金で和解ですか、人間の文化は不可解ですね


 ドーグ渓谷から流れる豊かな川のおかげで、肥沃で農耕に適した大地を持つボア王国は、他国から狙われる事も多く、街を囲む城壁は高く堅牢であった。


 城門には多くの兵士が門番として立ち、不審な者が居ないか、街に入る者達を厳しく取り調べている。


 当然、色白金髪の美人メイドを連れた、中年のみすぼらしい農民風の男など、黙って入れてくれるはずがない。


「お前達、どこから来た者だ」


「はい、南のダイフク村から出稼ぎに来たマンジュと言います」


「ダイフク? 聞いた事のない名前だな」


 ニコニコと愛想よく笑う農民を、門番は疑わしそうに睨む。


「それに、田舎者がこんな上玉を連れて出稼ぎだと?」


 金髪の美人メイドを、門番は頭の先からつま先までジロジロと眺めまわす。

 そのイヤラシイ目つきを遮るように、農民は腰を低くしながら門番に近寄る。


「はい、この娘は村一番の器量良しでして、お貴族様の所に奉公へ出る事になったのですよ」


 そう言いながら腰の袋に手を突っ込み、輝く黄金の粒を数個、門番の手にそっと握らせた。


「奉公に来たのか、それは結構な事だ」


 門番は素早く黄金を懐に仕舞うと、一瞬前とはうって変って、友好的な笑みを浮かべる。


「これほどの美人なら、俺も『奉公』して貰いたいものだ」


 本当に貴族の家に使用人として招かれたなら、紹介状を貰っているものだ。


 それが無いという事は、奉公の話は嘘で、娼館へ身売りに来たと判断したのだろう。


「はい、機会があれば是非とも」


「それは楽しみだな。よし通れ」


 あくまで低姿勢な農民に、門番は下卑た笑みを浮かべながら道を開けてやった。

 二人は門を潜って街に入り込み、十分歩いてから素早く建物の影に入り込む。

 その瞬間、かけられていた幻影の魔法は解け、中年の農民は高校生男子の姿に戻った。


「幻影魔法を見抜けず、賄賂にもあっさりなびく。一般兵士は実力もやる気も低そうだな」


「それを確かめるためだけに、こんな小芝居したのですか?」


 やれやれと肩をすくめる真一に、問いかけてくる色白金髪のメイドは、当然ながら魔法で姿を変えたセレス。

 こちらは正体の長耳を見られると魔族とバレてしまうので、幻影を継続中である。


「念のためな。この国の気風も少しは分かるかと思ってさ」


 街の中に入るだけなら、夜の闇に乗じて『飛翔フライ』の魔法で城壁を超えるだけで済んだのだが、真一達がわざわざ外から歩いてきたのは、その調査が目的だったのだ。


「門番一人のサンプルで、全てを判断するのは危険だが、少なくとも賄賂が見つかれば即死刑なんて、ガチガチにお堅い国ではないみたいだ」


 つけ入る側としては実にありがたいと、真一は邪な笑みを浮かべる。


 そして、腰に下げたズッシリと重い、金の粒が詰まった袋を叩く。


「魔王城には山ほどの金塊があって、それを全部使っても良いと許可を貰ったんだ。あの騎士達には効かなかったが、貴族や商人を賄賂で懐柔して、和解工作するのも良いと思ってね」


「金で和解ですか、人間の文化は不可解ですね」

 

 真一としては一般論を述べたつもりなのだが、セレスは心底不思議そうに首を傾げた。


「いや、金を集めていたくらいだし、魔族にも貨幣制度はあるんだろ?」


「はい、物々交換の方が主流ですが」


「なら、お金を払って戦争を回避とか、敵将を金で引き込むとかしないの?」


「何故そのような事をするのですか? 戦い、勝てば良いだけの話ではないですか。負けたのなら、それは弱い自分が悪いだけでは?」


「あ、はい、そうですね」


 本気で意味が分からないと、魔族特有の思考回路を発揮するセレスを見て、真一は早々に説明を諦めた。


(城とか食器とかの作りをみる限り、文化レベルは高いのに、どうしてここまで脳筋なんだろうか……)


 おそらく魔法のせいだろう、というのが真一の予想であった。

 そもそも、猿が火と知恵を手に入れ、人へと進化を果たしたのは、ひとえに『弱かったから』である。


 熊のような怪力と爪も、虎のような俊敏さと牙も、象のような巨体もない、弱々しい猿が厳しい自然界を生き抜くには、他の動物にはない武器『知恵』を絞るしかなかったのだ。


 石を鋭く尖らせ武器とし、仲間と共に連携し、落とし穴のような罠に誘い込む。

 そういった知恵も、全ては弱かったからこそ生まれたもの。


 素手で熊や虎を倒せる力があれば、知恵を磨く必要などない。

 猿は人になる事もなく、動物として森の中で悠々自適に暮していた事だろう。


 そして、魔族は魔法という、牙や爪よりも強大な力を生まれ持っていた。

 だから、全てが魔法で片が付く、問題は魔法の力量で解決するのが正しいと、シンプルな脳筋思考になったのも、無理はないのかもしれない。


(むしろ、魔族が人間のような知能を獲得した事の方が不思議だよな。オークとかゴブリンとか、姿形の違う種族が沢山いるくせに、皆一定の知能を有している。これは偶然で済まされる事なのか?)


 それこそ、神と呼ばれるような存在が、意図的に作り出した生物とでも言ってくれた方が、余程説得力が有る。


「それで、これからどうなさるのですか?」


「あぁ、まずは情報収集からかな」


 セレスの声で思考の渦から抜け出し、真一は再び街路に出て歩き始める。


「情報ですか、勇者の居場所を割り出すつもりで?」


「それもあるけど、とりあえず飯かな」


「……はぁ?」


 メイドの呆れ声には構わず、真一は道を進みながら適当な店を探す。


「よし、ここにしよう」


 ビア樽の描かれた看板が下がっていた、酒場っぽい店の扉を開けて中に入る。

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