第2話

 椎日と俺が出会ったのは、これはのちに分かったことであるがお互いに高校の二年の時だった。俺は同じ年の中では少し大人な方へ背伸びをして、さらに空へ手を伸ばした心持であったからその時の椎日は年上にしか思えなかった。学生特有とくゆうのあのおおそろいをお互いに身に着けていなかったのもそうだがそれ以上に椎日が大人びているように思えたのは俺のように焦って背伸びをするような子供ではないように見えたからだ。今思えば俺は大人になりたいと手を伸ばしながらも其れをしない事こそが大人なのだと何処かで悟っていたのかもしれないが、そういった矛盾が混ざり合っていたのが当時の俺であったのだ。清水寺で出会った、つまり普通の学生が出会うような場所ではないことは確かだが、そういった一種の世間からのから始まった俺と椎日はまさにその後もの中から抜け出すことはかなわなかった。だが当時俺はそのが格好良く思え、また大人に見えるくらいには餓鬼であった。


 椎日は京都府内の名門高校に通っていた。国から特別な資金を受けて動く学校で、所謂いわゆる一種の官僚育成学校とでもいうべきか。国内の富裕層であり、また政治に関わりのある子供が将来を担うために通うのだ。それに比べて俺はいたって平凡であり、国の運命なんぞ知るかといった連中が遊ぶために学校に通っているような高校であった。ただ、驚いたのは椎日の学校とは電車で30分ほどの距離にあったのだ。同じ年齢の、地元も同じ人間であった俺と椎日はしかし、絶対的に境遇きょうぐうが違った。それは住む世界が違うということであり、直結して、見てきたものが違うと言うことでもあった。当時の俺は漠然と、椎日は俺たちのような馬鹿とは違うのだと思っていた。ただ椎日は自分と比べてはるかにおとるであろう俺の頭も、また物の見方や経験してきたこと、つまり俺の生き方を含めて、一度も馬鹿にしたことはなかった。またそういった、自分を上に見ているもの特有とくゆうのあの嫌味な雰囲気ふんいきを出すこともなかった。かえって椎日はまれに俺の何ら特色のない、所謂いわゆる普通である部分に対して憧れのようなものをにおわせた。だがそれも口に出すことはなかった。椎日のそういった大人、ともとれる偏見のない態度に対して俺は依然いぜんとして子供であった。経験があるかもしれないが、自分で並みだと自覚しているものは椎日のような立場、つまり将来、国を担うという大役を定められた者に対して多少の哀れみを持ってしまう。その哀れみの大部分はその特別に対する憧れや妬みが占めているのだが、俺たちはそれを哀れだと同情意を表すことで自分を守っていた。俺とてそれを口に出すことはしなかったが腹の中では少なからず椎日に対してそういった一種の偏見へんけんのようなものを持っていたのだからさとい椎日に気づかれないことはなかっただろう。俺はその点、椎日と関わるにおいて取り除くことは出来なかったのだから。


 椎日は其の頃からあまり言葉にすることが上手くなかった。それに合わせて今と違い、小説という自己表現の道具もなかったのだから自分を表に出すことが極端に少なかった。だが俺も、椎日に対してえて彼の中身をえぐり出して白中堂々俺の前に並びたて、椎日という人間を暴くつもりなどなかった。そういった俺の心持、椎日に対しての無遠慮な目を持たないことが、椎日が俺を受け入れた主な要因だと考えている。



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