第25話


 初デート、といっても放課後じゃあいけるところも限られていて。


「ホントにここでよかった?」

「うん、クレープ美味しいよ!」


 以前来たクレープ屋さんでクレープを買って、ベンチで並んで食べていた。


「せめて映画とか……そうじゃなくてもこうもうちょっと……」

「うーん、でも制服で映画館とかゲーセンとか行くとすぐ学校に連絡いっちゃうし……一回家に帰ると時間ないしね」

「そうなんだよなー!ホントごめん!」


 頭を抱える新に、思わずクスリと笑ってしまう。


「――何?」

「新、可愛い」

「っ……!」


 顔を上げた新は真っ赤な顔をして私の方を見た。

 そして――。


「可愛いのは旭なの!」


 キュッと私の鼻をつまむと――恥ずかしそうに言った。




「そろそろ帰らなきゃだね……」

「――そうだね」


 手の中のクレープはとっくに空っぽで、だんだんと辺りは暗くなってきていた。


「帰りたくないなー」


 思わず出てしまった言葉に、慌てて口を手で押さえるけれど――隣には真っ赤になった新の姿があった。


「ち、違うからね!?そういう意味じゃなくて……!その……」

「うん、わかってる――」

「え……?」


 夕日に照らされながら、どこか寂しそうな顔をした新がそこにはいた。


「この時間が幸せすぎて……俺も、帰りたくない」


 どこにも行けないのはお互いわかっている。けれど――この時間がそう長く続かないことも、私たちは知っている……。

 だからこそ――握りしめたこの手を、離しがたいのだと思う……。


「でも、帰らなきゃ……ね」

「うん……」


 繋いだ手を、もう一度ギュッと握りしめると――私たちは、どちらともなく立ち上がり……帰り道を歩き始めた。



 ◇◇◇



 目を覚ました私は新の日記帳を読み終えると――パタン、という音を立てて日記帳を閉じる。


「やっと、ここまで来たんだ」


 過去の私たちが、ようやく両思いになれた。


「――ここから、だね」


 このままだときっと、過去の焼き直しになってしまう。

 だから、私は新の内側に入って行かなければいけない。


「きっと、チャンスはあるはず」


 私が気付かなかっただけで、病院にだって行っていたはずだ。

 薬だって飲んでいたはず。

 学校だって……。


「そういえば……私と付き合いだしてからは新が学校を休んだのって、一回だけだった気がする……」


 いつのことだったかは忘れてしまったけど、2、3日風邪を引いたと言って休んでいた時があった。

 あの時は気付かなかったけど……。


「……どうして、あの時変だって思えなかったんだろう」


 気付けていたら、あの時、何かが変わったかもしれないのに。


「今度は、気付くんだ」


 前回と同じ失敗は決してしない。

 そう心に誓うと私は、が向かうべき学校へと向かうための準備を始めた。




「――という感じだよ、っと」


 報告メッセージを奏多へと送る。

 返信はすぐに来た。


【日記見たから知ってる。よかった。ここからだね】


「あ、そっか。奏多の日記……」


 奏多の目から見た私たちはいったいどんな風に映っていたんだろう……そんなことを考えていると、再び携帯が震えた。


「奏多?」


【あと、過去の俺には気を付けて。あまり近寄らないで】


「どういう……意味?」


 送られてきた内容を理解出来ず、ただ一言。


【どういうこと?】


 それだけ返すと、先生が教室へと入ってきたので携帯をポケットにしまった。




「既読スルー……」


 読んだことを示すマークはついていたけれど、奏多からの返事はなかった。


「何が言いたいのか分かんないよ」

「なーに、ブツブツ言ってんの?」

「深雪!」


 携帯に話しかける私に、呆れたように声をかける。


「陽菜ちゃんとやりあったって聞いたけど大丈夫だった?」

「陽菜から連絡あったの?」

「奏多からよ。旭のフォローしといてって」

「奏多から……」


 向かいの席に座ると、深雪は苦笑いを浮かべる。


「勘違いされちゃったんだって?」

「うん……。私が悪いんだけどね」


 返事のない携帯を再びポケットに入れると、私は深雪の方を見た。


「まあ、陽菜ちゃんは事情知らないしね……。それに奏多に言ったの私だし、ゴメンね」

「ううん、深雪にも奏多にも助けてもらってて感謝しかないよ。ただ……」

「ただ?」


 先程の文面を思い出す。


「奏多から【過去の俺には気を付けて】ってメッセージが来たんだよね」

「何それ?」

「分かんない。どういう意味?って聞いても返事くれなくて」

「んー……まあ、気を付けてって本人が言うんだから……何かあるんじゃないかしら。一応気に留めておいたら?」

「そう、だね……」


 モヤモヤは晴れなかったけれど、とりあえず気にしないでおくことにした。


「それより……あっちはうまくいったの?」

「新のこと……?うん、大丈夫。ありがとう」

「私は何もしてないわよ」


 そう言って深雪は笑う。


「私の記憶の中のあんたたちは、あの日までいつだって仲良く笑ってたんだから。だから……あんたの悲しい顔なんて、忘れさせてくれるならその方がいいわ」

「深雪……」

「だから、そんな顔しないの」

「うん……ありがとう」


 零れそうになった涙を必死に拭うと、私は目の前にいる優しい親友に微笑んだ。



 ◇◇◇



「よし、続きを読むぞ……」


 眠る準備をして、私は机に向かう。

 まるで日課のようになった新の日記帳を今日も私は開く。

 ――こうやって新も日記帳に向かっていたのかな、なんて想像しながら。



 ◆―◆―◆


 4月25日


 今日から旭と一緒に登校することにした。

 と、いっても校区が違うからほとんど一緒の時間はないんだけど……。

 でも、一緒に行くと朝の授業が始まるまで一緒にいられる。

 一緒に帰るから放課後も一緒にいられる。

 ……それが嬉しい。


 奏多はそんなにずっと一緒にいたらすぐに飽きるぞ、なんていうけど……。

 少しでも長い時間、旭と一緒にいたい。

 少しでもたくさんの時間を旭と共有したい。

 少しでも……。


 ◆―◆―◆



「新……」


 少しでもたくさんの時間を一緒にいたら……前よりもっと新に近付くことが出来るのかな……。


「そうだと、いいな……」


 日記帳を閉じると、いつものようにベッドに入る。


「あれ……」


 目覚ましを確認するために携帯のディスプレイをオンにした私は、一通のメッセージに気付いた。


「奏多……?」


 そこには、一言だけ。


【過去の俺を信用しないで】


 そう書かれていた。


「だからどういう意味なのよ……」


 気になったけれど、連絡するにはもう遅い時間で……。


「また明日送ればいいや」


 そう思い、私はアプリを閉じた。


「おやすみなさい」


 そして一人呟くと、過去への扉を開くために――私は眠りについた。



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