2.捨てるもの、捨てないもの。
部屋の片づけをした。
それも、今までの人生で一番大規模なものになったであろう、最大級の部屋の片づけ。もはや捨てるだけ。
四月からの新生活に向けて本当に必要なものだけを残そうと、片づけ中それしか考えていなかった。だが初めて早々、すぐに壁にぶつかった。本当に必要なもの以外はすべて捨てるつもりで挑んだはずが、どうやらたくさんの例外が生まれそうな気がした。
例えば、最初の数巻を兄から譲り受けてそこから最後までそろえたダイヤのA全巻。これは必要ない。使うことはない。正直、読み返すかどうかも怪しい。けれど捨てられなかった。ただ、この漫画についてはまだよかった。きちんと大切なものとして認識できたのだから、捨てる捨てないを悩まなかった。
一番悩んだのは、年賀状。こいつらは手ごわい。めちゃくちゃ強い。本当に必要なものか。いやいや、別に必要はない。では大切なものか。これまたそうでもない。例えば、こいつらが二、三枚ならば別に構わない。どうせなら毎日持ち歩いてやろうというくらいの気前の良さを見せてやってもいい。だがこいつらはそう簡単にいかない。一枚はほんの薄っぺらい紙のくせして何百枚となるとそこらの辞書よりもかさばる。まるでスイミーがいないけれど群がったスイミー。わけがわからない。
そのうえ、一番こいつらが手ごわいのは、捨てるには少し申し訳ないということだ。幼稚園の頃からの幼馴染で、今は少し距離があってなかなか会えない人から毎年贈られてきて既に10枚を超えるもの。数年前に亡くなってしまった小さい頃私を良く可愛がってくれた祖父のお姉さんからの年賀状。亡くなった年以降、途切れてしまっているのがあまりにも切ない。ほんの一部だけでもこれほどの思いがあるものを捨てるというのはなかなか勇気がいる。とてつもなく素敵で迷惑な習慣があるものだと思う。良い国だ。
結局、その思いを捨てきれずに年賀状は残してある。
そのほかにも、例外になるやつが結構出てきた。
本当に必要なものというにはあまりにも実用的ではないし、大切なものと言ってしまえばそうでもないんじゃないか、と思えるようなもの。極力、涙を飲みながら、実際には埃がすごくて泣くどころじゃなかったけれど、心持、涙を飲むような感覚でぽいぽいとゴミ箱へ放り投げた。けれどその中でもやはり、年賀状のような、思いがこもったものはなかなか捨てきれない。大切というにはあまりにもぼやけすぎているのに。煩わしい。非常に煩わしいけれど悪い気持ちもしない。
人生で一番大きな片づけは、なかなか楽しくていい気持のするものだった。
年終わりの大掃除や片づけは、今日の朝までする必要もする意味も理解できなかったけれど、成程、確かに素晴らしい。
本当に必要なものと大切なもの。
その中間にあるほんのちょっとの思いと何か。
四月を迎える前に気づけて良かった。
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