ゲスの上にマゾのド変態とか、大概にしてください

 音の主は、王座の横で変わらぬ柔和な笑みを浮かべた、女神の司教。


「見事な演説でしたよ、背教者の商人よ」


「背教者?」


 ピクリと眉を動かす商人に向けて、ヒューブ司教は当然であろうと笑みを深めた。


「光の女神エレゾニア様に仇名す邪悪な魔族と、金のために手を結ぼうなど、これが女神様の、そして人類への裏切りでなくて何と呼ぶのです?」


 そう言って、ヒューブは謁見の間にいる者達を見回した。


 彼の瞳に宿る光は、口よりも能弁にこう告げている。


 ――女神様の教えに逆らえば、貴方達の命はないのですよ、と。


 今後一生、怪我も病気も治してもらえず、死ねば二度と蘇れない。


 いや、それだけでは済まない。


 神殿が抱えるこの世で最強の者達――不死身の勇者がその刃を向けてくるのだ。

 どんなに殺しても、何度でも蘇りつけ狙ってくる、最悪の暗殺者として。


 命を盾に脅されては、国王とて逆らえるはずがなかった。


「う、うむ、ヒューブ司教の言う通りである。商人よ、其方の商売に傾ける熱意には感嘆するが、女神様の教えに背くのは許されぬぞ」


「そうです、薄汚い謀略などに頼らずとも、私の見出したアリアンが、邪悪な魔族を滅ぼしてくれますよ」


 だから、余計な欲をかくな――とでも言いたげに、ヒューブは国王の肩に手を置いた。


「との事だ、残念であろうが諦めるがよい」


 不穏な空気をいち早く終わらせようと、宰相は無理やり話を打ち切る。

 それを見て、商人は意外にも食い下がらず、大人しく立ち上がった。


「国王陛下、及び臣下の皆様、私のつまらぬ話にお時間を取らせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。お詫びにその黄金をお納めくださいませ」


 そう謝罪しながらも、黄金の存在を改めて知らせる事で、罪には問うてくれるなと暗に促す。


「うむ、また何か商売を思いついた時は、いつでも声をかけるがよい」


 司教に潰されたとはいえ、その慧眼を見込んで、トルトス四世は労いの言葉をかける。


 それに純粋な喜びの笑みを返し、商人は背を向けて歩き出す。

 だが、それを許さない者が居た。


「衛兵、その背教者を捕らえなさい」


 温和な笑みを浮かべたまま、冷たい声で命じたのは女神の司教。


「女神様の教えに背き、邪悪な魔族と手を結ぼうなど、悪辣非道な魔王の手先に違いありません」


「ヒューブ司教、それは言い過ぎであろうっ!」


 己を無視した勝手な行動と、酷い言いがかりが流石に我慢ならず、トルトス四世は思わず声を荒げる。

 しかし、司教の笑みは小揺るぎもしない。


「陛下、あの背教者が魔族の手先なのは間違いありません。何故なら、魔法で姿を偽っているからです」


「な、何だとっ!?」


 今日何度目とも分からぬ驚愕の声を上げ、場の人々は商人とそのメイドを見詰めた。

 司教を窺う二人の顔は、緊張のためか強張っているように感じた。


「さあ、邪悪な魔族の手先よ、その正体を現すがいい。それとも、私の手で暴かれるのがお好みか?」


 ヒューブはそう言って、女神のシンボルが刻まれた右手を掲げる。


 魔法を使おうとしたその動きを見て、ずっと無言で控えていたメイドが、一歩前に踏み出そうとした。

 しかし、主である商人が、手を挙げてそれを抑える。


「できれば隠し通しておきたかったのですが、お望みとあらば仕方ありません」


 そう言って、メイドに視線で合図を送る。


 すると、彼女は主の願いに応じ、商人にかけられていた幻影の魔法を解く。

 そうして現れたのは――年齢も人相も分からないほど赤く焼けただれた、醜い火傷だらけの顔面だった。


「うぐっ……」


 思わず嘔吐を堪える衛兵を、商人は責めもせず淡々と語る。


「とある商売敵に付けられた傷です。見苦しいゆえ普段は魔法で隠しております」


「…………」


「この娘も同じような傷を負っておりますが、それを暴くのだけはどうかお許し下さいませ」


 男の自分はともかく、若い娘が醜い顔を衆目に晒すのは哀れすぎると、商人はその場に土下座してまで頼み込む。

 その懸命な姿に鞭を打てるほど、国王も臣下達もゲスではなかった。


「マンジュ殿、面を上げられよ。非を謝罪すべきは余の方だ」


「寛大なお許し、誠にありがとうございます、国王陛下」


 商人はそう言ってもう一度頭を下げると、メイドに魔法をかけ直させ、火傷を隠して背を向けた。

 しかし、扉の前で立ち止まり、振り返って言い残す。


「この傷を負った時に、私は思いましたよ、『伝説の魔族なぞよりも、人間の方がよほど邪悪で恐ろしい』とね。貴方はどう思いますか、司教様?」


 そう言って一瞬だけヒューブを見ると、答えも聞かず背を向けて、今度こそ立ち去った。


 緊張から解放され、思わずため息を吐く国王の横で、司教は変わらず温和な笑みを浮かべていた。


 しかし、心まで穏やかだったわけではない。


「背教者風情が、女神様の司教たるこの私に恥をかかせるなど……っ!」


 誰にも聞こえない小さな声で、汚らしい呪詛を漏らす。


 その刹那だけは、張り付いていた笑みが消え去り、黒い本性が滲み出ていた。


                  ◇


「やれやれ、『ボクと契約して皇帝になろうよ』作戦は失敗だったな」


 追手がついていないか注意しつつ、宿の一室に泊まった真一は、大して残念そうでもない様子でベッドに腰かけた。


 そんな彼の顔に、幻影を解いて褐色銀髪に戻ったセレスが、素早く両手をかざす。


「やれやれはこちらの台詞です」


 そう言って、真一が自ら焼いた顔面を、治癒魔法で治していく。


「けど、役に立っただろ?」


 万が一、幻影を見抜かれたとしても、人間の自分が酷い怪我を見せて良心を突けば、魔族のメイドにまで魔法を解けとは言えない。

 そう考え用意しておいた保険が、無駄にならず功を奏したのだ。


「だからといって、ここまでやりますか」


 作戦通りであり、魔法で治せるし痛覚も消していたとはいえ、自分の顔面を焼くなど、魔族から見ても正気の沙汰ではなかった。


「ゲスの上にマゾのド変態とか、大概にしてください」


 メイドはそう毒を吐きつつも、珍しく怒っている様子であった。


「セレスさん、ひょっとして心配してくれた?」


「頭の中身なら常に心配しておりますが」

 

 そう言っている間に、顔面の火傷はシミ一つ残らず消え去った。


「オマケで眉毛を繋げておきました」


「どこの派出所警官っ!? ……しかし、収穫はあったな」


 念のため眉間を触りつつ、真一は成果を再確認して微笑む。


「国王やその部下達は、そこまで魔族を憎んでもいないし話も分かる。問題はあのヒューブ司教って奴だな」


 神殿ですれ違ったあの男が、謁見の間に居て邪魔してきたのには驚いたが、おかげで敵が明確になった。


「あの騎士達もそうだったが、女神の信者やら勇者やらは、随分と魔族がお嫌いらしい。何か心当たりは?」


「存じません、女神など魔界では聞きませんでしたから」


 セレスは迷わず首を横に振る。


 神殿で聞いた、女神が邪神と悪竜を地の底に封じたという伝承さえ、魔界側には伝わっていないのだ。


 なのに、お前達は邪神の眷属で敵だと言われても、反応に困るだけである。


「仮にその話が事実だったとしても、今の私達には無関係だと思うのですが?」


「そう理性的に割り切れないのが、人間の困ったところなんだよ」


 不思議がるセレスの前で、真一は深いため息を吐く。


「宗教的な憎しみとなると、リノちゃんには悪いが、話し合いで解決の目は消えたな」


 信仰心は理性ではなく、感情から生まれるものだ。


 そのため、証拠も理論も関係なく、ただ好ましいから信じる、信じているから正しいと盲目に陥り、他者の意見に耳を貸さなくなってしまう。


 そんな狂信者との対話が不可能な事は、真一の生まれた星でも戦争やテロが無くならない事から、嫌というほど証明されていた。


「となると、結局は振り出しに戻るしかないか」


 魔王城を襲う不死身の敵、勇者を知略で封殺する。

 この世界に召喚された目的を、正しく繰り返すしかない。


「あのヒューブ司教って男、『私の見出したアリアンが』って言った時だけ、少し声音が変わっていたからな、あの子が魔族に囚われてR18展開になったら、いったいどんな顔をするかな、くくくっ!」


「よく分かりませんが、ゲスだとは理解しました」


 また邪悪に笑う真一を罵倒しつつも、セレスは止めようとしない。

 人の話も聞かず、勝手に邪悪と決めつけ殴りかかってくる女神の信者には、元より愛想が尽きていたからだ。


「それで、次はどうするのですか?」


 狙いは赤髪の少女、勇者アリアン。

 だが、どんな作戦で打倒するのか。

 訊ねてくるセレスに、真一は迷わず答えた。


「うん、修行しようか!」


「……はぁ?」


 訳が分らないと、無表情なメイドの顔が少し間抜けなものへと変わる。

 それを見るのが楽しいと思うあたり、真一の性根はやはりゲスなのであった。


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この続きは2017年1月30日発売のファミ通文庫新刊『女神の勇者を倒すゲスな方法 「おお勇者よ! 死なないとは鬱陶しい」』にてお楽しみください!

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