こんな面白い事を命惜しさに捨てたら、もったいないゴーストに祟られるってもんだ


                   ◇


「現れたな、魔王め!」


 全身鎧に身を包んだ騎士が、剣を構えて威勢よく吠える。

 それに呼応して、戦士、レンジャー、神官、魔法使いという仲間達も、それぞれの得物を構えた。


 青い灼熱の炎によって、灰すら残らず消滅したはずの人間達が、まるで時間を巻き戻したかのように、昨日と同じ荒野に、昨日と同じ格好で立っていた。


「うわ……」


 魔王と対面した時とはまた方向性の違う、背筋の凍る恐怖に襲われながらも、真一は理解する。


「この世界、蘇生魔法が普通にあるのかよ……」


 死んだ者が蘇る。地球では絶対に有り得なかった、不可逆の現象。

 しかし、ここは魔法という奇跡の存在する異世界。

 ならば、まるでTVゲームのように死を簡単に覆せたとして、いった何の問題があろう。


 そう頭では理解しながらも、実際に見ると感情が追いつかない真一を余所に、騎士達は魔王に襲いかかる。


「今日こそ、その首をもらい受ける、風斬――」


「『大地の牙ランド・バイト』」


 最後まで言わせず、魔王は初手から強力な魔法をぶっ放す。

 地面から生えた無数の牙によって、騎士達は一瞬で串刺しとなり、あっさり全滅した。


「全く忌々しい」


 魔王はそう愚痴りながらも、騎士達の手によって殺されていた、豚顔の魔族オークの遺体に歩み寄る。


「永遠の眠りより目覚めよ、『死者蘇生リザレクション』」


 短い呪文を唱えると、オークの体が神秘的な光で包まれ、全身の切り傷が消えていく。

 そして、止まっていた心臓が動きだし、焦点を失っていた瞳に光が戻った。


「うぅ……魔王様? またご迷惑をおかけして、申し訳ありませんブー」


「構わん。それよりも、動けるなら無事な者達を呼び、他の遺体を城へ運べ。セレスターが蘇生の手筈を整えているはずだ」


「了解ですブーッ!」


 蘇生直後という事もあり、少しふらつきながらも、オークは城の方へと駆けていった。


「こんな簡単に死者が蘇るなんて、インチキすぎるだろ……」


 地球の常識が丸ごと覆る光景に、真一はただ呆れるしかなかった。

 そんな彼の呟きを耳にした魔王は、何故か急に不機嫌な顔をする。


「何がインチキか、それは奴らの方であろうが、見よ!」


 魔王が指さしたのは、串刺しとなった騎士達の死体。

 それは、急に不思議な光に包まれたかと思うと、一瞬でこの場から消え去った。


「死体が消えた……どこかへテレポートしたのかっ!?」


「どんなカラクリかは知らんがな。これを防ごうと、昨日のように塵一つ残さず消滅させても、何故か平然とで蘇ってくる。これをインチキと呼ばずにいられるかっ!」


 魔王の憤慨した様子から、真一はもしやと察する。


「ひょっとして、普通は死体が消滅したら蘇れないのか?」


「当たり前だ! できるだけ損傷の少ない死体、最低でも頭の半分くらいは残っていなければ、蘇生魔法など使えん」


 真一から見れば何でもありに見えても、この世界の魔法にも限界はあったのだ。


「だから我は、卑劣な人間共の軍勢が攻めてきた時も、半分は殺したが死体は綺麗に残してやったのだ。そもそも、全て殺さず半分残したのも、死体を蘇生できる者の所まで運べるようにと、気遣ってやったからだと言うのに!」


「なるほど、だから誰も死んでいないと」


 正確には、死んだけど蘇れるのだから、文句を言うなという事だ。


 先程の騎士達を見る限り、人間側にも蘇生手段があるのは間違いない。

 ただ、この世界において、おそらく最強の力を持つであろう魔王ですら、遺体がなければ不可能な死者蘇生を、完全に消滅した状態から行っている。


(まさか、魔王よりも強力な存在が居る?)


 だとすれば、自ら魔王に挑んできそうなものだが、その様子はない。


(どこでどう全滅しても、教会とかで蘇っているのだろうな……ゲームだとお約束って感じで、深く考えた事はなかったが)


 ここはまるでゲームのようなファンタジー世界だが、電子情報の塊ではなく、血と肉を持った生物の闊歩する現実世界だ。

 ならば、地球の常識には当てはまらずとも、何らかの法則や仕組みは存在するはず。


 しかし、考えたところで答えは出ない。情報が圧倒的に足りないのだ。


「さて、シンイチよ。今こそ召喚者として其方に命じる」


 考え込んでいた彼に、魔王はその名に相応しい、威厳に満ちた声で命じる。


「あの殺しても死なない人間共を、どうにかせよ!」


 声の迫力と全く合っていない、アバウトで情けない命令を。

 それに対して、真一は呆れ果てながら反論した。


「どうにかって言われても、俺は魔法も使えない貧弱ボーイなんだが?」


「其方に力は期待しておらん、知恵を貸せというのだ!」


「ふむ……」


 真一は顎に手を当てて考え込む。


「なんだ、まさか不可能だとは言うまいな? 我らの窮地を救える知恵者を呼ぶ、そう指定して長い時をかけて召喚魔法を発動させたのだ。其方にはそれだけの英知があるはずだ」


「褒められるのは嬉しいが、それ本当に成功したのか?」


 魔王の力は疑いようもないが、真一は首を傾げざるをえなかった。

 能力を指定して呼び出せるのならば、ただの学生に過ぎない自分よりも、もっと相応しい者が沢山いるはずだが……。


「いや、成功している。その証拠に其方は我とこうして対等に話せている。最初に呼び出した虫けらのように、頭は良くとも気が弱く、勝手に死ぬような臆病者ではない」


「なるほど、それで俺なのか」


 真一より頭の良い者などいくらでもいる。

 だが、魔王という絶対的な強者を相手に、平然とタメ口をきくような、頭のネジが外れた度胸の持ち主は、そう多くなかったのだろう。


(それでも、何万分の一の確立が的中したんだろうな)


 はたして、それが幸運なのか不幸なのか、それは今から決まる。


「答える前に質問。最初の人はどうなったんだ?」


「娘が泣いて頼むのでな、仕方なく蘇らせて元の世界に戻してやった」


「地球に帰る手段はあると。ちなみに、俺が断った場合は?」


「今この場に、娘は居ない……分かるな?」


 ニヤッと邪悪な笑みを浮かべる魔王。

 リノという天使が良心回路になっているだけで、目の前の巨人はその絶対無比の力に相応しい、残忍で自分勝手な『魔王』なのだ。


「強制一択じゃねえかよ……」


 真一は頭を抱えて溜息を吐く。

 

 だが、本当はとっくに理解していた。

 七十億もの地球人の中から、彼が選ばれた理由。

 ある程度優秀な頭脳と、絶対強者に屈しないクソ度胸、そして――


(魔王すら手を焼く不死身の人間達を、謀略の限りを尽くして退治するか……面白い)


 真一の顔に、先程の魔王にも劣らぬ邪悪な笑みが浮かぶ。

 良識や常識に囚われず、卑劣な策略の限りを尽くして、敵を倒す事に喜びを感じるゲスな精神。


 二十一世紀の日本という、人類の歴史上でも稀に見る平和で安全な国では、無益どころか有害な性質が、彼の奥底には眠っていたのだから。


(こんな面白い事を命惜しさに捨てたら、もったいないゴーストに祟られるってもんだ)


 日本ではゲームの中くらいでしか発散できなかった、己の能力と本性を、この異世界では好きなだけ自由に発揮できるのだ。


 これほどやり甲斐を感じる事など、おそらく生涯あるまい。

 己の命や地球に帰れぬ危険性を、掛け金として払うには十分であり、そんな命知らずの馬鹿だという事も、彼が召喚された理由だったのだろう。


「畏まりました、魔王様」


 真一はあえて丁寧な言葉遣いをし、恭しく跪きながら宣言する。


「無限に蘇る人間の『勇者』達を、この手で必ずや始末してみせましょう」


 後に、魔王軍最恐のゲス参謀と呼ばれる、人類の裏切り者が誕生した瞬間であった。

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