動き始める今と過去
第22話
「よーし、それじゃあこれで解散!」
先生の声にハッとする。
いつの間にか先生の長い――もとい、ありがたいお話は終わっていたようでクラスごとに解散となっていた。
立ち上がって砂を払っていると……少し離れたところにいる新と、目があった。
「…………」
新は恥ずかしそうに私から顔を背けると、隣にいる奏多に何かを言われて真っ赤になっていた。
「――新!」
私の声に驚いたようにビクッとなり……観念したように、再びこちらを向いた。
(うーん、まだやっぱりあのままかぁ)
あの後、そっとキャンプファイヤーに戻った私たちだったけれど、新は……戻る最中も、戻ってからも、そして帰りのバスの中でさえも終始無言だった。
私と目が合うたびに、目を逸らす。
何か言いかけてはやめる。
ただ……私にバレないように、何度も何度も新が私の方を見ていたことを、私は知っていた。
だからだろうか。行きのバスと同じく無言のはずなのに、あの重い空気はそこにはなく……ただただ優しくてむず痒いような照れくさい沈黙が、私たちの間には漂っていた。
とはいえ……このままの状態でバイバイしてしまうのは避けたいわけで……。
「……何」
どうすればいいか迷ったような表情の後、覚悟を決めたような顔をして私の方へと歩いてきた新に明るく声をかけた。
「キャンプ楽しかったね!」
「そう、だね」
ぶっきらぼうに言う新だけれど……耳まで赤くなっている姿がたまらなく愛おしい。
愛しいけれど……。
「ねえ、新」
「ん……?」
「そんな態度じゃ、あんまり待てないかもしれないよ?」
「えっ!?」
「……なんて、ウソだよ!」
慌てて声を上げる新は悪戯っぽく笑う私の顔を見ると、安心したのか小さく息を吐いた。
焦った顔を見せた後は……もういつも通りの新だった。
「また、明後日学校でね!」
「うん……また、学校で!」
そう言うと、私たちは笑いながら手を振りあった。
◆◆◆
「ん……朝だ」
夢から目を覚ますと、私は過去から今へと戻ってくる。
――目が覚めるたびに、新はもういないのだと涙することもあった。
でも、今日は……。
(新が、前へ進もうとしてる……)
少しずつ、でも確かに変わり始めた過去に安堵する。
自分自身のことについて、諦めることが当たり前になっていた新が諦めない道を選んでくれた。
(嬉しい……諦めないっていう選択が、新の中に生まれたことが嬉しい)
「そうだ!」
日記帳も、きっとあの悲しい内容ではなくなっているはずだ。
私はこの3日間を思い出しながら、日記帳を開いた。
◆―◆―◆
4月20~22日
何を書いていいのか、正直分からない。
自分がしたことが……恥ずかしすぎて、文字になんてできない。
帰りのバスの中なんて、恥ずかしくて旭と一言も喋れなかった……。
そんなカッコ悪い俺だけど……一つだけ。
俺は、旭が好きだ。
旭が好きな気持ちを、俺は絶対に諦めない。
正直……旭と一緒にリュックが落ちていくのを見たときああ、やっぱりって思ってしまった。
やっぱり俺がキャンプに参加するなんて無理だったんだ……って。
先生に事情を話して親に迎えに来てもらおうか、なんて考えていたら旭が……リュックを取りに行こうとしていた。
俺が諦めた俺自身のことを、何にも知らないはずの旭が諦めないって言ってくれた。
リュックを旭の代わりに取りに行ってくれた奏多も、帰りのバスの中で最後まで一緒に参加できてよかったって嬉しかったって言ってくれた。
俺が諦めればそれでいいんだと思ってたけど、実はそうじゃないのかも知れない。
それを気付かせてくれた旭と……同じ時間を一緒に過ごしたい。
明日の代休を利用して病院に行ってこようと思う。
これからの、俺の話を聞きたい。
そうしたら、俺……。
◆―◆―◆
「新……」
新の気持ちが新の書いた文字を通じて流れ込んでくるようで。
私は知らず知らずのうちに、涙が溢れていた。
「おか、しいな……なんで、泣いてるんだろ……」
「それでも、あいつは死ぬんだ」
「こんなに、諦めたくないって思ってくれるようになったのに……!」
奏多の言葉を消し去るように私は涙を拭うと、再び日記帳に手をかけた。
「今日は休みだし……続きを……」
― ブーッブブ ―
ページを捲ろうとした私の手を止めたのは、スマホにメッセージが届いた音だった。
「誰だろ?」
そこに表示されていたのは、懐かしい名前だった。
―― 辻谷 陽菜 1件 ――
「陽、菜……?」
今の陽菜とは新の――で、一瞬会ったのが最後だった。
「どうしたんだろ?」
メッセージを開くと、そこには想像もしなかった言葉が並んでいた。
【人の彼氏とこそこそ会ってるなんて最低だよ!!】
「彼氏って……奏多のこと、だよね……?なんで……?」
何度読んでも理解できなかった私は……とりあえず、メッセージを送ってみることにした。
【陽菜久しぶり!意味が分からないんだけどういうこと?】
【しらばっくれても無駄だよ!証拠だってあるんだから!!】
―― ブーーーーーーッ ――
メッセージを見ていると、着信を知らせるバイブ音がなった。
―― 着信:堂浦 奏多 ――
「奏多……?」
突然の電話に驚きながらも、私は……通話ボタンを押した。
「も、もしもし……」
『…………』
呼びかけてみたが、応答はない。
――ううん。声は聞こえるんだけど、それは私に向けてのものじゃなくて……。
『――何やってんの!?』
『だって奏多君が!!』
『陽菜の勘違いだって言っただろ?』
『でも……!』
「ど、どうすればいいんだろう……」
電話の向こうでは、どうやら奏多と陽菜が喧嘩をしているようだった。
(これ……聞いてちゃまずい内容だよね……)
ヒートアップしていく声にどうしていいか分からず、私はとりあえず通話を終了しようとディスプレイに指を押し当てる。
――より、早く電話の向こうから私を呼ぶ声が聞こえた。
『ごめんね、旭』
「って、あ……奏多?」
『そう。陽菜が勝手に電話してたみたいで』
『――だって!!』
『ごめん、あとでちゃんと話しとくから!じゃあ、また』
『またって何!?ちゃんと……』
陽菜の怒ったような声が途中で途切れると、通話が切れた。
「だ、大丈夫かな……」
私と新のことで奏多と連絡を取り合っていたことで……まさか陽菜と奏多が喧嘩するなんて……。
(そんなの、嫌だよ……)
誤解を解く、と言ってくれた奏多を信じていない訳じゃないけれど……。
【陽菜、誤解させたみたいでゴメンね。奏多には相談に乗ってもらってただけで陽菜が心配するようなことは何もないんだ。陽菜と奏多が付き合ってるってこの間まで知らなくて――軽率な行動しちゃってごめんなさい】
何度も読み返して、おかしなところがないか確認する。
「そうだよね、付き合ってる彼が他の子と会ってる、なんて彼女からしたらいい気分じゃないよね……」
知らなかったとはいえ、私が陽菜を傷付けたことに違いはない。
「これで……分かってくれるといいんだけど……」
スマホを机の上に置くと、新の日記帳が開いたままになっているのが目に入った。
今日は休みだからこのまま続きを、なんて思っていたけれど……。
「自分のせいで陽菜たちが喧嘩してるのに……ダメ、だよね」
二人のことを考えると、そんな気にもならず……私は日記帳をそっと閉じた。
少し遅い朝ごはん兼お昼ご飯を食べて部屋に戻ると、メッセージが届いていた。
「陽菜だ……」
【さっきはゴメン。……今日って会えないかな?】
「今日……」
【大丈夫だよ。どこで会う?】
そう送ると私は、外出の準備をするために部屋を出た。
「ちゃんと会うのは久しぶりだね」
「うん、そうだね……」
駅前の少し賑やかなカフェで待ち合わせた私たちは、とりあえず店内に入ると注文をした。
向かいの席に座った陽菜の顔を見ると……目が赤く腫れているのが分かった。
(泣いてたんだ……)
「…………」
「…………」
会話が始まらず、私たちの間には気まずい時間が流れる。
(どうしよう……。何か、他愛もない話題……話題…)
「そ、そうだ。陽菜一人だったんだね」
「え?」
「朝の電話で奏多と一緒だったから二人で来るのかなって思ってた」
「……一人じゃダメだった?奏多君も一緒の方がよかったって事?」
――その瞬間、空気が変わるのを感じた。
(失敗した……!)
「そ、そういう意味じゃなくて!ただ、二人が一緒にいたから……」
「一緒にいちゃ悪い!?付き合ってるんだもん!休みの日だって一緒にいるよ!」
「悪いなんて言ってないよ……。……ごめん」
「何で謝るの!?謝るようなこと、したの!?」
「してないよ!」
声を荒げる陽菜に、思わず私も言い返してしまう。
そんな私に、陽菜は……泣きそうな顔をしていた。
「奏多君が……最近なんか変で」
「え……?」
「思い詰めた様子で……私の話もちゃんと聞いてくれてなかったり、私との約束ドタキャンして帰っちゃったり……」
「…………」
「そんなことない、絶対違うって思ったんだけど……つい、スマホ見ちゃったの」
(そっか、それで……)
「そしたら、旭と連絡取ってた。しかも私との約束をドタキャンした日に二人で会ってた。私に黙って。私に内緒で。私……」
次から次へと溢れてくる涙を見て……こんなにも、こんなにも不安にさせていたのだと、胸が苦しくなる。
「陽菜……」
「奏多君の口から理由は聞いた。でも――」
「でも……?」
「信用してない訳じゃないの。でも、信じさせてほしいの。奏多君のこと、旭のこと……信じさせてほしいから」
テーブルに置いた手をギュッと握りしめると、陽菜は真剣な目で私に言った。
「だから旭からも今回のこと、聞かせてくれないかな」
どこまで奏多が話しているのか、私には分からないけれど……。
(言える範囲で、伝えよう)
それが、陽菜を傷付けたことへの精一杯の誠意だと思うから。
「新が死んじゃったのは……陽菜もお葬式に来てたから知ってるよね」
「うん……」
「その後……私、後悔ばっかりしちゃってて……。何であの時、別れることを受け入れちゃったんだろうって」
「…………」
「泣いて泣いて泣いて……深雪にも心配かけて……。そんな時、心配した深雪が奏多に連絡してくれたの」
「深雪ちゃん――」
深雪の名前に陽菜は一瞬驚いた顔を見せたけれど、そういえば同じ学校だったね――と小さく呟いた
「あの三人、仲良かったからそれで……」
「そっか」
「新の昔の話とか……亡くなる前のこととか……奏多に教えてもらって……」
そこまで話した時、私の目からふいに涙が零れ落ちた。
口に出すことで、色々な想いが一気に襲い掛かってくる。
(新……)
「ごめ……」
「もういい!もう、いいよ……!」
「え……?」
「ごめん、私こそ……私の方が、ごめん!!旭がそんなに辛い時に、何も出来なくて……その上、奏多君とのこと疑ったりして……本当にごめん!!」
「陽菜……」
握りしめていた手を開くと陽菜は、私の手をギュッと握りしめる。
その手から、温もりが伝わる――。
「旭は……今も、新君のこと……」
辛そうな顔をして、陽菜が言葉を濁すから……私は、はっきりと言った。
「好きだよ」
「旭……」
「あの頃と変わらず……ううん、あの頃以上に新のことが好きだよ」
そう言いながら微笑む私の顔を、今にも泣きそうな表情で陽菜は見つめていた。
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