やっぱり、古き良き名作は遊んでおくものだな


                 ◇


「よし、今日も張り切って行くぞ」


 赤い太陽が頂点に上る昼時、騎士達は日課となりつつある魔王襲撃を行うため、転移魔法の準備を始めた。


 場所はボア王国の下級貴族でもある、騎士の館である。


「みんな、魔法陣の中に入って」


 女魔法使いの指示に従い、五人は一室の床を全て使った、巨大な魔法陣に足を踏み入れる。


「あの魔王もだいぶん弱ってきたかな」


「そうだな、できればあと五日ほどで仕留めたいが」


「……奴か?」


 戦士の短い問いに、騎士は深く頷いた。


「魔王を倒し、領地と伯爵位を得るのは俺達だ。横から掻っ攫われては堪らないからな」


「そうですね、連日の戦いで私達も強くなった気がしますし、頑張りましょう!」


 リーダーである騎士の言葉に、女神官も力強く同意する。

 この戦いが終わって騎士が伯爵となったら、二人は結婚する約束を交わしていたので、自然と気合も入る。


「お喋りはそこまで、行くわよ」


 一人、目を閉じて集中を続けていた女魔法使いが、転移の準備が整った事を告げる。


「よし、頼んだぞ」


「任せて……我らの身よ、光となって彼の地へ駆けよ、『集団空間転移テレポート』ッ!」


 魔法使いの練り上げていた魔力が弾け、光となって全員を包み込む。

 立ち眩みのように上下左右の感覚が無くなり、視界がグニャリと歪む。


 そして一瞬の間に、彼らは魔王城から少し離れた森の中に描いた、魔法陣の上に――現れなかった。


「……えっ?」


 異常を理解するのに、騎士の脳は数秒の時間を要した。


 目を開けているはずなのに、何も見えない。


 彼は夜の闇よりも暗い、真の暗黒に包まれていたのだ。


「何だ、魔法を間違い――っ!?」


 魔法使いの方を見ようとして、さらなる異常に気付く。

 首が動かない。いや、手も足も胴体も、指の一本すら動かせなかった。


「何だ、何だこれはっ!?」


 恐怖の叫びが、目の前で何かにぶつかり、反射して鼓膜を震わせる。

 それで気付いた。全身が一ミリの隙間もないほど、何か硬い物によって覆われているのだと。


「いったい何故……くそっ、動け!」


 渾身の力を込めて手足を動かそうとするが、全くの無駄であった。

 それどころか、余計な足掻きをしたせいで、絶望へのカウントダウンが早まってしまう。


「はぁはぁ……息が……」


 指すら動かせないほど狭い空間だ、空気など直ぐに尽きてしまう。


「出せ……ここから出してくれ……っ!」


 最後の力を振り絞った叫びも、闇に呑まれ自分の耳にしか届かない。

 彼にできたのは、何も分からぬまま、忍び寄る死神の足音を数えるくらいであった。


                   ◇


「よし、上手くいったみたいだな」


 騎士達五人が闇の中で絶望しているのを、真一はほんの数メートル先から見ていた。


 正確に言えば、見ていたのは騎士達ではなく、彼らの埋まった巨大な岩だったが。


「転移先に予め巨大な岩を置き、その中に閉じ込めるとはな」


「ゲスな方法ですね」


 魔法で岩を運んだ張本人こと魔王は深く感嘆し、同じく魔法でこの場所を見つけ出したセレスは、無表情のまま罵倒した。


「題して『※いしのなかにいる※』大作戦! 転移魔法の危険性も理解せず、使っている方が悪いんだよ」


 最強まで鍛えたパーティーさえ完全消滅ロストする極悪トラップ、石の中にテレポート。


 某名作ダンジョンRPGをプレイした者なら、激しいトラウマと共に思いつく戦法であろう。

 その効果はてきめんで、五人の勇者達はなす術もなく全滅しようとしていた。


「やっぱり、古き良き名作は遊んでおくものだな」


「何の事か分からぬが、後はこれを溶岩の火口に投げ捨てればよいのか?」


「だから、殺しちゃ駄目なんだって。意識を失った辺りで、岩の中から出してくれるか」


「うむ、任せておけ」


 魔王は透視魔法で岩の中を窺うと、全員が気絶したのを見計らって、渾身のパンチを放つ。


「ふんぬっ!」


 それだけで、身の丈を超える巨大な岩にヒビが入り、バラバラになって崩れ落ちた。


「魔王様なら南極の奥深くに埋めても、自力で脱出してきそうだな……」


「ナンキョク、とは何でしょうか?」


「後で説明するよ。さあ、城に戻ろうか、本番はこれからだ」


 岩の中から現れた気絶した騎士達を、真一達は分担して担ぎ、魔王の魔法で転移する。


 後に、捕まった五人は回想する。


 ここで窒息死できていれば、どれほど幸せだったのだろうかと。

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