第23話


――あの後、何度も何度も謝る陽菜にもう気にしなくていいよと伝えると、私たちは他愛もない話で盛り上がった。

 学校のこと、陽菜の部活のこと、奏多とのこと。

 どれも楽しくて、あっという間に時間が過ぎていく。


「もうこんな時間!」


 時計を見た陽菜は慌てた様子で言った。


「今日は本当にごめんなさい!それに遅くまで引き留めちゃって……」

「いいって。気にしないで。久しぶりに陽菜とこうやって話ができて、私も嬉しかったよ」

「旭……」


 そう言って笑う私に、陽菜はありがとうと呟いた。

 また遊ぶ約束をして陽菜と別れると、外は少し薄暗くなっていた。


「んん……久しぶりにこんなに話をしたかも」


 誰とも話をしていない訳ではないし、私にだって他愛もない話をする友人ぐらいいる。

 学校で深雪とバカなことを言って笑いあうことだってある。

 けれど――あの日記帳を貰ってから、の深雪と話をするときは、どうしても日記帳の話を中心に、過去の話をしてしまいがちで……。

 だから、日記帳とは関係のない長時間のお喋りは――なんだか久しぶりに感じた。


「陽菜、元気そうだったなー」


 新のこととは関係のない、現在の話が中心となった陽菜との会話は、どこか気が楽で。

 どこか――寂しかった。

 新がいないことが、当たり前の世界の話だったから……。




「ただいまー」


 家に着くと、リビングにいる家族に声をかけると私は自分の部屋へと向かう。


「晩ごはんはー?」

「済ませてきた」

「もう!もっと早く言ってよね!」


 階段の下から母の怒ったような声が聞こえる。

 けれど、私は少しでも早くへと戻りたかった。

 新のいる、過去の世界へ――。



◆―◆―◆


 4月23日



 病院に来た。

 少しずつ良くなっていると先生は俺に言った。

 頑張ったね、と。


 けど……先生と母さんが話していた内容は違った。

 先生は母さんに言った。


「一年です。きっと、その頃には決断しなければいけないと思います」


 そう、言った。


 そのあと看護師さんに声をかけられたから続きは聞くことが出来なかった。

 もしかしたら俺は一年後、旭に残酷なことを告げなければいけないかもしれない

 それでも、傍にいたいっていう気持ちは俺のわがままなのかな

 それでも、今この時を旭と過ごしたいっていう俺のわがままを

 旭は許してくれるかな



◆―◆―◆


「一年……」


 そのタイムリミットの日を、きっと私は痛いほどよく知っている。

 ほぼ一年後、中三の三月に私は――新にフラれたのだから。


「過去の新も、知ってて私と付き合ったのかな……」


 新と過ごしたあの日々の裏で、そんなことを覚悟していただなんて思いたくはないけれど……。


「私がもし知っていたら、新と過ごす時間をもっと大切にできたのかな……」


 いくら思っても、過ぎたは変えられない。

 なら……。


「変えられるで大切にすればいい」


 そう呟くと私は、今日もへと旅立った。



◆◆◆



 の世界で目覚めて携帯の時計を見ると、もうすぐお昼の時間だった。


「休みだからって、寝過ぎだよ……」


 うーん、と欠伸をすると私は携帯を片手にベッドから降りた。


「今日は新は病院、だよね。学校も休みだしどうしよう……」


 そう思った瞬間、携帯が震えた。



メール:堂浦 奏多  1件



「奏多……?」


 思いもよらなかった名前に、ドキッとする。


「何の、用だろう」


【今日って暇かな?少し時間ある?】


「……今日、か」


 奏多からの連絡はいつだって突然だ。


【おはよう、今日大丈夫だよ。どこに行けばいい?】


 送信ボタンを押して携帯を閉じる。

 とりあえず服でも着替えよう、そう思って携帯を机に置こうとすると再び携帯が震えた。


【学校の近くの公園に二時に待ち合わせで大丈夫かな】


 奏多からの連絡に分かったと返事を返すと、今度こそ携帯を机に置いて準備を始めた。




「待たせてゴメン!」

「大丈夫、俺も今来たところだから」


 そう言うと奏多は、登っていた滑り台の上から滑り降りてきた。


「ふふふ……」

「どうしたの?」

「奏多、その滑り台好きだね」

「…………」


 私の言葉に、奏多は眉間にしわを寄せる。


「どうかし……」

「何こいつ、って思ったら笑い飛ばしてくれていい。どうしても気になっていることがあるんだ」

「え……」


 真剣な表情の奏多に、私はドキッとする。

 私はその顔を、知っている。

 つい最近、その顔を見た気がする。

 あれは……。


「……君は、今の俺らの時代の君じゃない。――違う?」

「かな、た……?」

「旭、君は――


 奏多の言葉に……私は、何と返答するのが正解なのか。

 誤魔化すのがいいのか、本当のことを言うのがいいのか……。

 ぐるぐるぐるぐると思考が回って答えが出ない。


「…………」

「そうだとすれば辻褄が合うんだ。新のリュックのことにしても、どうしてあんなに必死になっていたのか。出会ったばかりの新の家までどうしてわざわざノートを届けに行ったのか。どうして俺が……あの滑り台を好きだって思ったのか」

「…………」

「何も言わない、か」


 後ろに見える滑り台を一瞬、目を細めながら見ると――奏多は再び私を見た。


「じゃあ、質問を変える。――今の君が、新の日記帳を持っているという事は……



「っ……!」



「正解、だね……」


 私の動揺を見逃すような奏多ではなく……。

 全てを悟ったとばかりに、小さく首を振った。


「やっぱり、そうなんだね……。それで旭、君がを変えるためにここにいる。そうなんだね」


 ――隠せない。

 隠し通せない。

 そう思った私は……小さく、頷いた。


「…………」


 何と言っていいのか分からず黙っている私を、奏多が無言で見つめる。


「…………」


 沈黙を破ったのは、奏多の小さな溜息だった。


「はあ……。あのさ、別に俺は咎めるつもりはないよ」

「え……?」

「俺……たちだって、人のこと言える立場じゃないから」


 苦々しく奏多は言う。


「どういう……」

「――でも、賛成もしない。旭、君が何をしようとも俺は関わらない。ただ……」

「ただ……?」


 奏多は私の方へと一歩踏み出すと、言った。


「新にだけは、気付かれないようにしてほしい」

「え……」

「俺たちは……死が変えられないことを、知っているんだ……。未来の旭がここにいることを知ったら、新は――」

「奏多……?」

「何でもない。……約束してくれる?絶対に、新には……」


 真剣な表情奏多は言う。


「――分かった。絶対に、気付かれないようにするよ」

「約束だよ」

「うん、約束」

「……信じるよ」


 私の言葉に、奏多は表情を崩す。


「けど、さっき言った通り俺は旭が過去を変えようとすることに関わらない。いい意味でも悪い意味でも」

「うん」

「……だから」


 緊張した表情でいる私に優しく微笑みかけると、奏多は言った。


「今まで通りだ」

「奏多……」

「まあ、新が無茶しないように見守る人間が増えて俺も助かるしね」

「……新、愛されてるね」

「幼馴染ですから」


 そう言うと奏多は、小さく笑った。

 そして、私の顔を真剣な表情で見つめる。


「旭、君もだよ」

「え……?」

「君にも俺は、傷ついてほしくない。旭だって大切な友達なんだ。だから……あまり無茶しないようにね」

「うん……。ありがとう」


 奏多の優しさが痛いほど伝わってきて、胸が苦しくなった。




「つか、れた……」


 現実では陽菜と、過去の世界では奏多と。なんだか真剣な話が続いてちょっとグッタリしてしまう。


「否定、するべきだったのかな……」


 奏多との話を思い出しながら、一人呟く。


「でも、あんなに真剣な顔した人に嘘つくなんて……」


 しかも、相手は奏多だ。

 日記のことも、過去へと戻れることも知っている。


「はぁ……。でも、奏多と約束したんだから……新には、絶対隠し通さないと」


 奏多の話だと、新もあの日記帳の秘密は知っているはずだ。


「あれ……?じゃあ、なんで……」


 何で新はあの日記帳に、日記を書いたんだろう。

 どうして私に、あの日記帳を渡したんだろう。

 ――考えても考えても、答えは出なかった。



 ◆―◆―◆


 4月23日


 病院に来た。

 少しずつ良くなっていると先生は俺に言った。

 頑張ったね、と。


 けど……先生と母さんが話していた内容は違った。

 先生は母さんに言った。


「一年です。きっと、その頃には決断しなければいけないと思います」


 そう、言った。

 そのあと看護師さんに声をかけられたから続きは聞くことが出来なかった。


 もしかしたら俺は一年後、旭に残酷なことを告げなければいけないかもしれない

 それでも、傍にいたいっていう気持ちは俺のわがままなのかな

 それでも、今この時を旭と過ごしたいっていう俺のわがままを

 旭は許してくれるかな



 ねえ、旭。

 いつか君がこの日記帳を見て

 俺がどんなに君を好きだったか

 君が知る時が来るんだろうか


 もしあの時の俺たちと同じことが起こるとしたなら……。

 君がこの日記帳の秘密を知ったとき――君を苦しめてしまうかもしれない。

 変えることが出来ない過去に辛い思いをするかもしれない。


 けど、俺がどれだけ幸せで

 どれだけ旭のことが好きだったかが

 君に伝わるといいな



 俺は、明日

 旭に好きだって伝えます



 ◆―◆―◆



 ◆◆◆



 朝起きて日記帳を見ると、日記の内容が増えていた。

 それは、まるで私の疑問に対する答えのようで。

 ――そんなことが出来る人を、私は一人しか知らなかった。


(協力なんてしないって言ってたのに……)


 新に何か言ってくれたのだろうか……。


「ありがとう……」


 優しい過去の友人に、私は届かない感謝の言葉を呟いた。



「――それじゃあ」



 私は続けて日記帳のページをめくる。


「ここから、私たちは始まるんだ」


 夢の続きを見よう。

 そして、君に会いに行こう。



 もう夢の中でしか会えない――愛しい、愛しい君に。


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