1.魔女と未完成タイムマシーン
教室に埋め込みで付いている年季の入った業務用クーラーの唸り声のような音をバックに窓の外を眺める。雲一つない綺麗な青空の中に、屈託のない太陽が元気に笑っていた。
窓枠に映る風景は、昼下がりの公園で遊ぶ少年を見ているようで、とても平和だ。でも、窓を開けてしまえば、夏の始まりを告げている熱気が凶器を振りかざす。
夏の正午過ぎの外とは、窓を隔てて会うのが丁度いい。
僕は、窓際の一番後ろ――誰の席だったか覚えてはいない――そこに腰かけて、思い切り伸びをした。体の骨がぽきぽきと音を立てる。
今日は、七月二十四日――夏休みゼロ日目。
課されているはずの膨大な課題を完璧に投げ出して、最悪な最終日と歩み始める初日とも言い換えられる。
もちろん、僕も「まだ、夏休みは始まっていない」と胸の中で呟いて、にやりと微笑む。
今日は、夏休み前日ということもあって、午前中授業で高校は終了。浮かれた学生と教師がそそくさと街へ繰り出していく。
といっても、ここは、海沿いにある街。内陸とは、一つの大きな山で綺麗に分裂されていて海沿いの街は、近代的若者文明が劣りつつある。
この街で騒いでいるのは、港に引き上げられる大量の魚たちくらいだろう。
そんな、若者文明と隔絶されたこの街で、夏休みの開始を待つ今どきの高校生なんていない。みんな、電車とバスを使って旅立つのだ。だから、教室には、僕しかいない。
ちなみに、僕は、わざわざ内陸に行くくらいなら、防波堤で釣りでもしていたい系男子だ。
そんなことを考えていると、豪快な音を立てて教室の引き戸が開かれる。
「わりぃ、ソウタ、遅れた!」
僕は、蝉が織りなす心地よい喧騒をかき乱した犯人に視線を向ける。
引き戸の前、大きな手で頭を掻き笑うガタイのいい坊主頭の青年。
こいつの名前は<上崎
村人から怖がられていた巨人が、実は、森を守る優しい奴だった的な。僕と上崎の出会いもそれに近い。
高校一年の時、上崎が、机に脚を引っ掛けて、僕の弁当をぶちまけてしまったのが始まり。その時は、僕を含め誰もが、わざとだと思った。
まだ、馴染めていないクラスメイトの上崎に対する共通認識は、簡単だ<ヤンキー>。
今となっては、上崎をヤンキーみたいと言うと、クラスメイトの全員が腹を抱えて笑うだろう。
でも、その時は、ヤンキーと目を付けられた男子生徒の構図が見事に出来上がった。
さぁ、この出会いの物語も盛り上がりを見せる所だ。なんと、その時、クラスメイトのイケメンが僕を庇って……なんて、ことはない。
僕が、ぶちまけられた弁当を拾おうと屈んだら、上崎が言ったんだ。
「す、すまねぇ! 俺のおにぎりあげっから許してくれ! 掃除も、俺がやっから! 本当にすまねぇ!」
それで、僕の前に差し出されたのは特大おにぎりだ。
つまり、僕が言いたいことは、こいつは、優しいってこと。それから、親友だってこと。
純粋に、ただそれだけだ。
「気にしてないよ」
僕は、あの時と同じように軽く微笑んで答えた。
上崎は、引き戸を丁寧に閉め、僕の前の席の椅子の背もたれを跨ぐ形で腰かける。
「なぁ、夏休み、なんか予定ある?」
「僕は、ないよ。 家でのんびり過ごす」
「お前は、馬鹿か! 夏休みだぞ、夏休み! 外で遊べ!」
「生憎、僕は、上崎みたいにアウトドア派じゃないんだよ」
上崎が、運動の良さとか夏の海の良さとかを熱弁しているが、それを遮るようにして、口を挟む。
「ねぇ、僕を待たせた理由はなに? 僕も、忙しいんだけど」
僕を待たせているのは上崎から送られた一通のメールだ。
――面白い話あるから、教室で待つべし!
上崎は、もったいぶるように口角を上げると、おもむろにリュックからポテトチップを取り出した。
「ふふふ。 この話は、かなり面白いぞ。 まぁ、ポテチでも食べながら話そうじゃないか」
闇商人のような語り口で始まった<面白い話>とやら。
僕は、パーティ開けされたポテトチップスを一枚摘み口に含んでから頬杖をつく。
「で、その、面白い話とは?」
「ソウタって占いとか幽霊は信じる派か?」
「うーん……占いは信じないけど、おみくじは信じる。 幽霊は信じないけど妖怪は信じるよ」
僕の答えを聞いて、上崎の頭にハテナが浮かぶ。
「それって、信じるってことか?」
「違うけど、似たようなものだよ」
僕は、ポテチを一枚口に運んで、話の先を促す。
「信じるってことだな。 そんじゃこれを見てくれ」
上崎が差し出したのは、とあるブログが書かれたスマホの画面だった。
僕は、ポテチを掴んでない手でスマホを送り、書かれている記事を読む。
どうやら、このブログは、オカルトが大好きな会社員のブログらしい。その中の<都市伝説>に分類されるフォルダの八年前の記事だ。
タイトルは「魔女と未完成タイムマシーン」――あまりにも不釣り合いな二つの言葉は、現実味を感じない。だが、僕は、<タイムマシーン>という言葉に目を引かれ先を読み進める。
「魔女と未完成タイムマシーン」―― 海沿いの街には、人目を盗んでタイムマシーンを発明している魔女がいるそうだ。しかし、たった一つの部品が足りなくて、タイムマシーンは完成しないのだという。
そこで、魔女は、ある約束と共に部品の捜索者を募った。
「部品を持ってきてくれた者には、お礼にタイムマシーンを使わせてやろう」
だけど、部品を持ってきてもタイムマシーンは未完成のままなのだという。
だから、未完成タイムマシーンが行けるのは、使ったその日の過去か未来だけ。.
僕は、記事を全て読み終え、スマホを上崎に返す。
「どう? この噂」
「嘘っぽい」
「おいおい、タイムマシーンだぜ? 夢持てよ~」
夢を持つも何も、この噂には夢を持てる要素が全くない。
魔女が、完成させられない未完成のタイムマシーン――こんなもの都市伝説特有の現実味すら帯びていないものに胸を躍らせられるわけがない。
この記事に上げられた<海沿いの街>というのは、僕たちが暮らすこの街を指している。
まず、この時点で、噂に対する指摘が一つ上げられる。
僕は、この街で生まれ、なんだかんだ十七年間も生活を営んでいる。この記事が書き込まれたのは、約八年前。しかし、僕は、こんな噂を聞いたことがない。
当時、小学三年生だった僕たちの話題といえば、ゲームなどが主だった。しかし、同じくらい都市伝説も占めている。
こっくりさんや学校七不思議、河童が出るかもしれない森の中の池、自動販売機で飲み物を無限に買える方法……上げていたらきりがない。
そんな中、この「魔女と未完成タイムマシーン」は、噂にすらならなかった。この記事を書いている会社員は東京在住と自己紹介欄に書いてあり、他県にまで伝わっている都市伝説ならば、地元の僕が知らないのは明らかにおかしい。
一方で上崎は、中学からこの街に引っ越してきたということもあり、噂を知らないのは納得がいく。
でも、一応、聞いてみた。
「上崎は、この噂聞いたことあるのか?」
口の中に流し込んだポテチをバリバリと噛んで、一度に飲み込んでから答える。
「聞いたことないな。 でも、それが、余計に興味をそそるだろ!」
「閲覧数稼ぎとかで書いたでまかせでしょ。 全然、面白くない」
僕は、椅子を傾け、窓の外に視線を送りながら噂のことを考えてみる。だけど、どこを取っても噛み合わないパズルを作っているような気分になり、すぐに考えるのを止めた。
すると、上崎が、机に体を乗り出して言い放つ。
「なぁ、夏休み暇なんだから、この噂について調べてみようぜ!」
僕は、外に送っていた視線をゆっくりと戻し、出来るだけ嫌味に見える表情を浮かべる。
「どうなったら、そうなるんだよ。 それに、僕は、忙しいの」
「いいじゃん! な、頼むよ!」
「嫌だよ」
迫りくる上崎を押しのけて、立ち上がり教室の扉へと足を向ける。引き戸を開けて、教室を出ていく直前、上崎がゆっくりつぶやいた。
「実は、俺が、その魔女なんだよ。 未来が分かるぜ……ソウタ、お前は、必ずこの噂を追いかけることになる」
僕の中での魔女は、長い鼻にしわだらけの肌、それから黒いローブを着ている老婆のイメージだ。
上崎の言葉に、体ごと視線を向けてにやりと微笑み返す。
「魔女は、魔法を使える女性のことを指すんだよ。 ちなみに、男性の場合は、魔法使い。 百歩譲って、上崎が、魔女なら、時間を操る魔法くらい使えるだろ?」
これも「魔女と未完成タイムマシーン」の都市伝説における不可解な設定の一つだ。
時を司る魔法だなんて、いかにも魔女らしい。
僕は、勝ち誇った気分で引き戸を閉め、教室を後にした。
クーラーで整えられた教室とは全く違い、ねっとりと絡みつくような気温が、体を撫でまわす。だが、僕は、夏のこの暑さも陽炎が揺らぐくらいの夏日も嫌いではない。
それから、夜に蛙の声に耳を傾けながら眠るのも嫌いではない。
でも、そんな夏の日の中でも、大嫌いな時がある。
黒い絵具をぶちまけてぐちゃぐちゃに汚して、破り捨てたい……そんな感情が、その時なると僕の胸をノックする。
夏の日の夕暮れ――ヒグラシの声が聞こえ、辺りが茜色に染められるあの時間が、僕は、大嫌いだった。
――未完成タイムマシーン
そんな言葉が、僕の頭の中を過る。もしも、本当に、魔女に部品を持っていき、タイムマシーンを使わせて貰えるのならば、僕は、或る時間へと行きたい。
そうすれば、大嫌いな夏の日の夕暮れが、少しは好きになれるかしれない。
だが、これは、僕の願望だ。叶わぬ夢だ。
丁度、ため息をついたと同時に、僕は、げた箱の扉を開けて、別なため息が出た。
不自然なほど綺麗に整えられたローファーの前に一つの缶が置かれている。深い赤の上に、白のスペルで<Dr Pepper >。そして、ドクぺの缶に「これを飲んだら約束な!」と書かれた付箋が張られている。
「これは、未来を作り出したんだろ?」
僕は、一人でつぶやいて、ドクぺのプルタブを手慣れた手つきで開ける。
炭酸が噴き出す爽快な音が、夏の空へと消えていき、この物語が始まる合図となった
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