第4話

 コーヒーメーカーにシンプルな白いマグカップをセットして、いつものようにブラックのボタンを押す。ふいに視界に脇のミルクの粉が移り込む。僕はブラックしか飲まない。だからもちろんこれは彼女のためのものだった。初めて僕の家に彼女が泊まりに来た次の日の朝、眠たい目をしておはよう、と告げた僕に彼女は信じられない、という顔をして突然ミルクの粉を買ってきて、と近くのコンビニまで朝から僕を走らせた。それから、彼女しか使わないミルクの粉は、必ず僕が買うことになった。不思議と、嫌じゃなかった。


 出来上がったことを知らせるライトの点滅をぼーっと見詰めて、マグカップを手に取る。立ったまま、コーヒーメーカーの前で一口啜れば、冷えた体内に温かい液体が芯を持つ様に流れ込んでくる。ほっと一息つくと、僕は彼女と選んだ木の温かさの感じられる木製の椅子に座った。そっと椅子とセットになっている机にマグカップを置いて、向かいの空席になっている椅子を見るとまた彼女の顔が頭に浮かんだ。

 僕の家に泊まった朝は、コーヒーを入れて、この暖かい机に向かい合って座るのが習慣だった。彼女はいつも僕の目の前で熱くなったマグカップを小さな両手で包み込んで微笑む。そうしてミルクで甘くしたコーヒーを啜るとマグカップを机にそっと置いて脇に置いてあるナプキンを一枚手に取った。


「何をするんだい」と初めてその行動を見たときに僕は馬鹿みたいに問いかけた。どうしてもそのナプキンに触れる指の動きが、僕が普段使うそれではなかったから。ふふ、と彼女は笑って、見てて。というように僕の目を見て楽しそうにナプキンを広げた。


 それから、僕は夢中になって彼女の指の動きを見た。初めは、広げたナプキンを綺麗に半分に折り曲げる。そうして折ったかと思えばまた広げる。今度は先ほどの折り目へ向けて細い指がナプキンを折る。そうしてまた広げる。そんなことを繰り返しているうちに、まだ何も形が変わっていないナプキンは折り目だらけになってしまう。そして彼女はそこから、もう説明のできないくらいの速さで折り始めた。ああ、さっきの折り目はここで使うのか、なんていう発見と感心も一枚の変哲もないナプキンが立体的に形を織りなして行くうちに訳が分からなくなった。

 出来上がったのは、一体のくまだった。最後に彼女は短く切った爪先で目か、なにかそこら辺のものを作って僕の方へとそのくまを立たせて見せた。

 じっとくまと向かい合った僕は、今にもその掌に乗る程の小さなくまに嚙みつかれる気がして、なかなか手を伸ばして触れることが出来なかった。やっとそのくまを掌に収めて、噛みつかれないことが分かってからは感心の連続だった。くまの指先など本物もろくに見たことはないけれど実際の物であるかのように精巧でナプキンで作った紙の、所謂、折り紙とは思えなかった。確かにただのナプキンから作り上げられたそのくまは彼女の手によって命が吹き込まれていた。

 僕は暫くコーヒーを飲むのもわすれて彼女の顔と掌の上のくまを交互に見ては息をついていて、彼女もまた、僕のその反応に嬉しそうな顔をして微笑んでいた。彼女はこの折り紙、というにはあまりにも素晴らしい芸当を父親から教わったと言った。手先が器用なのは昔からで、それは明らかに父親の遺伝だと。


思い出したかのように、僕は一人分のコーヒーを机に置いたまま席を立った。たしかリビングの小さな本棚の上に、あの時そのくまを飾った気がした。


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