第28話
◆◆◆
「朝だ」
今日も目が覚めて携帯電話を確認する。
― 4月29日 月曜日 ―
「あ……そっか、今日って」
日付の下に小さく表示された英文を見て気付く。
「私の……15歳の誕生日だ」
18歳の私の誕生日はとっくに過ぎたけれど、こちらの世界では今日が私の15歳の誕生日だった。
「誕生日おめでとう、15歳の私」
3年前の誕生日はどう過ごしていたっけ……そんなことを考えながら私は、学校へ行くための準備を始めた。
「おはよう!」
「おはよう」
今日も新との待ち合わせ場所に着くと、すでに新が来て待っていた。
「いつも早いね」
「…………」
この前と同じように「今来たとこだよ」なんて言い返されると思っていたけれど、新は何故か少し恥ずかしそうに俯いてしまう。
「――旭に会えるって思ったら、我慢できなくて早く来ちゃった」
「っ……!そう、なんだ……」
「変、かな?」
「ううん、その……ありがとう」
「何のお礼だよ」
そう言って新が笑うから、私もつられて一緒に笑った。
「それじゃあ、行こうか?」
「う……」
「あーさひ!」
「ひゃっ!!」
歩き出そうとした私の腕に何かが絡まり……思わず声を上げてしまう。
「おはよ!」
「み、深雪!?」
「そう!旭、誕生日おめでとう!」
「え、あ!ありがとう!」
そう言うと深雪は小さな紙袋を手渡してくれる。
「お邪魔かなーって思ったんだけど、学校じゃ先生に何か言われても嫌だし……」
「邪魔なんかじゃないよ!とっても嬉しい!」
「そう?ならよかった」
そう言ってホッとしたような表情で深雪は微笑む。
「え、旭って……」
そんな私たちに慌てた様子の新が声をかけようとする――けれど、それもまた誰かの声によって遮られた。
「あーっさひ!ハッピーバースデー!」
「奏多!?」
「はい、これプレゼント」
そう言って奏多は手に持ったコンビニの袋を手渡してくれた。中には見覚えのあるお菓子がいくつも入っている。
「何がいいか分からないから、好きそうなの適当に買ってきちゃった」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
「……深雪はともかく」
「ん?」
奏多に言葉を遮られた新が、青い顔をして口を開く。
「なんで奏多まで旭の誕生日知ってんの……?」
「なんでって……一般常識?」
「どんな一般常識よ」
「新まさか……」
新の言葉に、深雪と奏多が怪訝そうな顔を向ける。
そして私は思い出した。2度目の過去の世界で、新と誕生日について話をした記憶がないことを。
「旭、その……俺、知らなくて……ホントごめん!!」
「え、ちょっと新!?」
頭を下げて謝る新に戸惑いながら、助けを求めるように深雪や奏多の方を見るけれど……二人ともしまった……とでもいうような顔をして目を逸らす。
「何も用意とかしてないし、そもそも奏多が知ってんのに俺が知らないとか彼氏失格だし……その、何て言っていいか分からないけど、やっぱりゴメン!!」
「謝らないで……?その、私だって新の誕生日知らないし!」
今の私は、新の誕生日をまだ知らない。だから、気にしないでほしい――そう伝えるけれど、新は申し訳なさそうな顔のまま私を見つめている。
「旭……」
「私たちまだいっぱいお互いのことで知らないことあるけど……これから知っていけばいいんだよ!」
「そう、かな……」
「だからホント、気にしないで……?」
「……うん」
それでもやっぱりしょんぼりとした顔をする新に、深雪が言った。
「バカね、そんなに気になるんだったら放課後二人でプレゼント買いに行ってくればいいじゃないの。それでどこかでケーキでも食べて――」
「深雪、ストップ」
「何よ」
「新が、「今必死で考えてるのに全部お前が言ったら台無しだろ!!」って顔してる」
「……あら、ホント」
「みーゆーきいいいい!!」
口をパクパクさせながら怒る新にを「はいはい」なんて言いながら深雪は軽くかわしている。
当時は知らなかったけれど――3人は本当に仲が良かったんだなぁなんて改めて思う。……深雪に言ったら、全力で否定されそうだけど。
「――まあそういうことだから、放課後にでも二人っきりで祝ってもらいなさいよ」
「うーん、私は気にしてないんだけど……」
「俺が気にするから!だから……お祝いさせて?」
「分かった!ありがとう、新」
「まだ何にもしてないけどね」
そう言うとまだ表情は暗かったけれど、少しだけ新は笑った。
――放課後、隣町のショッピングモールへと新と二人でやってきた。
「何か欲しいものとかあれば……あーっと、違う!ダメだなー、その授業中とか旭に何がいいかなってずっと考えてたんだけどどれもなんか違うくて……」
「ふふ……」
「なに笑ってんの……?」
新を見ながら自然と笑ってしまっていた私に、新が拗ねたような顔をする。そんな仕草すら可愛くて、もう一度笑ってしまいそうになるのを必死でこらえる。
「新がそうやって私のこと思っていろいろ考えてくれてるのが嬉しいなって」
「旭……」
「どんなプレゼントより、そうやって私のことを想ってくれるのが一番嬉しいよ」
「……とかいって、何も買わせない気じゃない?ダメだよ!絶対旭の気に入るもの買うんだからね」
「はーい」
そう言って笑いながら私たちは、いくつものお店をあれでもないこれでもないと見て回った。
(この時間が私にとってどれだけ幸福で、どれだけ大切で、どれだけ愛しいか……新は知らないんだろうな……)
隣で笑う新を見るたびに私の心臓は、嬉しさと少しの切なさでキュッと痛んだ。
「これに決めた!」
何件目かのお店で新が差し出したのは、小さな飾りのついたブレスレットだった。
「可愛い!これって……葉っぱ?」
「うん……葉っぱをモチーフにした飾りみたいなんだけど……」
「新……?」
言葉を濁しながら、照れくさそうに新は言う。
「その……俺の名前の新って、新緑から来てるんだ。自然の芽吹き……みたいな。だから、その……会えてない時でも、これがあれば俺が傍にいるよって……ああ!ごめん!言ってて恥ずかしくなってきた!やっぱ他のにしよ!ね!?」
「やだ」
「え……」
慌てて私の手からブレスレットを取ろうとする新の手から逃げると、私はそれをギュッと握りしめた。
「これが、いい」
「旭……」
「ダメ……?」
「……ダメ、じゃない」
困ったように私を見たあとで、新は……泣きそうな顔をしながら笑った。
ショッピングモールの中の小さなカフェで、私たちは休憩をすることにした。
「ちょっと疲れたね」
「そうかな?新と一緒だから全然そんなことないよ!」
「そんなこと言ったって何にも出ないんだからね!」
そう言った新は、いたずらっ子のような顔で私を見ていた。
――そして。
「旭、お誕生日おめでとう!」
新がそう言うと、カフェの電気が消えた。
「えっ……ええっ!?」
店内に聞き覚えのある音楽が流れたかと思うと、ろうそくの乗ったショートケーキが二つ私たちの席へと運ばれてくる。
「おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます……?」
「ほら!旭!」
ワクワクした目で私を見つめると、新がろうそくの火を消すように私を促した。
「う、うん……フーーー!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます!!」
「ありがとう……」
店内から拍手が聞こえてきて……どうしていいか分からず苦笑いをしてしまった。
「……あれ?こ、こういうの嫌いだった……?」
店員さんが去ったのを確認した後で、新が小さな声で聴いた。
「え?ううん、ちょっとビックリしちゃって!」
「さっき店員さんにロウソクもらえますか?って言ったらお誕生日ですか?って聞かれて……お店で誕生日ケーキを頼んでくれた人へのサービスなんですって言うからつい……」
申し訳なさそうな顔をする新に、慌てて私は微笑む。
「こういうのって初めてだったから驚いちゃっただけだよ。でも……ありがとう!」
「旭……。喜んでくれたならよかった!」
そう言って笑う新を見て、なんだか胸の中が温かくなる。
「食べよっか!」
フォークを握りしめて言う新を見て、私はもう一度微笑んだ。
― ブーーーー ―
カフェでケーキを食べている途中、何度目かの振動の音が聞こえた。
「……出なくて、いいの?」
「え?」
「電話、さっきから鳴ってるんじゃないの……?」
「ああ……うん、まだ……いいんだ」
そう言うと、新は無理やり話題を変える。
「次の休みはどこに行こうか?この間みたいに映画もいいよね。5月が来たらピクニックとかもいいなー」
「……そう、だね」
(何か、隠してる……?」
いつもとは違う態度の新に、不安がよぎる。
けど……。
(日記帳には、何も書いてなかったし……考えすぎ?)
眠る前に読んだ日記帳の内容を思い出すけれど、特に心配になるようなことは書いてなかった。
むしろ……。
(あれ……こうやって二人で過ごしてることも……書いてなかったんじゃあ……)
どういうことなんだろう……今日のこれは、予定されていなかった出来事……?
もしかして……。
「新……違ってたらゴメンね……?今日、もしかして何か予定あった……?」
「え……な、何で?」
「あったんだね……」
(それもきっと、私には言えない内容……)
「だからさっきから電話かかってきてたんじゃないの……?」
「…………」
「新……?」
「――バレちゃった」
バツの悪そうな顔で新は言う。
「さっきからかかってきてるの、母親なんだ」
「おかあ、さん……?」
「そ。――買い物に、ね……付き合う約束をしてたんだけど、すっぽかしちゃった」
そう言って新は笑った。
「だってさー母親との約束と旭の誕生日だよ!?どう考えても誕生日だよね!」
「新……」
「まあ、母さんには謝っとくからさ……そんな顔、しないでよ」
「絶対だよ……?」
「ん……。じゃあ、ちょっと電話してくるね。このままだとまたかかってきそうだし」
新は携帯電話を私に見せると、席を立った。
「分かった。お母さんにちゃんと謝っておいてね……?」
「はーい」
そう言って電話が出来る場所を探そうと新はカフェの外に出る。
出る、はずだった。
カフェから出ようとした新の姿が、突然、私の視界から消えた。
― ガタン ―
何かが倒れたような、そんな音と引き換えに。
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