキノコさんが大好きなんですか?」
「リノちゃん、お願いだから勘弁して……」
幼女の無自覚な言葉責めに、アリアンはさらに顔を赤くした。
男友達すらいなかった彼女だが、家畜の交尾や獲物の解体などでアレを見た事はあるし、酒場での食事中に客の猥談が聞こえたりして、男女が何をするかくらいは知っている。
ただ、過保護な魔王に育てられたリノは本当に何も知らないため、とても無邪気な笑顔で季節外れのスッポンタケを指で突いた。
「それにしてもこのキノコさん、とっても小さくて可愛らしいです」
「ごふブーッ!」
思わぬ跳弾が男のプライドに突き刺さり、豚頭が吐血した。
それを見て、牛頭が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ぷっ、誰かに言われた事でもあるのかモー?」
「うるさいブー、童貞にこの辛さは分からんブーッ!」
「ど、どどど童貞ちゃうモーッ!」
怒って殴り合いを始める二人を、もしも真一が見ていたとしたら、「異世界だろうと魔族だろうと、男って奴は変わらんな」とむしろ楽しそうに笑ったであろう。
ただ、体は半竜人でも心は普通の乙女なアリアンとしては、真っ赤になって俯く事しかできなかった。
「二人とも喧嘩はダメですよ!」
火種となったリノはその自覚もなく、殴り合う豚頭達を止めに入る。
そうして争いも収まり、山菜採りを再開しようとした時であった。
「みんな、静かにして」
アリアンは小さな声で皆の動きを止めると、まるで獲物を見つけた鷹のように速く鋭く、遠くの草むらに飛び込んだ。
そして、驚くリノ達の元に、一匹の気絶した獣を掴んで戻ってくる。
「わぁ、可愛いです!」
魔界に居る魔物とはまるで違う、小さくて愛らしい細長い獣――イタチを見て、リノは目を輝かせて大喜びする。
それに、アリアンも笑顔で頷き返した。
「よかったね、今日はイタチ鍋だよ!」
「……えっ?」
リノの笑顔が凍りつく。
「この子、食べるですか……?」
「うん、臭み抜きをした方がいいから、明日の夕飯になるけど」
「そんなのダメです、可哀想ですっ!」
首根っこを掴まれ、ぶらりと垂れ下がるイタチのラブリーな姿に、リノはすっかりとほだされて反対する。
それを見て、アリアンは困った表情を浮かべた。
「でも、イタチは畑を荒らす害獣だから、見つけたら駆除しておかないと駄目なんだよ」
勇者や魔物ハンターとなる前、食費を稼ぐために農家で手伝いをした事があるのでよく知っていた。
イタチやリスといった小動物は、どんなに見た目が可愛くても、大切な農作物を荒らす天敵なのである。
これから畑で食料生産を始めるアリアン達にとっても、決して他人事ではない。
「で、でも……」
リノが困って豚頭達の方を窺う。
すると、父親の魔王ほどではないが彼女に甘い彼らは、揃って優しい笑みを浮かべた。
「リノ様の望み通りにするのが一番だブー」
「ちょっと味は気になるが、食べ物は他に見つければいいモー」
「本当ですかっ!」
リノは顔を輝かせて、再びアリアンを上目遣いで窺う。
「……今回だけだよ」
泣く子には勝てないとばかりに、アリアンも苦笑を浮かべてイタチを差し出した。
「やった、アリアンお姉さん大好きですっ!」
リノは飛び跳ねて大喜びし、イタチを両手で抱きかかえた。
丁度その時、気絶していたイタチが目を覚ます。
それは寝ぼけたようにキョロキョロと辺りを見回した後、自分に慈母の笑みを向けるリノを見上げて――ブッと、盛大な最後っ屁をかました。
「ふひゃっ! おなら、臭いですぅぅぅ―――っ!」
凄まじい悪臭を至近距離で放たれ、思わず手を離したリノから飛び降りて、イタチはそのまま草むらに逃げ込んでいった。
それを見て、豚牛コンビの顔が憤怒の形相に染まる。
「リノ様のご恩に仇を返すなんて、とんでもない畜生だブーッ!」
「野郎、ぶっ殺してやるモーッ!」
普段の温厚さが露と消え、伝承に聞いた魔族らしい怒りの咆吼を上げて、逃げたイタチの後を追う。
「ロース、お前は魔王様に連絡するモーッ!」
「任せろブー、奴らをこの山から根絶やしにして貰うブーッ!」
「それはだ、げほげほっ……」
リノが慌てて止めようとするも、イタチの最後っ屁がまだ酷くて声が出せない。
咳き込む彼女の背中を撫でてあげながら、アリアンは何とも微妙な顔を浮かべた。
「……こういう所は、やっぱり魔族なのかな?」
真一がこの件を聞いたら、いったいどんな顔をするのだろうかと、ちょっと現実逃避をしている間に、上空から森に向けて『
こうして、魔王城のメニューは暫くの間、イタチ肉の料理で埋め尽くされ、リノは泣きながらそれを口にして「……美味しいです」と感想を呟いたのであった。
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