商売は賭けでございますれば

 ヒューブ司教さえも、驚いた様子で目を開いている。


「魔族と商売をするなど、正気で申しているのかっ!?」


「もちろん、正気でございます。されど、正気だけで商売は大成いたしません」


 取り乱すトルトス四世に、商人はあくまで不敵に笑い続ける。


「魔族がいかに恐ろしい相手か、噂は既に耳にしております。されど、彼らは本当に敵なのでしょうか?」


「な、何だとっ!?」


 ギクッ、と思わず背が震えたのは、国王も心当たりがあったからに他ならない。

 それを見て、商人は満足そうな顔をしながら解説した。


「六千の兵を向けられ、その半数を殺しながらも、魔族はそれ以降、全くボア王国に攻め込んでおりませんね? 噂通りの力であれば、三日と掛からず攻め落とせるはずなのにです」


「う、うむ……」


「ならば答えは一つです。ドーグ渓谷の魔族は人間に敵意が無い。少なくとも、ボア王国を攻め滅ぼす気は皆無という事です」


「なっ!?」


 再び驚愕しながらも、トルトス四世は納得してしまう。

 何故なら、彼もその可能性に思い至っていたからだ。

 しかし、それは容易には認められない考えでもある。


「相手は邪悪な魔族なのだぞ? 神々と争い敗北し、地の底に追いやられた邪神の眷属なのだぞ? それが神々の子たる我ら人間を、恨んでいないはずがなかろう!」


 この世界に生きる者ならば、誰もが知る伝承を盾にして、トルトス四世は必死に否定しようとする。


 だが、商人はまるで気にした様子もなく、ゆっくりと頭を振った。


「伝承が間違っていたのかもしれません。いえ、ひょっとすると魔族は伝承通り邪悪な存在なのかもしれません。ですが、稀に邪悪な人間が生まれるように、ドーグ渓谷に現れた魔族は、世にも珍しい友好的な魔族だったのかもしれません」


「まさか、そんな事が……」


「六千の半分しか殺さず、しかも蘇られるよう手加減し、攻め込まれたのにその報復をしようともせず、渓谷にこもったまま出てこない……この事実だけを見れば、十分に可能性のある話だと思いませんか?」


「…………」


 伝承なんて古く曖昧な物ではなく、現在の明確な現実を突きつけられては、トルトス四世も黙るしかない。


(やはりそうなのか? 魔族は言われるほど邪悪ではないのか?)


 王国軍を蹴散らした、魔王の力があまりにも強大で恐ろしく、目が曇っていただけなのか。

 偏見や思い込みを捨てて見れば、確かに商人の言葉の方が正しいように思えてくる。


「無論、攻め込まれとはいえ王国の兵を大勢殺し、勇者様さえ撃退したという魔族を、そう簡単に信用するわけにはまいりません。攻めて来ないのも、何か邪悪な企みなのかもしれません」


「うむ」


「だからこそ、まずは商売という形で接触し、魔族の真意を探らせて頂きたいのです」


「むぅ……」


 商人の言葉には一理あり、王国が損をする話でもない。


「しかし、それで其方に何の利益が有るのだ?」


 トルトス四世の問いに、商人はまた悪い笑みで応じた。


「私の期待通り、魔族との交易が成功すれば、魔族しか持ちえない物資や技術が手に入るでしょう。それは陛下にお送りした金の、何倍もの富を生むに違いありません」


「だが、望む物が有るとは限るまい」


「商売は賭けでございますれば、失敗する危険性を呑んで張るのは当然かと。それに、物資や技術が無くとも、もっと良いモノは確実に有りますので」


「それは何ぞ?」


 興味津々の国王に、商人は今日一番の悪い笑みを浮かべて告げた。


「万の大軍にも勝るであろう、最強の戦力――魔王との縁でございます」


「何だと……っ!?」


 その答えに、場の一同はまたしても絶句してしまう。

 商人の告げた内容が、あまりにも危険で冒涜的で、そして魅力的であったために。


「恐るべき魔王が味方となれば、他国を滅ぼし平定し、ボア王国が巨大な統一王国――ボア帝国となるのも夢ではありますまい」


「ボア帝国……余が皇帝……?」


「そう上手くいかずとも、同盟関係を結べれば、他国への牽制にはなりましょう。私は無学ゆえ存じませぬが、他国に攻められた事は二度や三度ではありますまい?」


「むぅ……」


 蜜のように甘く危険な商人の言葉が、トルトス四世の心を確実に蝕んでいく。


「仮に失敗したところで、馬鹿な商人が一人死ぬだけでございます。国王陛下、どうか魔族との貿易をお許しくださいませ」


 そう締め括り、商人は深く頭を下げた。

 彼の言葉は全て理に適っており、ボア王国には利益しかない。

 だから、本来ならば悩む必要などなく、答えは決まっている。


「よ、余は――」


 パチパチパチッ。

 答えようとしたトルトス四世の声を、乾いた拍手が遮った。

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