これが女神様か……
「あれはひょっとして……」
「はい、邪悪なる魔族と勇敢に戦い、命を落とした王国の兵士達です」
死者への労りと、魔族への憎しみを僅かに滲ませ、女性は深く頷いてみせる。
「女神様のご加護により、蘇生が叶う状態でしたが、いかんせん犠牲者の数が多すぎまして。半数は近隣の神殿に受け持って貰ったり、手は尽くしているのですが、司教様のお手が回らず……」
防腐処理の魔法をかけて、蘇生待ちをしている状態という事だ。
「私達もお力を貸してはいますが、司教様の負担も考えると、一日に五十名もお救いするのが限界でして……」
「そうでしたか、お勤めご苦労様です」
真一は沈痛な表情を浮かべつつ、新たな情報を得られて喜ぶ。
(やはり、蘇生魔法の使い手は少ないか)
魔族側とて魔王とセレスの二人だけで、あとはリノが頑張れば叶うかといった程度。
彼らのような術者が、そうホイホイ居られても困る。
(だが、弱くても協力はできるようだな。MPを融通するような魔法とか、どこぞのバトル漫画みたいに、オラに力を分けてくれる術でもあるのか)
どちらにせよ、人間の集団は決して侮れないという事だ。
そんな事を考えているうちに、真一達は神殿の最奥にある礼拝堂に辿り着く。
一層高く広いその部屋には、流石に遺体は置かれていない。
ガラス窓からの光を浴びて神秘的に輝く、巨大な女性の白い像だけが鎮座していた。
「これが女神様か……」
穏やかな笑みを浮かべた、髪の長い美しい女性だが、翼が生えていたりはせず、人間と姿形は変わらない。
先に来ていた敬虔な親子の真似をし、適当に祈るふりをした後、真一はセレスからハンカチを貰い、それに金の粒をかなり包んで神官の女性に握らせた。
「お忙しいなか、ありがとうございました。田舎者なので不作法かもしれませんが、これを女神様に……」
「まぁ、そのような事はなさらずとも良いのですよ」
「いえいえ、私達が普段から平和に暮らせるのも、全て女神様のお陰ですから、これくらいはさせて下さい」
「そこまで言うのでしたら……」
最初は遠慮した女性も、重ねて告げると素直に受け取った。
(本当に庶民の演技がお上手ですね)
(それ、褒めてないだろ?)
セレスの皮肉を聞き流しつつ、真一は今思い出したという顔で切り出す。
「ところで一つお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「はい、何でしょうか」
「実は末の弟が、最近魔族が出たという噂を聞いて、『僕が女神様の勇者になってやっつけてやる!』と息巻いてましてね」
「まぁ、それは腕白な弟さんだこと」
「危ないから本気でやらせる気はないのですが、勇者様の事を少しだけでもお聞かせ願えたらと思いまして」
「それくらいでしたら構いませんよ」
最初に大量の金を握らせた事もあり、女性は喜んで二人を壁際の椅子に誘った。
「まず、勇者様ってどのように選ばれるのですか?」
「剣や魔法に優れ、人々を脅かす魔物を退治してきた、勇気と力を持った方が、女神様の聖別を受け、初めて勇者と認められるのです」
「なるほど、その聖別とはどのようなもので?」
魔物という、魔族とは少しニュアンスの違う単語も気になったが、とりあえず勇者に関する話を続ける。
「そう難しいものではありませんよ。勇気と力に自信のある方が、神殿にある女神様の像の前に立ち、この身を全て女神様に捧げ、人々のために戦うと誓うだけで良いのです」
「それだけで?」
「はい、それで女神様に認められれば、勇者の証が体のどこかに宿るのです」
女性はそう言って、自分のローブにも描かれた女神のシンボルを指さす。
「本当にそれだけなのですか? なら、勇者様がもっと沢山いてもよさそうですが」
そう指摘すると、女性は少し困った顔をした。
「いえ、確かに剣や魔法の実力だけなら、勇者に相応しい方は他にも居ます。ですが、女神様に選ばれるだけの、勇気や清い心が有るかと言うと……」
「つまり、実力が有っても人格に難があり、選ばれなかった方がいると?」
言い難そうだったのでズバリ告げると、女性は人に聞かれていないか周りを気にしつつも頷いた。
「勇者に選ばれれば、それは大層な名誉ですし、枢機卿のお歴々や大司教を目指す方々は、絶対に聖別を受けねばなりません。ただ、選ばれなかったとなりますと、ねえ?」
性格が卑しい人物だと、後ろ指を差される事になるから、嫌がって聖別を受けない者も多い。
元から地位があり、風聞を気にする王侯貴族などは特に痛手であろう。
また、女神に仕える神官にとっては、当の女神に拒絶された証拠であり、将来の道を閉ざされ、下手をすれば神殿から追い出される、致命傷となってしまう。
それが、無限に蘇生可能というメリットだらけの勇者が、容易に増えない原因。
(教会から破門宣言を受けるようなものか? それは怖いよな……)
勇者に立候補する時点で、相応の実力とそれによって築いてきた実績があるはずだ。
それを一瞬で『人格破綻者』の烙印と共に破壊されてしまうなんて、あまりにも分の悪い賭けである。
(あの騎士達、結構なギャンブラーだったのかもな)
実際には没落寸前で後がなく、大逆転して爵位を得る方法が他に無かっただけだが。
そんな事を思う真一の横で、セレスは大きな胸を撫で下ろしていた。
(安心しました、シンイチ様が勇者になって寝返る事は絶対にないのですね)
(はいはい、どうせ俺はゲス野郎ですよ)
もう慣れてきた毒舌を軽く流しつつ、真一は立ち上がる。
「お話しありがとうございました。それと、これは問うのは不敬かもしれませんが……あの像って、本物の女神様と似ているのでしょうか?」
「はい?」
一瞬、女性は何を言われたのか掴みかね、キョトンとした顔をしたが、直ぐに笑み
を浮かべて答えた。
「残念ながら、私は女神様のご尊顔を拝した事がありませんので、似ているとも似ていないとも言えません」
「そうですか」
「ただ、全ての像のモデルとなっている、大神殿にある女神様の像は、この地に降り立った女神様より直接教えを授かった、最初の教皇様が掘られた物だそうですよ」
「なるほど、それはまた良い土産話を聞かせて頂きました」
真一は礼をして話を終えると、女性と女神像に背を向け立ち去った。
そうして、神殿を出ようとした二人の前から、大勢の神官を引き連れた三十代ほどの男が歩いてきた。
簡素だが他の神官より立派な衣装を着て、通り過ぎる者達から頭を下げられては、手を挙げて応じ、柔和な笑みを返している。
真一も他の信者達に習い、通路の端に寄って道を空けながら、さり気なくセレスを隠せる位置に立って頭を下げる。
そんな彼と背後のメイドに気付いた様子もなく、男は笑みを浮かべたまま通り過ぎていった。
(ほぉ……)
通り過ぎる寸前、真一の目は確かにそれを捉えた。
男の右手に刻まれた、黄金に輝く女神のシンボルを。
(あれが七人目の勇者で、ここで一番偉い司教様って事か)
蘇生魔法の使い手が不死身とは、実に厄介である。
とはいえ、いまだ何百人と残る死者の蘇生に追われ、魔王城まで攻めてくる余裕はないだろう。
(当面の敵はアリアンって子一人かな)
そう考えつつ、神殿を出て青空を見上げた。
「望む情報は得られましたか?」
「七割くらいは」
セレスの問いに適当な返事をしつつ、真一はさらに考え込む。
(できれば、女神の勇者が蘇生する瞬間を見たかったが、流石にそれは無理か)
あの騎士達をもう少し拷問して話を聞き出すか、いっそ人体実験をしておけばよかったかと、またゲスな事を考えつつも真一の顔は曇る。
(勇者が無からさえ蘇る仕組み、それは怪しまれると思って聞けなかったが、あの様子だと『女神様のお力で』って程度の答えしか期待できないだろうな)
案内してくれた女性はもちろん、あの神殿にいる他の神官達も、ひょっとすると人類の誰一人として、女神と勇者の真実を知らないのかもしれない。
(女神エレゾニア、それが人格を持った一つの個体なのか、それとも形のない巨大なシステムなのか、それは分らない。確かなのは、それが『居る』という事だけだ)
誰も会った事はない。だが、死んだ勇者が蘇生してくるのは事実。そして――
(魔王さえも不可能な、無からの蘇生を可能とする。それは、魔王よりも強いという事なのか?)
自らの想像でゾッと怖気が走り、真一は震えを堪えるように歯を噛み締めた。
魔王の全力がどれほどなのか、彼はまだ知らない。
ただ、小型核兵器くらいの大規模破壊能力は持っているように思える。
そんな魔王すら凌駕する、神が実在する?
(頼むから出て来てくれるなよ)
今の所、女神そのものが出現する様子はないが、人類が滅亡の淵に立たされるような事態となれば、どうなるか分かったものではない。
(やはり、人間のためにも魔族のためにも、事を荒立てるのは避けないとな)
リノにはこの前、人間が魔界に攻め行ったら、魔族の逆襲にあって絶滅するなんて言ったが、ひょっとすると絶滅の危機に立たされているのは、魔族の方なのかもしれない。
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