第27話


 ――昼休み。ざわつく教室で私たちはご飯を食べていた。


「だから、今日の帰り……」

「分かった!じゃあ、帰りにね」


 私の言葉に、新がニッコリと笑って頷く。

 その後ろで、不服そうな声が聞こえる。


「帰りにね!――だって」

「いいじゃないの」

「いいけどー。新が俺のこと構ってくれないからつまんなーい」

「つまんなーいってあんた……」


 呆れたような深雪の向こうには、頬杖をついた奏多の姿があった。


「か、奏多も一緒に行く?」

「え、いいの!?」

「ダメ!」


 嬉しそうな奏多の声を遮ったのは、新だった。


「旭は俺とデートなの。奏多は今度ね」

「ちぇー」

「私は、いいよ……?」

「俺が!嫌なの!」

「はい……」


 少し頬を赤くしながら言い切る新の姿に、私は何も言い返せなくなる。


「それとも……旭は奏多も一緒の方が、いいの?」

「そんなことないよ!私も……新と二人が、いいです……」

「じゃ、決まりね」

「うん!」


 嬉しそうな新の姿を見ると、なんだか私まで嬉しくなってくる。

 微笑む新に微笑み返すと、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「ねえ!?俺今すっごい傷ついたんだけど!?」

「自分から馬に蹴られに行くからよ。バカね」

「可哀そうだけど……今のはしょうがないよね」

「ひでー!」


 笑う深雪につられて私たちも笑う。そんな私たちを見て奏多も陽菜もみんな笑った。



◇◇◇



 朝起きて日記帳を確認する。

 けれども、特に中身に変化はなかった。


「本当はこれじゃダメなんだろうけど……でも、新が楽しそうだから嬉しい!」


 そう思いながら日記帳を閉じる。

 そして、夜になると再び日記帳を開いた。



◆―◆―◆


 4月26日


 今日も旭と放課後デート!

 俺……プリクラなんて初めて撮った!

 女子ってすっげーのな!

 今度奏多にも撮らせたい!目キラッキラになってビックリするだろうなー!


◆―◆―◆



◆◆◆



「うええええ!?なにこれ!?」

「ほら、ここ!新カメラここだよ!」

「ど、どこ!?画面見たらダメなの!?」



 ― パシャッ ―



「うわ!俺変なところ見てる!!目デカッ!旭めっちゃ可愛い!!」

「あはは、もう一回撮る?」

「撮る撮る!初めて撮ったけどプリクラ面白いね!」


 放課後のゲームセンターで、新と二人プリクラの中。

 キャーキャーとはしゃぎながら二人で何回も写真を撮った。


「次が最後の一枚だよ」

「…………」

「新……?」



 ― ポーズを決めてね 3…2… ―



「ほら、もうす……」



 ― 1……パシャッ ―



「なっ……なっ……!!」

「誰にも見せちゃダメだよ?」

「み、見せらんないよ……」


 頬に触れた感触が忘れられず……思わず手で押さえる私を見て、いたずらっ子のような顔をして笑う新だったけれど、耳まで真っ赤になっている事に気付いてしまった。

 そして、その後の落書きコーナーでプリクラが大きく映し出されると……真っ赤な顔をした新が慌てて印刷ボタンを押していたのを見て、私は笑ってしまった。

 そんな私に新も、恥ずかしそうな顔をして笑った。



◇◇◇



◆―◆―◆


 4月27日


 今日は午後から旭と映画に行った!

 動物ものなんて寝ちゃわないかなって心配だったけど、気が付けば旭より俺の方が泣いていた。

 ポチがご主人様と会えてよかった…!


 終わってからは二人でカフェに行ってお喋りして解散!

 明日も遊ぶ約束したしどこに行こうかな!


◆―◆―◆



◆◆◆



「あ、新……大丈夫?」

「だいじょ……ぶ。ごべんね……」

「新……」


 大粒の涙を流す新に、用意してあったハンカチを渡すと必死で涙を拭っていた。


「感動ものとか別にだったのに、なんでだろ……」

「でも、すっごくいい映画だったよね!最後なんてとくに!」

「だよね!ポチがご主人様と出会えてホントよかった!」


 そう言って、新はキラキラした目で笑う。


「あっ、と……今からどうしよっか?その、まだ一緒にいたいんだけど、さ」

「え、あ……じゃあ、そこのカフェとかどうかな……?この間、深雪と行ったんだけど雰囲気がよくって」

「そしたら、そこ行こうか!」

「うん!」


 歩き始めると、新はポツリと呟いた。


「ゴメンね……その、何か俺ぜんっぜん余裕なくって」

「え……?」

「もっとこうスマートに行きたいんだけど……ほら――奏多、みたいに。でも、旭の前だといっぱいいっぱいになっちゃって……」

「新……」

「ダメだなー俺って!」


(そんな顔して、笑わないで……)


 切なげに笑う新が愛しくて……その手をギュッと握りしめると、私は言った。


「私は、新がいいよ。スマートじゃなくたって、いっぱいいっぱいだったっていい!新だから一緒にいたいよ。新が好きなんだよ」

「旭……」

「――なんて!私も、一緒。いっぱいいっぱいだね」

「旭……!」


 もう一度、新の手をギュッと握りしめると私は笑った。


「いっぱいいっぱい同士……ゆっくり進んでいけばいいんだよ」

「そう、かな」

「そうだよ!まだまだ始まったばかりなんだしね」

「そっか……」


 安心したように笑う新に、私も小さく微笑んだ。



 ◇◇◇



 ◆―◆―◆


 4月29日


 朝起きて、今日も旭に会える!って思うのが嬉しい。

 旭に会って、「おはよう」って声かけてもらうのが嬉しい。

 一緒に帰って、「また明日」って言いあうのが嬉しい。

 夜眠る前に、朝になったらまた旭に会えるって思えるのが嬉しい。


 些細なことが、全部全部嬉しい。


 ◆―◆―◆



「ふふ、新ったら……」


 この数日、毎日過去の世界で新と一緒に楽しい日々を過ごしていた。

 喧嘩をすることもなく、すれ違う事も悲しくなることもなく、ただ幸せで、優しい日々を過ごしていた。


――だから、忘れたふりをしていた。


 この過去の続く先に、幸せなど待っていないんだという事実を。


 今この世界に、

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