第32話
目が覚めると、携帯がチカチカとメッセージの受信を知らせるランプを点滅させていた。
【大丈夫?】
それは、過去でも今でも優しい友人からの、メッセージだった。
「奏多……」
言葉がうまく見つからず、書いては消して……また書いては消して……結局私は短い文章を奏多に送った。
【少し、相談させてほしいことがあるの。今日って空いてるかな?】
【……今日は陽菜と約束があるからまずい。明日はどう?この間の公園で】
「明日、か……」
すぐに来た返信を見て、一人呟いた。
本当はいますぐにでも話を聞いてほしい。どうすればいいか一緒に考えてほしい。
――でも、彼には彼の今がある。
それを、私が壊してはいけない。
【ありがとう。それじゃあ明日、公園で】
メッセージを送信すると、携帯のディスプレイをオフにした。
机の上には新の日記帳があるはずだ。
けれど――いくら奏多には強がってみせても……もう一度先程の出来事を文字で受け止めるほど、私は強くなんかなかった……。
結局、土曜日は何もする気になれずダラダラと一日を過ごした。
日記帳を開けることもなかった……。
そして……。
「旭!」
「深雪……ごめんね、休みの日に」
「何言ってんの!呼ばれなかった方が怒るわよ」
「ありがとう……」
日曜日。
奏多と待ち合わせた公園に、深雪と一緒に向かっていた。
「あ、もう奏多来てる……。お待たせ」
「いや、時間通り……って、深雪も来たんだ」
「当たり前でしょ!なんであんたが呼ばれて私が呼ばれてないと思ったの」
「そういう訳じゃないけど……」
軽口を叩き合う深雪と奏多の姿を見ると……ホッとする。
そして――新が死んだなんて悪い夢で、今にも「何やってんの……」なんて言いながら笑って現れるような気がする……。
そんなこと――ある訳ないのだけれど。
「ごめんね、奏多。休みの日に……。今日は陽菜との約束、なかったの?」
「うん、今日は大丈夫。こっちこそ昨日はごめんね。さすがに……」
「ううん、陽菜との約束を優先してほしいし、それが当たり前だよ」
申し訳なさそうに言う奏多を慌てて止めると、私は深雪の方を向いた。
「ねえ、深雪……深雪が知ってる過去で、私と新はいつ別れたの……?」
「別れたのは中学3年の3月。でも……」
「でも?」
「確か一回……何日か別れてた気がする。いつだったか分からないけど……新に聞いたら別れたって言われて……でも、すぐに元通りになってたから……」
「それっていつのことか分かる!?」
深雪の言葉に思わず大きな声を出すと、深雪はちょっと落ち着きなさい――と言って少し考え込むように黙った。そして……。
「うーーん……ごめん、覚えてないわ。ただ、いつも一緒にいるあんたたちがバラバラにいたのが印象的で、覚えてただけだから……」
「そっか……。ありがとね」
記憶が変わらない私たちの中にはない、変わったあとの新しい過去の記憶。
「奏多がメッセージをくれたのは……日記が変わってたから、だよね?」
「正確には、書き換えられてた――だけどね。病気のことで二人が揉めたって書いてたから気になって」
「……どうしたら、新は病気のことを私に打ち明けてくれるんだろ……」
私が呟くと……二人とも、難しい顔をして黙り込んでしまう。
「多分……厳しいんじゃないかな」
「奏多……?」
言葉を選ぶように、奏多は言う。
「あの頃のあいつは……自分のせいで周りの人間が泣くことを凄く嫌がってた。親に辛い思いをさせていること、これからもさせること……」
「新……」
「だから……あいつの口からは、旭にきっと言えないよ。辛い思いをさせる人を、増やしたくないから……」
新のことを思い出しているのか……奏多は苦しそうに顔を歪めた。
奏多の気持ちは分かる。分かる――けれど!
「それでも!私は、知らなきゃいけない!知って、新と一緒に進んでいかなきゃいけないの!」
「旭……」
「辛い思いをしたって……いい。それよりも、新を失う事の方がいやだよ……」
「旭……。――旭は、強いね」
そう言った奏多の口調が、あの日の奏多と重なった。
だから――私は否定する。
「強くなんかないよ」
「え……?」
「強くなんか、ない。ホントは怖い。新を失うことも、新が病気で苦しむところを見るのも全部全部怖い」
今だって、怖くて怖くて日記帳を開くことが出来ないぐらいの弱虫だ。
過去の新の、あるべき未来を消しそうになってしまったことが……震えるほど怖い。
「じゃあ……」
「でも、今の私は知ってるから。一番辛くて苦しい新の死を知ってるから……だから、新と喧嘩するぐらいなんだってないんだよ。だって……喧嘩して新が私を嫌いになったって、私も新も死なないでしょ?」
「君は……」
「あんた……」
私の言葉に、二人は困ったような顔をしていた。
「え、なんで?変なこと言った?」
「まいったな……。深雪、なんとかしろよ」
「こんなの……新にしか、どうにもできなわよ」
「だね……。さっさと責任取らさなきゃ」
「な、なんなの?二人とも?」
顔を見合わせて呆れたようにクスクスと笑う二人に……私はどうしていいか分からず声をかけるけれど、二人はこっちの話、なんて言って教えてくれない。
(そんなに変なこと言った覚えはないんだけど……)
「まあ、いいや。旭の気持ちはよく分かったし。……それで、だ」
「え?」
「俺に、一つ提案があるんだ」
「提案……?」
「多分、あいつなら……きっと上手くいくと思うんだ」
少しだけ切なそうな顔をしながら……奏多は、そう言った。
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