3.部品

 <うみよこのカフェ>を後にした僕たちは、華麗に逃げ回る怪盗を追いかけていた。といっても、これは比喩でしかない。

 僕たちが追いかけているのは<魔女と未完成タイムマシーン>というただの噂だ。

 とりあえず、この噂の舞台となっている<海沿いの街>――僕たちが生活をしているこの街を思いつきだけで歩き回った。

 幼少期、魔女がいるかもしれないと思っていた廃屋に足を運んでみたり、「タイムマシーンといったら引き出しだろ」と言い出した上崎に従って、開けることのできる引き出しという引き出しを開けてみたり、海に向かって「魔女さん、聞こえますか!」と大声で叫んでみたり……でも、結果はどれも違っていた。だけど、間違いではないような気がするのだ。

 噂を怪盗と比喩したのにも意味がある。

 怪盗は、物を盗むという行動を一種の美学と捉えている。だから、時間と場所を指定した予告状を出して、警察を美しく欺き、物を盗む。

 予告状を出したときから、怪盗のショーは始まっていて、警察すらも台本にしっかりと書かれている登場人物でしかない。

 これと同じように、僕たちも、この噂に欺かれているような気がするのだ。噂の本質的な部分に欺かれているのではない。

 僕たちが、足を運んだ場所には、噂が存在していたのだ。だけど、僕たちが行く少し前に故意的に消えてしまっている。僕たちよりも一歩先で、にたりと笑みを浮かべられているそんな感覚だ。

 どうしようもない何かを一日中、追いかけた僕たちは地平線へと日が沈みかける空を見ながら、ドクぺを片手に防波堤に腰かけていた。

「なぁ、調査って難しいな」

「そりゃそうだよ。 警察が、簡単に証拠を集められていたら苦労しない」

 僕の言葉に、上崎がため息を付きながら寝ころぶ。

「ソウタ、魔女が求めてる部品ってなんだと思う?」

 僕は「部品ね」とつぶやくように反復して考える。

 魔女は、タイムマシーンという未知の物を作ろうとしているのに、部品という曖昧な表現で、それを求めている。時空を操れる不思議な石、などという絶対に無理な物を上げていてくれたならば、僕たちの調査も少しは変わっていたと思う。

 考えられるのは、魔女が、わざと言葉を濁しているのか、それとも。

「僕たちが、すでに持っているのか」

「は?」

 上崎が、寝ころびながら視線を送ってきているのに気が付いた。だけど、僕は、海と空の重なり合う地平線を眺めながら続けた。

「この噂の全てを握るのは、魔女だ。 もしかしたら、魔女は、未完成タイムマシーン発明を手伝って欲しいんじゃないのかもしれない。 本当は、タイムマシーン自体は完成しているんだけど、あと一つ何かが足りないんじゃないかな。 燃料とかそういう物」

「燃料だとしたら、部品っていうか?」

「……確かに。 じゃ、魔女は、僕たちに<部品>というだけで伝わる物を必要としているんじゃないかな」

 上崎が、足の反動を活かして、起き上がる。

「だから、俺たちが、すでに持っている?」

 僕は、依然として視線を空と海の境界線に向け、ドクぺを一口飲む。

「そうゆうこと」

 ぼんやりとした答えに繋がる何かを見つけ出せそうな気がする。

 だが、そう簡単に見つけ出すことが出来なく「また、明日にしよう」と別れた。

 僕は、上崎の背中を見送ってから、一度、空に視線を持って行った。

 夕暮れだ。あの夏の日と何も変わらない。

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