第26話


 目が覚めて準備をして家を出る。

 いつもと同じ行動を、今日もまた繰り返す。

 でも、いつもと違うのは……。


「いた……」


 新と私の家の中間地点の神社の階段の下で、手持無沙汰な様子の新が立っていた。

 待ち合わせ時間の10分前、少し早めに着いた私よりもさらに早く来ていたようで……。


(なんか……照れくさいな、こういうの)


 携帯を開けてみたり、セットした髪の毛を引っ張ってみたり、キョロキョロとあたりを見回してみたり……。


(あ……)


「……おはよ」

「おはよう」


 こっそり見ていた私に気付くと、新は小さく手を振った。


「早いね」

「……今来たところだよ」


(嘘ばっかり)


 ふふ、なんて笑った私を不思議そうな顔で新は見ていた。


「行こうか?」

「うん」


 ほんの少し距離を開けて、私たちは歩き始める。

 手を伸ばせば届きそうで届かない。


(あと、ほんの少しなんだけどな……)


 そんな私に新は気付くこともなく、嬉しそうにこちらを向いて話し始める。


「昨日あの後、何してた?」


「何のテレビが好き?」


「兄弟とかっている?え、俺?俺は兄ちゃんが一人いるよ」


 手を繋ぐことはできなかったけれど、他愛のない会話をしながら二人で歩く――この瞬間がたまらなく愛しい。


「あの後は、深雪に電話で報告してた!」


「音楽番組とかよく見てるよ」


「私は妹が一人。え、お姉ちゃんっぽい?新は弟っぽいよね」


 離れていた距離を一気に縮めようとするかのように、互いのことをどんどん話していく。

 家族のこと、好きなテレビ番組、あの先生が好き、実は辛い物が苦手……

 そんな風にお互いのことを言い合っていく中で、ふとした瞬間に新が真面目な顔になった。


「――旭は……その、なんで俺のこと好きになったの?」

「え……?」

「いや、えっと……ゴメン、なんでもない!忘れて!」


 赤くなった顔を学ランの袖で隠すと、新は慌てて誤魔化した。


「ちょっと気になっただけで、全然気にしないでくれて大丈夫だから!」

「――優しいところも好きだし」

「え……?」

「ちょっと照れやなところとか、頑張り屋なところとか…。自分のことを放っておいても周りのことを気にしちゃうところとか」


 言い足りない。

 こんな言葉じゃ言い切れないぐらい好きなところはたくさんあるのに。


(もっと、もっと伝えたい。私がどれだけ新を好きなのか……)


 けれど、目の前で顔を真っ赤にして固まってしまった新を見ると……可笑しくなってそれ以上続けられなくなってしまった。

 だから、最後に一つだけ。


「そんな新が抱えてるたくさんの荷物を……私も一緒に持って隣を歩いて行きたいって、そう思ったんだ」

「……旭?それって……」

「つまり……大好きってことだよ!」

「っ……!!……ストップ!もう、その辺で……」


 真っ赤になった顔を隠すようにしゃがみ込んでしまった新の顔を覗き込むようにして、同じようにしゃがみ込むと……。


「……旭って意外と意地悪だよね」

「そう、かな……?」

「そうだよ」

「ご、ごめん」


 慌てて謝る私に、顔を上げると新は言った。


「でも、そんなところも好きだよ」

「っ……!!!」

「仕返し……なんちゃって」


 もう!と声を上げる私に、イタズラがばれた子どものような顔をして新は笑った。

 ひとしきり笑った後で立ち上がると、新は私に手を差し出した。


「はい、どうぞ」


 そう言った新の手を握りしめ立ち上がった私は、


「――ありがとう」


 と言ったあと私は……その手を離せずにいた。

 そんな私に新は、繋いだ手をギュッと握りしめると小さな声で言った。


「……このまま繋いでいてもいい、かな?」

「も、もちろん!」

「よかった!」


 ホッとした顔でニコッと笑うと、もう一度その手をギュッと握りしめると新は歩き始める。

 手を繋ぐと歩調が揃って、一緒に歩いてるんだって感じが凄くする。

 それがなんだか、嬉しくてくすぐったい。


「どうしたの?」

「え……?」

「や、笑ってたから」

「んっと……嬉しいなって思って」

「――俺も!嬉しいよ」


 そう言ってまた微笑み合った私たちの後ろから、誰かの声が聞こえた。


「あれ、どうにかならないの?」

「付き合い始めた翌日でしょ。そりゃ無理よ」

「学校行ってもあの調子なのかな……。ね、俺あれ蹴ってもいいと思う?」

「旭はダメよ?蹴るなら新にしてね」

「おっけい☆」


 聞き覚えのある声に思わず振り返ると……新の背中に飛びかかろうとしている奏多と目があった。


「おは……よう?」

「――バレちゃった」

「あら、残念」


 奏多の後ろから深雪が顔を出す。


「深雪もおはよう」

「おはよ。朝っぱらからいちゃついてるの、みんなに見られてるわよ」

「いちゃついてなんか……!」


 慌てて否定しようとする新を、深雪と奏多がニヤリと笑った。そして……。


「「嬉しいなって思って……!」」

「「俺も嬉しいよ……!」」


「お前ら!」

「二人とも!」


 私たちの前をして声色を真似る深雪と奏多に新と二人して抗議をすると、その姿を見て深雪たちがまたニヤニヤしているのが見える。


「あはは、いいじゃない。付き合ってるんでしょ?じゃあ、ギスギスしてるより全然いいわ」

「そう言う思うんなら茶化すな!」

「それはそれ」

「これはこれ」

「なんだよそれー!」


 深雪と奏多が笑う。

 そんな二人を見て……私たちもつられて笑った。



 平和で、楽しくて、幸せで。

 そんな過去のひと時を、何の疑いもなく、私は過ごしている。

 ――そんな過去のひと時が、この先もずっと続くことを願って。


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