第31話
―― ガチャ ――
「…………」
「奏多?早かったなー。ごめんな、いつもいつも」
部屋に入ると、新は勉強机に向かって何かを一生懸命書いていた。
扉を開けた音が聞こえたのだろう。
私を奏多だと信じ、何の疑いもなく話しかけてくる。
「……奏多?」
「……新」
「あ、さひ……」
声をかけた私に……驚いた様子で、新は振り返った。
「なんで……」
「……これ、田畑先生のプリント」
「……奏多のやつ」
「…………」
「……ごめんね」
「え……?」
何と言っていいか分からなかった私に……新は、笑いながら言った。
「昨日、ビックリさせちゃったよね。……病院行ったけど、何でもないって!疲れてたのかな?俺もビックリしたよ!」
「新……」
「さっきまで、病院でさ!今帰ってきたとこなんだ!入れ違いにならなくてよかったよ……」
「新!」
「な、なんだよ……」
早口で何かを誤魔化すように話し続ける新の声を遮ると……新はぶっきらぼうに返事をする。
「本当に、なんでもなかったの?」
「だから、そう言って……」
ごめん、新……。
私、もう騙されてあげられないよ。
「……本当のこと、話してほしい」
「え……?」
「私、たち……付き合ってるんだよね……?彼女、なんだよね?だったら……」
「…………」
新は何も言わない。
何も言わずに、足元をじっと見つめていた。
「新のこと……もっと、ちゃんと……」
「彼女だったら……」
「え……?」
「彼女だったら、全部話さなくちゃいけないの」
「あら、た……?」
新の声は……今まで聞いたことのないような――冷たい声、だった。
ダメだ――そう思った。
私の方を向いた新の顔は……あの時と同じ、覚悟を決めた顔をしていた。
「何もかも話さなくちゃいけないの?どんなに嫌なことでも?それを俺が望んでなくても?」
「あら……」
「――なら、いらない」
「え……?」
「そんな彼女、俺はいらない」
「まっ……」
新に触れようとした私の手を払いのけると……哀しそうな顔で、新は言った。
「ごめんね……やっぱり俺は、旭を傷付ける事しか出来ないみたい」
「新……?」
「大事にするって言ったけど……無理だったよ」
「待って!」
そう言う私の腕を引っ張ると、新は私の身体をドアの向こうへと押し出す。
そして……。
「ごめんね、旭。……大好きだったよ」
そう言うと……新は、扉を閉めた。
あの後……扉の前で新を呼び続けている私を不審に思ったのか、新のお母さんが心配そうに二階に上がってきた。
大丈夫なの?というお母さんに謝ると……私は、新の家を逃げ出した。
「新の……バカ!!」
家に帰る気分になれなかった私は、新の家の近くの公園のベンチに座り込む。
「何が……何がいらないよ!人が……どんな気持ちでいるかなんて知らないくせに!!」
悲しかった。
拒絶されて辛かった。
でも、でも……それ以上に……。
「腹が立つ!新に!腹が立つ!!」
「……それだけ怒れているなら、大丈夫かな」
「って、奏多……?」
「大丈夫……?」
いつの間にか私の後ろに立っていた奏多は、心配そうな顔で私を見ていた。
どうして奏多が……そう思うことすら愚問だった。
だって、私がここにいることが分かる人なんて――。
「……新に言われて来たの?」
「まあ……そんなとこ」
「…………」
「バカだよなぁ、あいつ」
「ホントにね!」
「どうするの……?」
奏多は、心配そうに私を見つめる。
でも、私の気持ちは決まっていた。
「腹立つから……諦めないよ!新にどんなに拒絶されても、私は……新と過ごすこの先を、諦めたくないの!」
「旭……」
「私は、どれだけ私が傷ついたっていい。でも、また何もできないまま電話を待つだけなんて嫌なの!」
それじゃあ、何の意味もない。
何のためにここにいるのか分からない。
せっかく、変えられるチャンスを手に入れたのに、何にもしないまま諦めるなんて、絶対に嫌だ!
「旭は……強いな」
「え……?」
「なんでもない。……あいつ言い出したら聞かないよ?」
「知ってる」
「じゃあ……」
「でも、私に新が必要なように……新にだって、絶対私が必要なはずだから!」
◆◆◆
「旭のこと、家まで送ってきたよ」
「やっぱり公園にいた……?」
「ん。……よく分かってんじゃん」
「そりゃ……彼女だからね」
新がベッドを背もたれにして座り込んでいる。
旭を送った後、奏多が新の家に向かうと……項垂れた新の姿があった。
「旭……泣いてた?」
「……怒ってた」
「ははっ……なんだそれ」
笑う新は……辛そうな表情をしていた。
「本当に、よかったのか?旭なら……お前の身体のことも……」
「――受け入れてくれるだろうな」
「じゃあ……!」
「でも、きっと俺の知らないところで泣くんだ。俺のせいで傷つけるんだ。そんな想い、させたくない……」
「――勝手だな」
「知ってる」
新の隣に座ると、奏多は言った。
「いいじゃん、傷つけたって。どっちみちフッたら傷つくんだし」
「それとは、比べ物にならないだろ……!死ぬんだぞ、俺は……!」
「それでも……傷ついてでも旭は、お前の傍にいたいって願うかもしれないだろ……」
そう言う奏多の声は……新に負けないぐらい、苦しそうで……。
そんな奏多を見て、新は口を開いた。
「……なあ、奏多」
「なんだよ」
「お前、さ……旭のこと、好きだろ……?」
「…………ああ」
奏多が小さく呟くと、やっぱり……と新は言った。
「じゃあ……」
「でも」
「え?」
「お前の代わり、なんてしてやらないからな」
「奏多……」
「分かってんだろ?旭が好きなのは、お前だよ。……言わせんな、こんなこと」
「っ……ごめん」
奏多は立ち上がると、新の頭を小突いた。
そして……。
「さっさと、腹括れ。旭は……きっと、諦めてなんかくれないぞ」
そう言うと、奏多は新の部屋を出て行った。
奏多のいなくなった部屋からは、新が小さく呟く声が聞こえた。
「……知ってる」
その声を聞いた奏多は……安心したような表情を浮かべると、一人階段を下りて行った。
◆◆◆
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