第24話



 ◆―◆―◆


 4月24日


 旭に告白した。

 生まれて初めての、告白。

 旭の気持ちは聞いていたけれど、それでも緊張した。

 こんな想いを……あの時の旭もしていたのかと思うと、悪いことしたなって思う


 もう二度と傷付けない、なんて言えないけれど……。

 その日が来るまで、旭を大切に大切にするから。

 ずっと、俺の傍にいてください。


 ◆―◆―◆



 ◆◆◆



 目覚めると、私はまた過去の世界へと戻ってきていた。

 いつものように、携帯を見る。


[ 4月24日 水曜日 ]


「学校に、行かなくちゃだね」


 私は準備をして家を出る。

 いつもより少し早い時間。

 なのになぜか、新がいる気がした。


「おはよう」

「……おはよう」


 教室に入ると、やっぱりそこには新がいた。


「今日、早いね」


 新の方へと近付くと、私は普段通りを装って声をかける。


「ん……旭はいつもこの時間?」

「いつもよりちょっと、早いかな?」

「そっか……」


 いつもとは違う雰囲気に、上手く会話を繋げることができない。

 目の前の新も、緊張しているのが分かる。


「…………」

「…………」


 何も言えずにいると、教室のドアが開く音がした。


「おはよー!二人とも早いね!」

「あ、うん……」

「……おはよ」


 入ってきたクラスメイトに挨拶をすると、さっきまでの空気が壊れるのを感じた。

 ――仕方なく私は自分の席へと向かおうと、新に背中を向ける。


「っ……!!」

「え……?」


 次の瞬間、私の手は新に掴まれていた。


「あら……た?」

「……行くよ!」


 そう言うと新は……私の手を掴んだまま、教室を飛び出した。

 教室から駆けだした私たちは、階段を上り屋上の扉を開く。


「あははははは!!」

「あ、新?」

「不思議だ!旭とだったらなんだって出来そうな気がする!」


 肩で息をしながら、新が笑う。

 走っても大丈夫なの?――その一言を言うことが出来ない立場がもどかしい。

 代わりに私は、息が整わない新の背中をそっと撫でる。


「ごめ、大丈夫」


 その手から逃げるように大きく伸びをすると、新は私の方を見た。


「旭」

「……はい」

「この間は泣かせちゃってごめん」

「ううん……」


 さっきまでの笑顔とは違って、緊張した面持ちの新が一呼吸置くと……私の手を握りしめた。


「この間、言えなかった言葉を言わせてほしい。……俺は、旭が好きです。――旭の笑顔を見ていると、どんなことだって乗り越えれる気がする。旭と一緒なら、世界が輝くんだ」

「新……」

「これから先、泣かせることもあるかもしれない。傷付けることも喧嘩することもあるかもしれない。それでも……俺は、今も今までもこれからも……ずっとずっと旭のことが大好きです」

「っ……」


 言葉にならない。

 私の瞳からは涙が溢れ出て……何か喋ろうとすると嗚咽となってしまう。


「……また泣かせちゃった」

「うっ……ううっ……」

「大事にするから、旭……俺の彼女になってくれますか?」

「ひっ……くっ……あらっ……」


 声にならない声を出しながら新の顔を見ると――涙でぐちゃぐちゃの私を見て、小さく笑った。


「……返事は?」

「私も……新が大好き!!」


 そう言った私の身体を、新はギュッと抱きしめた。

 そして、耳元で小さな声で囁いた。



「大切に、するよ」



 新からの二度目の告白は


 とても優しくて


 とてもあたたかくて


 胸が締め付けられそうに、苦しくて、悲しくて


 涙が出るほど嬉しいものでした




「ひっく……うう……」

「旭……そろそろ泣き止まないと……」

「う、うん……」


 新の胸元を涙でびしょびしょにした後――ポケットに入っていた皺くちゃのハンカチを新がそっと差し出してくれた。


「これ――その、ちゃんと洗ってあるから……」

「ありがとう……」


 渡されたハンカチからは、ふんわりと懐かしい匂いがした。


「あ……」

「え?」


(新の、匂いだ――)


 あの頃の記憶を、唐突に――でも鮮明に思い出す。

 抱き締められたとき、二人並んで座ったとき、新と――キスをしたとき……。

 どの瞬間も、この匂いに包まれていた。


「っ……ひぅ……あら、た……」

「あ、旭!?大丈夫!?」


 止まりそうだった涙が、再び次から次へと溢れてくる。


(ああ、そうか……)


 過去の思い出と、2度目の過去が今――繋がったのだ。


「だい、じょうぶ……」

「本当に……?」

「うん――。新、私……新のこと大好きだからね」

「旭……?」


 私の言葉に新は一瞬困った顔をしたけれど――俺もだよ、と微笑みながら頷いた。




 屋上から二人で教室に戻ると……何故か私と新のことがクラス中に知れ渡っていた。


「なっ、えっ……えええっ!?」

「手、繋いで二人で教室から出て行ったんでしょ?そんで二人してあの雰囲気で帰ってきたらそりゃバレるわよ」

「おめでと!旭、よかったね!!」

「……ありがとう、陽菜」


 新の方を見ると、同じように奏多や他の友人に囲まれているのが見えた。


(あ……)


 目があった。

 ……奏多と。


「( よ か っ た ね )」


 声には出さず、そう言っているのが見えた。


「( あ り が と う )」


 同じように声に出さずにした返事に気付いたのか、奏多はニコッと笑うとまた新の方を向いた。




 ――放課後、ちょっと落ち着かない気分でそわそわしていると……恥ずかしそうな顔をした新が私の席にやってきた。


「旭……その……」

「な、なに?」

「……一緒に、帰ろ?」

「……うん」


 教室にいるみんなが私たちを見てニヤニヤしている気がする。

 誰も何も言わないけれど、なんとなく……教室の雰囲気がそんな感じだ。


「ホント見てらんないわ……」

「いーなー!放課後デート!私も……」

「誘ってみたら?」

「無理!!」


 特にこの二人は……。


「ねえ、おもしろがってない!?」

「失礼な!ねえ、深雪ちゃん!」

「そうよ、私たちがどれだけ心配してたか……」

「それを旭ったら酷い……」

「え、あ……ご、ごめん……」


 思わず言ってしまった私に、二人は悲しそうな顔をする。


(そうだよね……気にかけてくれてたんだよね……)


「まあ」

「おもしろがってるけどね」

「……もう!!」


 声を合わせて言う深雪と陽菜に怒ってみせると、もう一度二人は笑った。


「まあまあ、そう怒らないで」

「そうよー、ほら新が寂しそうな顔をしてそこで待ってるよ」

「あ、新!ごめん!」


 慌てて振り返ると、困ったような顔をした新がそこにはいた。


「や、大丈夫。……でも二人とも、あんまり旭をからかわないでね」

「はーい」

「はーい」

「――それじゃあ、行こっか」


 そう言って私の手を取ると、新は教室を出て行った。


「あ、新……?」

「…………」

「新さーん……?」

「あああ!緊張したあああ!!」

「へ?」


 校門を出てしばらく歩くと、繋いでいた手を放して突然新はしゃがみ込んだ。


「どうし……」

「俺、変じゃなかった?何か朝からふわふわしてドキドキしすぎてもう訳わかんなくって……」

「…………」

「さっきも旭が困った顔してたから、俺がなんか言わなくっちゃって思って……。でも、よく考えたらあんなの友達同士のじゃれ合いだよね?俺、余計な口出ししちゃった!?」

「……ぷっ」

「へ?」


「あははははははは」


 焦った表情の新を見て、思わず私は……吹き出してしまう。


「な、なんで笑ってんの!?」

「あ、新が……可愛くて……」


 笑いが止まらない私に、不服そうな表情を向ける。


「可愛いって……!俺は真剣に……!」

「大丈夫だよ」

「え……」

「新のそういうところも、大好きだよ」


「なっ……!!」


 思いがけない私の告白に顔を赤く染める新。


(それに……)


「もし二人が変に思ってたとしても、多分奏多がフォローしてくれてるよ」

「……そっかな」

「うん!だって新、奏多に愛されてるもん」


 そう言う私に新は……心底迷惑そうに笑った。


「それじゃあ、行こうか?」


 さっきと同じ言葉を、新は繰り返す。


「どこに?」

「どこって……」


 思わず聞き返した私に


「わざと……?」


 小さな声で何か呟いた後、もう一度私の手を握り新は言った。


「初デート!」

「っ……うん!」


 顔を見合わせて笑いあうと、私たちは手を繋いだまま歩き始めた。



 ここから、私たちふたりの新しい物語が始まる。


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