重版御礼! 記念SS公開!

てるまえ・ロマン

 ヒューブ司教を退け、勇者問題が一段落したある日の事。


 真一は魔王、リノ、セレス、アリアンを魔王城の一室に集めて、真剣な面持ちで語り出した。


「今日、皆に集まって貰ったのは他でもない。前々からの重大な懸案事項について議論したいんだ」


「何の事でしょうか?」


「……風呂だ」


「はぁ?」


「風呂だよ、FURO! 温かいお湯に肩までゆっくり浸かれる、お風呂に入りたいんだよ!」


 普段は悪い笑みを浮かべて冷静に振る舞う真一が、珍しく感情を剥き出して叫ぶ姿に、リノが驚きながらも首を傾げる。


「お風呂って何ですか?」


 何を隠そう、この異世界の魔族には、お風呂という文化自体が存在しなかったのである。


「魔族だって汗をかくし垢だって溜まるだろうに、何でお風呂を思いつかないかな……」


「川で水浴びをすればよい話であろう? 其方も既に何度かしたではないか」


「だからこそ、無性に温かいお風呂に入りたいんだが。それに寒い冬だと水浴びは辛いだろ?」


「冬とは何であるか?」


「えっ……まさか、魔界って冬がない?」


 魔族の暮らす魔界には冬以前に四季がなかったらしく、真一は激しいカルチャーショックを受ける。


 そこにセレスが追い打ちをかけた。


「そもそも、体や服の汚れなど『浄化プュリフィケイション』で一発なのですが?」


「しつこい汚れにマジカル・アタックッ!?」


 力の強弱はあれど、誰でも魔法が使える魔族にとって、お風呂は必要性がなかったらしい。


「まさか、お風呂の存在意義から否定されるなんて……」


「シンイチ、そんなに落ち込まないで」


 アリアンがすかさず励ますが、彼の怒りと嘆きはまだ収まらなかった。


「魔族だけじゃない、おれは人界こっちの人間にも文句が言いたい。何で宿屋に風呂がないんだよ! 桶にくんだお湯で体を拭けとか、お客を舐めてんのかっ!?」


「それは仕方ないと思うけど……」


 上下水道が整備され、蛇口を捻ればいくらでも水が出て、ガスや電気で簡単にお湯を作れるのは、あくまで二十一世紀の日本に限った話。


 水は井戸や川から汲んでこなければならず、燃料となる薪も決して安くないこの異世界において、全身が浸かれるほど大量のお湯は贅沢品なのである。


「こういう所だけ中世ヨーロッパしやがって、古代ローマや江戸時代を見習いやがれ!」


「ろーまって何です?」


 真一の理不尽な怒りに、リノはまた首を傾げるのであった。


「とにかく、温かいお湯に浸かってゆっくりしたいんだよ」


「ふむ、気持ちはよく分からぬが、其方には世話になったからな、用意しよう」


 真一のワガママに対して、魔王は嫌な顔一つせず立ち上がる。

 そして三十分後、魔王城の一部屋に大きな石の浴槽が設置されていた。


「できたぞ」


「早えよっ! いったいどうやったんだ!?」


「適当な大きさの岩を『風の刃ウィンド・カッター』で切っただけだが?」


「マジカルDIYッ!?」


 魔王はその巨体に反して、なかなか器用であったらしい。


「申し上げておきますが、この城は魔王様がお一人で建造されたのですよ」


「設計や装飾は闇妖精ドヴェルグに任せたがな」


「もう株式会社・魔王建築でも始めたら?」


 さぞ大儲けできるだろうが、人間の大工が全員失業してしまうのも問題であろう。


「だがこれ、お湯がないぞ?」


「暫し待て」


 空の浴槽を指さすと、魔王は不意に『瞬間移動テレポート』で姿を消した。

 そして、大量の水を『念動力サイコキネシス』で浮かせながら帰ってくる。


「近くの川から直接持ってきたのかっ!?」


「『火炎ファイア』……ふむ、これくらいの温度でよいのか?」


 魔王は初歩の魔法で水を四十二度まで沸かすと、それを一滴も漏らさず浴槽に移す。

 空の浴槽が熱めのお湯で満たされるまで、約三十秒の出来事であった。


「……不便こそ発明を生むとは、よく言ったものだよな」


 魔法で何でもできる魔族だと、そりゃあ文明が発展しないわけだと、真一は改めて痛感した。


「ほれ、入るがよい」


「あぁ、ありがたく入らせて貰うが、よかったら皆も入ってみないか?」


「ふぇ?」


 驚いた声を出すリノ達に、真一は照れて頬を掻きながらも告げる。


「自分が入りたかったのはもちろんだが、日本の風呂文化を皆にも知って欲しかったからさ」


「シンイチ……」


 普段は全くそんな素振りを見せないが、彼も遠い異世界の故郷に対して、望郷の念を抱いていたのだろうか。

 そんな真一の心情を思って、素直なアリアンは目尻に涙を浮かべてしまうが、毒舌メイドはただ冷たい視線をぶつける。


「で、本音は?」


「セレスさん、俺が背中を洗ってあげるよ」


「そんなに洗いたければ、その良く回る舌でまな板でも舐め洗ってはいかがですか?」


「アリアンの胸を舐めて洗えなんて、何てエロ酷い事を言うんだっ!」


「シンイチの方がエッチで酷いよっ!?」


 ギャアギャアと騒ぎ出す真一達を余所に、魔王はマントを外すと、腰巻き姿で湯船に浸かる。


「ふむ、湯の熱さが体の芯まで染み入ってきて、なかなか悪くないであるな」


「気持ちいいですか? ならリノも一緒に入るです!」


 リノも父親を真似て服を脱ぎ、下着姿で湯船に浸かった。

 それを見て、真一が慌てて叫ぶ。


「待て、下着で入るのは――」


「『盲目の霧ブラインド』」


「目が、目がーっ!? セレスさん、いきなり何をするんだっ!」


「リノ様の濡れ透け下着姿を見ようだなんて、心底卑しいペド野郎ですね」


「俺はマナー違反を注意しようとしただけだ!」


 いきなり魔法で視力を奪われたうえに、ロリコンの濡れ衣までかけられ、真一は必死に抗議する。

 そんな彼の裾を、アリアンが頬を赤らめながら引っ張った。


「シンイチ、そんなに誰かとお風呂に入りたいのなら、僕が一緒に……」


「何を言っているんだ? 男女で一緒にお風呂なんてハレンチは駄目だろ」


「セレスさんと扱いが違わないっ!?」


 やっぱり胸が小さいからなの?――と落ち込むアリアンと、慌ててフォローする真一を、セレスが無言で背中を押して風呂場から出て行った。

 ようやく騒がしいのが去ったのを見て、魔王は深く息を吐く。


「風呂は静かに入るのが一番であるな」


「リノはみんなと一緒も楽しいと思うですよ?」


 お湯をすくって遊ぶ娘に笑みを返し、魔王は暫し温かな湯船に浸かり続けた。

 こうして、魔族達にお風呂という文化が広まったのであった。


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