第21話


 ――目が覚めると、部屋は夕日に照らされていた。


「目、覚めた?」

「ここは……?」


 身体を起こした私に、誰かが声をかけてくれた。


「あなた倒れちゃったのよ。同じ班の男の子たちが運んでくれたから御礼言っておきなさいね」

「新と奏多が……」


 ベッドのそばに立つとその人――救護の先生は、私のおでこに触れて微笑んだ。


「熱は引いたみたいね。どうする?ご両親に迎えに来てもらう?それとも……」

「大丈夫です!私もう元気です!だから――!」


 心配そうな表情をする先生に、必死で帰りたくないことを伝えると――どこか懐かしそうな顔をして微笑んだ。


「ふふ、そうよね。最後の年のイベントだもの、参加したいわよね」

「はい……!」

「無理はしないこと。少しでも具合が悪くなったらここに来なさい。わかった?」

「ありがとうございます!!」


 先生にお礼を言うと、私は建物の外に出た。


(新は……どうなったんだろう。確かあの時奏多が新のリュックを……)


 キョロキョロと、みんなの姿を探していると誰かが私の名前を叫ぶ声が聞こえた。


「旭!!」

「深雪?」

「あんた大丈夫なの!?あの後大変だったんだからね――って旭!?」


 私の腕を掴むと心配そうな顔を向ける深雪の腕を、私は思わず掴み返していた。


「大丈夫!心配してくれてありがとう!――ありがとう、なんだけど……それより、新は!?」

「それよりって……。……はあ。新ならほらあそこ」


 深雪が指差した先には、深雪と同じように心配そうな顔をした新の姿があった。


「新!!私っ、ごめん!!ごめんなさい!!」

「旭……」

「私のせいで……」

「……何言ってんの。落ちたのが旭じゃなくて本当に良かった。結果的にリュックも手元に戻ってきたんだし大丈夫だよ」


 だから謝らないで――そう新が言うと、新の後ろから奏多もひょっこり顔を出した。


「そーそ。そもそもあんなところにリュック置いておいたこいつが悪いんだから旭は気にしなくていいんだよ」


 二人が私に笑いかけてくれるから……申し訳なさと嬉しさで私は少しだけ泣いてしまった。


「二人とも、本当にありがとう」


 そう言って微笑む私を見て、二人は安心したようにもう一度笑った。




 みんなが輪になって座る真ん中で、大きな炎が燃え上がる。

 炎の向こう側では新が笑っている姿が見える。


「よかった……」

「何か言った?」

「ううん、何にも……」


 過去が変わったことに、ホッとする。

 これで、少しはいい方向に変わるだろうか。


「そう?……それにしても、心配かけるようなことあまりしないでよね」

「そうだよー?私たち心配したんだからね!」

「ごめんね、二人とも……」

「もういいわよ」


 そう言って深雪は再び炎へと目を向けた。

 それにつられるように私と陽菜も炎を見つめる。


「綺麗ね」

「そうだね……」


「――旭」


「え……?」


 どこからか、私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。


「……気のせい?」

「旭」

「新……」


 今度ははっきりと聞こえたその声に振り返ると――強張った顔の新が、私の後ろに立っていた。


「今、少しいいかな?」

「……うん」


 深雪と陽菜にごめんね、と伝えると私はそっと抜け出して新の後ろをついて行った。


「…………」

「…………」


 どこまで行くのだろう。

 炎の周りの喧騒が嘘のように静かになると――私たちの足音以外何の音もしなくなった。


 新が立ち止まったのは、小さな川沿いのベンチだった。


「これ……」

「え?」

「また冷えるといけないから、使って」


 そう言って羽織っていたパーカーを脱いだ新は……私の肩にかけてくれる


「そんな、新が冷えちゃうよ!」

「大丈夫、俺この下にもう一枚着てるし」

「でも!」


 反論しようとする私の手をつかむと、新は小さな声で言った。


「たまにはカッコつけさせてよ」

「新……」

「それに、そんなに長い時間はいられないから」


 確かに新の言う通り、抜け出してきたとはいえまだキャンプファイヤーは続いている。先生たち気付く前に戻らなくてはならない。


「だから、手短に話すけど……昼間は本当にありがとう」

「え……」

「その……あのリュックの中、大事な……ものが入ってて。それがなくなると困るところだったんだ」


 言葉を濁しながら、でも嘘をつかないように新は一言一言丁寧に話してくれる。


「俺、諦め癖……っていうのかな、「ああ、しょうがないや」ってよく思っちゃって。あの時も、そんな感じでさ」

「ん……」

「だから旭が諦めちゃダメだって言ってくれてビックリした。なんで俺がもう無理だって思ったこと、わかったんだろうって」


 必死で言葉を紡ぐ新をじっと見つめる。何かを伝えようとしているのが、わかるから――。


「…………」

「新……?」

「……ああ、もう!!やっぱりダメだ!!」


 突然大きな声を出すと、新は覚悟を決めたように私を見た。


「本当は諦めなきゃいけないことがあって。どうしようもないことで。でも、何回考えても諦められなくて……。諦めたと思ったはずなのに、正反対の行動をしている自分がいて。そんな自分が許せなくて……」

「新……」


 諦めないということが、諦めることよりもどんなに苦しいことか……新はわかっているんだ。――新だけじゃない。私にとっても、どんなに苦しくて……どんなに辛いことになるのか。

 なら……また諦めてしまうというのだろうか。

 この先の未来も――私たちが過ごすはずだった、過去すらも……。

 そんなの――。


「でも旭が!!」


 嫌だ、と言おうとした私の言葉を新は遮ると――さっきと同じように私の手を握り締めた。


「――でも旭が、諦めないでって俺に言ってくれたから……。だから……だからもう少しだけ、待ってて欲しい」

「え……?」

「俺がきちんと自分に向き合って、自分が本当はどうしたいのか。その覚悟ができたら――もう一度、旭とこうやって二人で話がしたい」


 握りしめていた手を、ギュッと抱きしめると新はさっきまでよりも近くで私の目を見つめた。


「曖昧な態度でごめん。でも……やっぱり俺、旭のこと諦めたくないんだ!!」

「あら、た……」


 こんな風にまっすぐに私を見つめてくれる新の姿を、今まで見たことがあっただろうか。

 三年前とは違う。

 私たちは、あの時とは違う関係を築き始めている。

 きっと――新しい関係を、今の私たちなら築くことが出来る。


「大丈夫だよ」

「旭……」

「私、ちゃんと待ってるから。だから……」

「ありがとう」


 そう言うと新は、私の腕を自分の方へと引き寄せた。


「っ……!!」


 体勢を崩した私の身体は、そのまま新の腕へと吸い込まれる。

 新はそんな私の身体を――そっと抱きしめた。

 錯覚だったんじゃないかと思うぐらい、一瞬。

 けれど、その瞬間――確かに私の身体は、新のぬくもりを感じた。


「……戻ろうか」


 身体を離した新が恥ずかしそうに言う。


「うん……」


 小さく頷くと――どちらともなく手を繋いで、私たちは元来た道を二人で一緒に歩き始めた。

 空には輝く無数の星たち。

 今も過去も変わらない光が、私たちを優しく見つめていた。

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