6.八年前の手紙
八月二日午前十時過ぎ――今日は、四十度を超える真夏日だ。太陽は、ちょっと主張の強すぎる日をギラギラと照らし、木陰から見える景色は、陽炎で揺れていて魔法のように感じられる。
僕は、小学校の近くで、ドクぺを傾けながら、上崎の到着を待っていた。
「ソウタ! わりぃ、遅れた!」
いつも通り、遅れて到着した上崎に、いつも通り微笑んで「気にしてない」と答え、ドクぺを一本手渡した。
上崎は「サンキュー!」と言って、受け取ったドクぺのプルタブを豪快に開け、乾いたのどに流し込む。
数秒で飲み干した炭酸の刺激を堪能してから、口を開いた。
「なぁ、魔女の情報を手に入れたって本当かよ!」
「本当だよ」
少し誇らしげに鼻を鳴らして手紙を渡す。
まだ、この手紙の重要さを分からない上崎は、興味津々に手紙をひっくり返したりして観察する。
「本当か? イタズラだったら笑えないからな」
「大丈夫、イタズラじゃない証明は、いくらでもできる」
上崎は、僕の目を見て、片眉を持ち上げる。僕も、すました表情で同じ動作をした。
「この手紙は、八年前、噂が流れ出したくらいに僕が書いた手紙だよ」
手紙に目を通している上崎に注釈を入れるが、返事は何も返ってこない。当たり前だ、あんな不思議な手紙を読むのに、周りの状況を受け入れている余裕はない。
魔女の気まぐれで記憶が消されているんだぞ。
「なぁ、ソウタって魔女に会ったことあるってことだよな?」
上崎は、まだ、手紙に視線を落としながら言う。
「そういうことになるね」
「今日、小学校に俺を呼んだのは、タイムカプセルを掘るため」
そうだ。だけど、上崎を呼んだ理由は、もう一つある。
「そうだよ」
その後、上崎は、何も言わずに、もう一度、手紙を目で読み、丁寧に封筒にしまう。
そして、深く息を吸って――この時点で、僕は、両耳に指を入れて耳を塞いだ――肺の空気を全部吐き出すように叫んだ。
「最高じゃねーか! こうゆうのだよ、こうゆうの、俺が求めてたのは!」
真夏を表現したみたいな満面の笑みをこちらに向けて続ける。
「記憶を消された少年と魔女……くぅ~。 考えただけでテンション上がるな!」
上崎は、おもむろに足元にあった木の枝を拾い上げて、剣のように構えてみる。
舞い上がっている上崎の空気を壊さないように、僕は言った。
「魔女と戦うには、そんな木の枝じゃだめだ。 武器を揃えよう。 どうやら、過去の僕が武器を隠してくれてあるらしい」
にやりと笑う上崎と拳をコツンとぶつけ合い、魔王城の門をくぐるような気持ちで、小学校の校門を跨いだ。
***
夏休みのグラウンドは、不思議な力を持っているように感じられた。夏日に焼かれる地面の埃っぽい匂いとか隅に転がる忘れられたサッカーボールとか高校生になった僕からしたら、非日常的に感じる。
これも、一種のタイムマシーンのようだ、と僕は思った。
そんなグラウンドの一番奥、夏空を仰ぐように青い葉が付いた桜の木の下に、僕らのタイムカプセルは埋まっている。
過去の僕は言っていた。
――魔女は、時の空間には関われない。
小学生が、「時の空間」などという言い回しを理解するのは苦労しただろう。
少ない知識で導き出した答えは、大正解だった。
だから、僕の記憶は消されても、過去の時間を閉じ込めてあるアルバムの手紙は存在していたし、きっとタイムカプセルも――僕は、桜の木を見上げて言った。
「魔女は、どうして僕の記憶を消したんだろう」
「自分に都合が悪いからじゃないの?」
「僕との約束?」
上崎は、「さぁ?」と答え、桜の根本あたりに小学校から借りたスコップを突き刺す。
「とりあえず、この下に答えがあるだろ!」
そうだ。過去の僕は、答えを残しておいてくれてあるのだ。今、悩む必要ない。
「そうだね」
僕たちは、魔女の答えを求めて地面を掘った。
だけど、どうしてだろう、僕は、掘るたびに土が重く感じられた。
三十分くらい掘り進めていると銀色の長方形の箱が出てきた。蓋の部分には「6年2組タイムカプセル」と書かれていて、その周りには、生徒が書いたイラストなんかも添えられている。
僕は、小学校の卒業式の数日前に、このタイムカプセルを埋めたのは覚えている。だけど、自分が、何を埋めたのかは思い出せない。
その時の担任は「二十歳の自分に渡したいものを入れなさい」と言ったような気がする。だから、僕は、二十歳の僕に魔女の答えを入れたのだろうか。
やっぱり、思い出せない。
「意外と大きいな」
上崎が、汗を拭いながら言う。
「そりゃ、一クラス分の思い出が詰まってるんだから」
「なぁ、これって、二十歳になったら同窓会とかで開けるもんじゃいのか?」
「うーん……中身が、きちんとしているかの確認は、大切だよ」
「ソウタ……そうやって、校長からスコップ借りたな?」
「さぁね」
これを楽しみにしている同級生には申し訳ないが、言ったからには、きちんと中身の状態を確認もする。
僕は、蓋に手をかけた。
手が震える。この中に、魔女の答えがあるのだ。
でも、本当に、それでいいのか。
僕の過去の罪は、誰も知らない。きっと、これから先も僕の罪を知る人はいないだろう。
僕にとって<魔女と未完成タイムマシーン>の噂は、少女に告げられた別れに「嫌だ」と告げること。
しかし、視点を変えれば、背負わなければいけない罪を隠滅するということにもある。
「どうした? 開けないのか?」
「ごめん。 今、開けるよ」
僕は、震える手を、一度強く握りしめて、蓋を開けた。
中身は、過去を切り取り、そのまま保管したみたいに当時が残っていた。
昔、流行ったカードゲームやぬいぐるみ、中には携帯ゲーム機もある。
過去の僕たちは、どんな気持ちで、これらを入れたのだろう。
きっと、今では、考え付かないような純粋な理由で物を選び、将来の自分への応援とかメッセージを込めて入れたに違いない。
だから、僕の手紙は、タイムカプセルには似合わなくて、すぐに見つけることが出来た。
小学校のアルバムのケースから見つけた手紙と同じ封筒に「未来のぼくへ」の文字。
これが、答えだ。
ぼくへ
ぼくは、この手紙をなんで読んでいますか。もし、二十歳になったどうそうかいで開けているのなら、今すぐ、小学校のアルバムを見てください。
この手紙は、だれかに見せてはいけません。
もし、二十歳になる前に見ているのなら、きっと、まじょさんに記憶を消されてしまったんですね。
では、まじょさんと交わした約束を、まずは、思い出してください。
ぼくが、まじょさんとした約束は「ゆきを取り戻すため」です。
ゆきが死んでしまった理由は、今でも忘れていませんね。忘れたなんて言わせません。
ぼくは、あの日が大嫌いです。あの日のぼくが大嫌いです。
八月四日の夕暮れ、ぼくが犯した罪を思い出してください。
少し、話がそれてしまいましたね。
もう一つ、まじょさんとした約束があります。
まじょさんは「もしも、君が、部品を思い出したら、私は、うみよこにいます」と言いました。
これを書き残している理由は、部品を思い出す前に記憶を消されてしまうかもしれないからです。
これを見ているぼくは、部品なんてことすらも忘れているでしょう。
だけど、今のぼくも部品についてはわかりません。
まじょさんは<うみよこ>にいると言いました。
ぼくの予想では、海沿いのどこかにいるのかもしれません。
お願いです。ゆきを助けてください。
僕は、手紙を読み終えてどうしようもできない気持ちに襲われた。
手紙の中に登場した<ゆき>という名前の人物――彼女が、僕に一方的な別れを<死>という形で伝えた少女<佐波 ゆき>。
彼女が、死んでしまった理由には、僕が深く関わってる。
でも、それを知る人物は誰もいない。
彼女の死は、事故というたった二文字で片づけられて、涙という装飾を付けて綺麗に包装された。
――誰も悪くない。
違う、僕が悪いんだ。
「ソウタ、大丈夫か?」
僕の名前を呼んだ上崎には、伝えなくてはいけない。きっと、彼の中でも、さまざまな感情が渦巻いているだろう。
上崎に嘘を付く理由はなくなった。
僕は、彼に全てを話し「ここから先は、一人で行く」と伝える。
「上崎……話がある」
これは、自白と言うべきなのか。それとも、抱えていた罪悪感を少しでも誰かと共有したいのだろうか。
僕の奥にあるこの感情を言葉に表すことは、とてつもなく難しい。
鳴り響く蝉時雨に滲んで、陽炎に飲み込まれてしまいそうな声で言った。
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