アリアンの3分クッキング①

 アリアンが魔王城の住人となった翌日の事、真一の元を訪れてこう告げた。


「シンイチ、僕は何をすればいいのかな?」


「何をって、仕事をしたいって事か?」


「うん、僕もみんなの役に立ちたいから」


 半竜人であり元勇者である彼女を、魔族の面々は気にせず快く受け入れてくれた。

 その恩に報いたいという気持ちがあるし、何よりも――


「住む部屋とご飯を用意してくれるんだもの、働いて返さないとね!」


「お前は本当に真面目だな」


 親の金で食って遊んでいた学生の真一としては、何とも耳に痛い言葉であった。


「しかし、アリアンの仕事か……」


 城の家事全般はセレスが魔法で片付けているし、真一はこれから近くの農村を回って、この地域で収穫しやすい農作物などを調べる用事がある。


 アリアンに同行して貰うのも悪くはないが、赤髪の勇者はボア王国の近隣に名が知れているだろうし、あまり目立つ真似は慎んでおきたい。


「じゃあ、開墾作業をやって貰うか」


「うん、分かった!」


 アリアンは元気に頷いて、真一に伴われて魔王城の外へと向かう。

 そこでは無数の魔族達が、石ころだらけの荒野を懸命に耕していた。


「おーい、ロースさん、カルビさん、ちょっといいか?」


「何だブー」


 真一の呼びかけに応えて、豚頭オークのロースと牛頭ミノタウロスのカルビが作業を中断し、歩み寄ってくる。


「アリアンにも開墾作業を手伝って貰う事にしたんだ、色々と教えてやってくれるか」


「よろしくお願いします。それと、昨日は言い忘れたけど、本当にごめんなさい!」


 急に頭を下げるアリアンに、牛頭達は首を捻って訝しむ。


「何で謝るんだモー?」


「だって、ルザールさん達が、人間の勇者が貴方達を殺したって……」


「何だ、そんな事かブー」


 深刻な顔で謝るアリアンに反して、豚頭は笑って流す。


「殺されたのはオイラ達が弱かったんだから仕方ないブー」


「そうだモー、弱い奴が悪いんだモー」


「えぇっ!? 気にしてないのはありがたいけど、それって危険な考えじゃ……」


「気にするな、これが魔族だ」


 戸惑うアリアンの肩を、真一が諦めの入った表情で叩く。

 良くも悪くも魔族の世界は弱肉強食、強さは正義であり、弱さは悪なのである。


 人界に来た連中はわりと温厚であり、魔王にはリノという良心回路がついているので大丈夫だが、広い魔界の中には血の雨が降る修羅の国もあるのだろう。


 そんな事を思いつつ、真一は後を任せて城に戻った。


「じゃあ、早速始めるブー」


「とりあえず、俺の鍬を使うといいモー」


「はい、頑張ります!」


 闇妖精ドヴェルグ製の魔鋤マジック・ホーを牛頭から借りて、アリアンはそれを振りかぶる。


「そういえば昔、ちょっとだけお手伝いしたっけ」


 まだ母親が生きていた頃、生活費を稼ぐために、立ち寄った村で農作業をしたのを思い出す。


 あの頃は半竜人である事を隠すため、弱い子供のふりを母親に言いつけられていた。

 疲れて苦しそうな村の子供や老人を、見ているだけで手助けできなかったのが心苦しかったのを覚えている。


 だが、今は周りの目を気にして力を抑える必要はない。


「はっ!」


 アリアンは毎日何万回と行ってきた剣の素振りをするように、鋤を勢いよく地面に振り下ろす。


 鉄の剣すら両断する鋭い魔鋤の刃に、魔王さえ傷つけた半竜人の怪力が合わさって、硬い土が水面よりも柔らかく弾けた。


「あはっ、ちょっと楽しいかも!」


 自分の全力を出せて、それに応えてくれる良い道具を振るえる喜びに、アリアンは笑顔を浮かべて次々と地面を耕していく。


「おぉ、流石は魔王様が認めた勇者だモー」


「オイラ達も負けていられないブーッ!」


 豚顔達も彼女に触発され、揃って鋤を振るい出す。そして――


「ふぅ、これくらいかな?」


 掘り起こされて柔らかに変わった大地を眺め、アリアンは額の汗を拭う。

 三時間ほどで一エーカー=サッカー場一つ分ほども耕されており、後にそれを見た真一が「お前はトラクターか?」と戦慄するほどの驚異的な働きぶりであった。


「いやー、負けたブー」


「これに勝てるのは魔王様くらいだモー」


 別に競争ではなかったのだが、牛頭達は悔しそうな顔をしつつもアリアンの健闘を称え、冷たい水の入った水筒を差し出した。


「ありがとうございます!」


 笑顔で受け取るアリアンに、二人の魔物も笑顔を返す。


「こっちこそ、お陰で仕事が捗って助かったブー」


「これで美味い食事がまた一歩近づいた、感謝するモー」


 豚と牛の顔が人間的な笑みを浮かべる姿は、一見すれば不気味であっただろう。

 けれども、それを見たアリアンは胸が温かくなって、受け取った水筒に口をつけた。


「うん、こういうのいいな……」


 彼女は魔物ハンター、そして勇者として、人々に害をなす魔物や山賊などを退治してきた。


 けれども、それは半竜人という強大な力を持っていたために、普通の世界から爪弾きにされて、その道しか選べなかっただけの事。


 戦いや、まして殺しが好きだったわけではない。


(このまま穏やかに畑を耕して過ごしたいな。そして、いずれ結婚して子供を生んで……)


 脳裏に真一の姿が浮かび、つい赤面するアリアンを余所に、豚頭達は耕された畑を眺めて話し合う。


「そういえば、耕したはいいけど何を育てるんだブー?」


「シンイチが育てやすい人界の植物を見つけてくると言ってたモー。ただ、シーザーがそれまで畑を空けるのはもったいないとか言って――」


 そう話していた、まさにその時であった。


「キシャアァァァ―――ッ!」


「大変だ、ビオッセラが逃げたワンっ!」


 少し離れた畑から、聞いた事もない雄叫びと悲鳴が上がったのである。


「何っ! ……って、本当に何っ!?」


 急いでそちらを見たアリアンは、信じられぬ光景に思わず二度見した。

 口を開くように割れた緑色の球体から、無数の蠢く赤い管が生えているという、名状しがたい不気味な物体が、こちらに向かって走ってきていたのである。


犬頭コボルトのシーザーが植えていたビオッセラだブー」


「収穫前に逃げ出すとは、なかなか生きが良いモー」


「植えた? 収穫? まさかアレって農作物なのっ!?」


 どうやら、魔界では一般的な食用野菜であったらしい。

 信じられず棒立ちするアリアンを、与しやすいとでも思ったのか、ビオッセラは無数の管で地を蹴って彼女に躍りかかった。


「危ないブーっ!?」


 豚頭が咄嗟に庇おうとするが、それは無用な心配であった。

 虚を突かれて固まっていても、アリアンは無数の魔物を一人で屠ってきた最強の勇者である。


「はぁっ!」


 魔鋤を渾身の力で振り下ろし、躍りかかってきたビオッセラを、地面にクレーターができるほど叩きつけた。


「キシャアァァ……ゲフッ!」


 ビオッセラは最後に緑色の液体を吐き出すと、そのまま二度と動かなくなった。


「おぉ! あれを一撃とは流石だブー」


「仕留めたからには、それはアリアンの物だモー」


「遠慮せず食べて欲しいワン」


 駆け寄ってきた犬頭までもが、さも当然という顔でアリアンにビオッセラの死骸を差し出した。


「えっ、これ、本当に食べ物なのっ!?」


「ちゃんと食べられるし毒もないブー」


「でも、その……凄く不味そうなんだけど」


 これを常食していた魔族を貶すようで気後れしつつ、アリアンは素直な感想を述べる。

 すると、魔族達は遠い目をして虚ろに笑った。


「……ピピロピよりは美味いモー」


「……パルベグトの次くらいには美味いワン」


「全く安心できないんだけどっ!?」


 人界にはない魔界産食料を比較に上げられても、アリアンにはさっぱり分からない。


 そして、あまり断るのも悪いし、魔族の文化を知って歩み寄るためだと、勇気を出して『ビオッセラの塩焼き』を食べた彼女の感想は一言であった。


「……不味い」


 食卓改善のために人界へ進出したという魔族の気持ちを、言葉ではなく舌で理解して、アリアンはまた一歩、魔族との距離を深めるのであった。

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