第二章 人間は心が肝心(笑)

お兄さん、魔族の誰よりも怖いです……

 山間に建てられた魔王城から、南東へ二日ほど歩いた先にある平野。


 大きな川が流れ、豊かな田畑が広がるその地には、城壁で囲まれた堅牢な城郭都市が存在した。


 その名はボア王国、魔王へ六千の兵を差し向け、半壊させられた国である。


 恐るべき怪物、伝説の魔族が近郊に現れ、軍がそれに敗北したとの噂は、既に国民全員に知れ渡っており、いつ街まで攻め込まれるのかと、道行く人々の顔には不安の影が濃い。


 しかし、酒場で酒を飲み交わすある一団だけは、恐怖なんて言葉は知らぬとばかりに、陽気に騒いでいた。


「いやー、また派手に死んじまったな」


「何もできなかったわね。あれほどの敵だもの、仕方ないけど」


「……ん」


 ゲラゲラと笑うレンジャーに、妖艶な女魔法使いと無口な男戦士も同意する。


「少し悔しいですけどね」


 大人しそうな女神官がそう言うと、リーダーの騎士も深く頷いた。


「そうだな。だが、最後に勝つのは俺達だ」


 言い切る声に、慢心や増長の色はない。

 昨日、傷一つ付ける事も叶わず、魔王に全滅させられたというのに。


 何故なら、敵わぬと知りながら何度も挑んでいたのは、全て計算の内だったからだ。


「あの青い魔王は強い。けれど、毎日毎日攻め込まれ、あれほど強力な魔法を連発していれば、どうしたって魔力が切れる」


 魔力――魔法を発現させるための力。


 それは一度使い果たしても、十分な休養を取っていれば、自然と回復していくものである。

 だが、その速度は最大許容量に対して、決して速いとは言えない。

 

 見習いレベルの魔法使いであれば、魔力を使い切っても一日もすれば全快する。

 しかし、一流の使い手である女魔法使いや女神官レベルともなると、二日はかかってしまう。


 これは、あの恐るべき魔王とて同じである。


 池の水をコップですくい続けるような行為だが、それが有限であるならば、必ず終わりは訪れるのだ。


「そのために、わざわざザコ共の死体を残してやってるんだしな?」


 口の端を歪め、レンジャーが悪い笑みを浮かべる。

 死体を燃やしたりせず残しておけば、蘇生魔法をかけられて、倒した敵が何度でも蘇ってしまう。


 一見、愚かしく見えるその行為も、魔王の魔力を削るためには有効だった。


「手下があんなザコばかりで、魔王も気の毒にね」


 自らの魔法で簡単に倒された、豚人間オーク小鬼ゴブリンの姿を思い出し、魔法使いは喉を鳴らして笑う。


 そこに、命を奪う罪悪感など欠片もない。


 何故なら、彼らは正義であり、魔族はこの世界を汚す悪なのだから。


「こらこら、魔王以外は弱いからって、気を抜くなよ」


 リーダーの騎士はそう注意するが、もちろん本気では言っていない。

 死んでも無限に蘇る自分達は、決して負けないと確信しているのだから。


「俺達は『女神の勇者』なんだ。その名に恥じぬよう、立派に戦わないとな!」


 威風堂々と宣言する騎士に、仲間達もジョッキを掲げて同意するのだった。


                  ◇


「つまり、消耗戦を狙っているわけか」


 食堂でまた不味い謎の肉を食べながら、真一は納得して頷いた。

 セレスから魔法や魔力の簡単な説明を受けただけで、彼は騎士達の無謀な連日突撃の裏にあった目的を、あっさりと見抜いたのである。


「魔王様、仮に奴らの攻撃が続くとして、あと何日くらい魔力が持つんだ?」


「別に一年でも二年でも持つが」


「えっ、魔力の回復は遅いって話じゃ……」


 先程の説明は何だったのかと戸惑う真一に、魔王は鼻を鳴らして答える。


「ふんっ、それは凡人の話だろうが、蒼き魔王たる我を一緒にするな! 転移や蘇生を数回使った程度の魔力など、一晩もあれば回復しておる」


「左様でございますか」


 やっぱりインチキじゃないか――との感想を、真一は心の中に仕舞っておいた。


「補足しておきますが、魔力の超回復は魔王様だけの特殊体質です。一般的な魔族の回復速度は、人間よりは上でしょうが、何倍もの差はないと思われます」


 そう告げるセレスの顔は、昨日と変わらず無表情であったが、褐色の肌が少しだけ

青ざめているように見えた。


 魔王に負担をかけまいと、死者蘇生の多くを彼女が担当していたせいだろう。


「あのさ、魔界からもっと強い奴らを呼べないのか?」


 セレスの負担を軽減するためにも、真一はそう進言する。


「魔王様ほどじゃなくても、あの騎士達を撃退できるくらいの奴らが、何十人かでも護衛に回れば、無駄に殺される魔族も減るし、人間側も襲撃が困難だと悟って、諦めるかもしれないだろ」


 実にもっともな意見であったが、言われた魔王一家は顔を曇らせた。


「お兄さんの言う通りなんですけど、魔族の強い方って、基本的に乱暴な方が多くて……」


「リノの願いを無視して、人間共を皆殺しにしかねんからな。まったく、あの戦闘狂どもときたら!」


 娘を困らせる部下達を、魔王は容赦なく罵倒するが、彼自身も血の気が多い方だという事実を、本人以外は皆知っていた。


(しかし、それで妙に弱い魔族しかいなかったのか)


 厳つい外見に反して、騎士達にあっさり倒されていたのは、元から弱くて温厚な者だけを選抜して、人界に連れて来たからだったのだ。


 もっとも、弱いとはいえ真一のような一般人なら、拳一つで殺せるような化け物には違いないのだろうが。


「ともあれ、援軍は望めないと。魔王様の尽きない魔力があれば、負ける事はないが――」


「我の堪忍袋の緒は、もう限界であるがな」


「あうぅ……」


 ピクピクと額に青筋を浮かべる魔王を見て、リノは申し訳なさそうに俯いてしまう。


 異種族の人間とて、無益な殺生はしたくないという優しさは、間違いなく彼女の美点である。


 しかし、そのワガママで魔王は動きを縛られ、ひいては人間達に舐められて、今の苦境を招いているのも事実であった。


 極端な話、魔王が人間を全て滅ぼしてしまえば、何度も蘇ってくる謎のカラクリごと、あの騎士達も倒せる可能性は高いのだから。


 それを理解しているからこそ、リノは申し訳なさそうに告げる。


「パパ、もう料理が美味しくないなんてワガママは言わないですから、諦めて魔界に帰りましょう?」


「何を言うんだ!? パパはリノのためなら千年だって戦えるぞ!」


「パパの事は信じてるです。でも、このままだとカルビさんやロースさん達が、本当に殺されちゃうです……」


 今までは蘇生できていたから良いが、いつ死体を焼き払われ、完全な死を迎えないとも限らないのだ。


「ではやはり、人間を滅ぼすしかないな」


 臣民を犠牲には出来ぬし、それが一番手っ取り早いと、魔王は改めて戦意を燃やす。


「で、ですからそれは……」


 父親を説得できる言葉が見当たらず、リノは困り果ててオロオロと辺りを見回す。

 そして、この場で最も口が立つ者――真一と目が合った。


「ふっ、美幼女の頼みとあっては断れないな」


「何を言い出すのですか、この変質者は」


 真一はやれやれと肩を竦め、セレスの暴言を聞き流しつつ立ち上がる。

 そして、魔王の元まで歩み寄って告げた。


「魔王様、苛立つ気持ちは分かるが、人間を滅ぼすのはもったいないから止めてくれ」


「もったいないだと?」


「あぁ、人界に来たのは美味い食料のためだろ? そして、人界にある美味い物の採取、調理の方法を一番良く知っているのは人間だ。それを殺すのはもったいない」


「ふむ……」


 筋の通った理屈に、魔王も思わず頷き返す。


「だが、其方が居れば十分ではないのか?」


「俺は人間だが異世界人だぞ? 少しくらいなら料理は出来るが、こっちの美味い物が何か、どう育てたらいいかなんて知らんよ」


 生憎と真一はサラリーマンの一般家庭で育ったので、米の植え方や収穫時期、海で大量に魚を捕る方法、牛の捌き方なんて特殊技能は持ち合わせていない。


「魔族がゼロから農耕や料理を研究するより、人間にやらせて成果だけかすめ取る方が効率的だろ。それに――」


 ニヤリと、渾身の邪悪な笑みをもって告げる。


「魔王様に逆らった愚かな人間共を、死なんて一瞬の苦痛で解放してやるなんて、お優しすぎてつまらないじゃないか?」


 人間が怯え、絶望し、服従する様を肴に、勝利の美酒を飲み干す。

 それこそが魔界の覇者、蒼き魔王に相応しい姿だと。


「ふふふっ、それもそうであるな。シンイチよ、其方も悪よのう」


「いえいえ、魔王様ほどではございません」


 邪悪なプランを気に入り、悪代官のような事を言う魔王に、真一も越後谷の真似で応じる。

 そして、見事に説得してみせたぞと、リノの方を見るが――


「お兄さん、魔族の誰よりも怖いです……」


「あれーっ!?」


 リノのため、そして人類を滅亡から救うために、あえて悪役のフリをしたのに、本気で怯えられてしまった。


「馬鹿な、俺の演技は完璧だったのに……っ!」


「完璧すぎて本気にしか見えませんでしたが?」


 セレスのツッコミを背に、真一はちょっとショックを受けながら席に戻る。

 そのすれ違いざま、リノが彼だけに聞こえるよう小さく呟いた。


(お兄さん、ありがとうです)


 私のために悪い人のフリまでしてくれるなんて、とっても優しいんですね、と微笑みながら。


「リノちゃん……」


 そのマジで天使な笑顔に、思わず胸が高鳴ったが、メイドからの冷たい視線と、父親からの殺気を感じて、真一はすぐに咳払いして誤魔化した。


「ごほんっ……あと付け加えておくと、今魔界に引き返すのも止めた方がいい」


「どうしてですか?」


「こちらが恐れて逃げたと、人間側が調子に乗って、魔界に攻めて来るかもしれないからさ」


 そう言ってセレスの方に視線を送ると、有能なメイドは彼の意を察して答えた。


「魔界と人界の行き来は、転移魔法が使えれば誰でも可能です。問題は魔界の位置を人間側が知っているかどうかですが、この出城と魔界の本城との間で、既に何度も魔法で行き来をしており、それによって付いた魔力の残滓を探れば、遠くないうちに知られてしまうでしょう」


 そうして、魔界にまで攻め込まれてしまったら、始まるのは地獄である。

 もちろん、人間にとってのだ。


「強くて血の気の多い魔族達が、全員キレて人間界に溢れ出すわけだ。魔王様はそれを止められるのか?」


「はぁ? 止めるわけなかろうが」


「うん、知ってた」


 止められない、と言わない辺りが、流石は最強の蒼き魔王である。


「あうぅ、そんな事になったら人間さん達は……」


「皆殺しだろうな。そういう訳で、殲滅はもちろん撤退もなしだ」


 行けども地獄、戻っても地獄の袋小路に、人類はそれと知らずにはまったのである。


「リノは美味しいご飯を食べたかっただけなのに、どうしてこんな事に……」


 自分の些細なワガママが、人間に多大な迷惑をかけてしまった事を悔い、リノはさめざめと涙を流す。


「悪くない! リノは悪くないぞ! 人間が全部悪いのだっ!」


 涙の一因である魔王が、それと知らず娘を慰めだすのを横に、真一はメイドと話を進める。


「さて、本題に戻るとして。あの無限蘇生してくるチート野郎共――便宜上『勇者』と呼称するが、これをどう倒すかだったな」


「はい、そのために貴方をお呼びしたのです、働いて下さい縠潰し」


「人をニートみたいに言うな!」


 隙あらば毒を吐くセレスには辟易するが、実の所、真一は既に問題の回答を見出していた。


「勇者を倒す方法はもう考えついている。ただそのためには、まず奴らを捕まえないといけない」


「捕縛ですか」


 そう復唱しつつ、セレスは主を見る。

 魔王の強大な力があれば、騎士達を捕らえるのなど容易いが、勢い余って殺しかねないのが難点であった。


「そこで、捕らえるための罠を仕掛けようと思うんだが、そもそも、あの勇者達ってどこから来ているんだ?」


「むっ、人間共の居場所か?」


 娘を慰め終えた魔王が、話に戻ってきながら掌をかざす。

 すると、空中に衛星写真のような俯瞰視点の映像が映った。


「真ん中にあるのが我の城、その右下にあるのが一番近い人間共の街だ。多分ここであろう」


「近いって、これ何十キロメートル離れてるんだ?」


「十八ゴート(約六十キロメートル)ほどでしょう」


「流石は翻訳先生、単位換算までしてくれるとは」


 翻訳魔法の万能っぷりに改めて驚きつつ、真一は首を傾げる。


「一度死んだ勇者達は、多分この街で蘇生しているんだろうが、舗装されていない荒れ道を六十キロ? いくら鍛えているといっても、一日で歩ききるのは難しいよな。となると魔法か」


 便利な移動魔法もファンタジーの定番である。

 実際、魔王が何度も転移魔法を使っていた。


「ひょっとして、勇者達も転移魔法で来ているのか?」


「そうであろう、何が不思議なのだ」


「いや、転移魔法ってそんな簡単に使えるものなのか?」


 ゲーム等では最上級魔法に位置する事が多いので、こちらの世界でもそうなのかと思っていたのだ。


 もちろん、移動の煩雑さを減らすため、あえて初期から使える魔法にしているゲームもあったが、テレポートなんて二十一世紀の科学でも実現できていない現象は、魔法という奇跡の力であっても、困難な分類だと考えるのが普通であろう。


 そんな真一の疑問に、またもセレスが答えてくれる。


「いえ、簡単には使えません、魔王様がおかしいだけです」


「あぁ、やっぱりそうなのか」


「ふっ、己の強さが恐ろしいわ」


 頷き合う彼らを見て、魔王は無駄に恰好付けるが、それを見るメイドの目が、奇怪な珍生物を見るそれであった事を、真一は黙っているのだった。


「だがその言い方だと、簡単でなければ使えるんだな?」


「はい、出発点と到着点に数時間かけて魔法陣を描き、記憶に刻み付けた二点間であれば、幾らか容易に行き来が可能となります」


 それでも一定以上の素質と、発動まで数分の精神集中が必要だという。

 魔法陣も詠唱もなく、一瞬で好きな所に現れる魔王が、如何に規格外か分かる話だった。


「そうか、魔法陣で瞬間移動か……」


「到着点を割り出し、破壊する気ですか?」


「いや、破壊はしない」


 セレスの案を、真一は即座に否定する。

 一度魔法陣を破壊すれば、数日の時間稼ぎにはなるが、今度は発見し難い場所に作られるだけである。それではイタチごっこだ。


「そう、破壊はしないさ」


 真一はもっと良い案があると、口の端を釣り上げる。

 その笑顔は、蒼き最強の魔王よりも、ずっと邪悪なものだった。

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