8.うみよこの魔女

 夏日がギラギラと照る元で、僕は、上崎に真実だけを話し、そのまま続けた。

「ここから先は、僕一人の問題だ。 魔女にあって、八年前の八月四日に行く。 上崎を個人的なことに巻き込むつもりはない」

 上崎の顔を見る事なんて出来なかった。この後、どんなにひどく汚い言葉を投げかけられたとしても、「ごめん」と謝ることしかできない。

 しばらくの間、僕と上崎の間を蝉時雨の喧騒だけが通り過ぎていく、嫌な沈黙が訪れた。でも、その沈黙を破ったのは、上崎の方だった。

「なんだよ、その話……なんなんだよ」

「ごめん。 でも、分かってくれ」

 僕は、こうやって感情だけで大切な物を破壊していくんだ。

 上崎は、手に持っていたスコップを強く放り投げ、詰め寄る。

「なぁ、ソウタ――」

 もう、終わりにしてくれ。

 僕は、下唇を強く噛みしめ、心の奥で叫んだ。

「なんで、謝るんだよ! ゆきちゃんを抱きしめろよ! そんでもって……あぁ、クソ!」

 上崎は、目つきの悪い瞳を潤ませて、強引に目元を拭う。

 僕は、現状を飲み込めない。そんな、僕の肩を大きな手が掴む。

「ソウタが、個人的な理由に俺を巻き込みたくない理由は、十分にわかった。 だけど、二つ……いや、三つ、約束してくれ!」

 僕は、無言で頷いた。

「八年前の過去に俺は、ついて行かない。 だけど、魔女と会うまでは俺も一緒に冒険させてくれ。 それと、ゆきちゃんを絶対に助けろ! それから、八年前のソウタをぶん殴ってくれ!」

 やっぱり、上崎は、優しい巨人で、親友だ。

「約束する、必ず」

 この物語の終末が、近づいてきている。

 結果は、僕にも上崎にもわからない。

 知っているのは、魔女、ただ一人だ。


   ***


 僕たちは、防波堤を右手に無言で歩く。嫌な緊張が街全体を覆い尽くしているような気がして、自然と声が出せないでいた。

 タイムカプセルの手紙に書かれていた<うみよこ>という場所。過去の僕は、魔女の言ったその場所をそのままの意味でしか理解することが出来なかった。でも、今の僕は、その場所をしっかりと理解できる。

 だが、僕の胸の中には、黒い霧が薄く浮遊する。

 魔女が指定した<うみよこ>は、当時その場所になかった。うみよこが、開店したのは、今から約一年ほど前になる。

 もしも、魔女が、海沿いを指定したかったのならば、素直に「海沿い」と言えばいい。

 しかし、魔女は、<うみよこ>という今では固有名詞ともいえる言葉を使った。

 タイムカプセルの中に入っていた手紙の内容で、唯一、僕を悩ませている原因だ。

 魔女の戯言だ――そういってしまえば、事は済む。僕たちは、すでに答えを手に入れている。これは、別解のようなものだ。

 だけど――僕は、全ての行動の一つ一つが魔女の思い通りになっているような気がして、多少の疑問すらも見逃せないでいた。

「ソウタ、ついたぞ」

 上崎の声に、僕の足が止まる。

 白の木材を基調にして、海のさざ波がぴったりなそこは、ユリさんが経営する<うみよこのカフェ>――魔女が指定したと僕らが推測している場所だ。

「さぁ、ついに決戦というわけか」

 上崎が、右の拳を左手に強く当て、にやりと微笑む。だけど、僕は、魔女と戦いに来たわけではない。過去の僕と同じで、今も無力だ。だから、出来るだけ穏便に、言葉だけで解決したいと思っている。

「戦いたいわけじゃない。 それに、上崎には、カフェの外で待っててもらいたい」

「おいおい、約束はどうしたんだよ?」

 確かに、約束した。

 だが、これは、ハッピーエンドが笑顔で待っている物語とは違う。海沿いの街という比較的穏やかな街で、魔女という非現実的な物が混じりこんでいる物語だ。

 常にバッドエンド――つまり、魔女の魔法について考えていなくてはいけない。

「魔女は、記憶を消せるんだ。 もしも、僕の記憶が消されても、上崎だけが知っていればどうにかなるかもしれないだろ?」

 上崎は、「なるほどな」とつぶやく。

「じゃ、僕が、中に入ってユリさんと楽しそうにお茶をしていたらぶん殴ってくれ」

「グーパンか? それとも、ビンタか?」

 僕は、わざとらしく悩むふりをする。

「グーパンでお願い」

 僕と上崎は、ハイタッチをして約束した。

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