第19話
パンッ――と先生が手を叩く音でハッとなった。
「それじゃあ、明日はハイキングもあるからそれぞれ気を付けるように!」
班長と先生を交えたミーティングの後、学級委員だけ残されて明日のハイキングについての確認をしていた――のだけれど。
「旭、今寝てた……?」
「ちょっと……」
片づけをしていた私に、新は心配そうな視線を向けた。
「明日もあるんだから無理しないようにね」
「――心配してくれてありがとう」
「っ……別に、心配なんて……」
ああ、まただ。
いつも通りの新だ、と思って近付くと――距離を取られてしまう。
けれどきっと嫌がられている訳じゃない、はずだから……。
視線をそらした新にもう一度ありがとう――と言って微笑むと、私は自分たちのテントへと向かった。
――背中を向けた私に、何か言いたげな視線を新が向けていたことなんて知る由もなかった。
私はテントに敷いた寝袋の中に転がると、小さくため息をついた。
「どうしたものか……」
「なんか言った……?」
「あ、ごめん。何でもないよ」
思わず口から出てしまった独り言が聞こえたのか、隣にいた陽菜が私の方を向く。
さっきまではあちこちのテントからみんなの騒ぎ声が聞こえてきていたが、今はもう静まり返っていた。
「ね、旭!キャンプ楽しいね!みんなでずっと一緒にいられるのっていいね!」
「陽菜ちゃんは奏多とお泊りが嬉しいんじゃないのー?」
「もう!深雪ちゃん!」
ニヤニヤしながらからかう深雪に、陽菜は赤くなりながら口をとがらせている。
「あはは、でもそうだね。こうやって、ずっと一緒にいられるのっていいよね」
「旭も新君と一緒だしね!」
「え!あ、やっぱり旭って新のこと好きだったんだ!?」
「あっ!!……旭、ゴメン」
深雪も知っていると思ったのか、それともつい口が滑ってしまったのか――そこに悪気はないんだろうけど……どちらにせよ深雪だけ知らなかった、ということは明白で。
「や、うん……。そうなんだ。ゴメンね、隠してたつもりじゃないんだけど……」
「え、なんで謝るの?そっかー!新かー!陽菜ちゃんの奏多よりはいい趣味してると思うよ!」
「どういうことー!?」
気にした様子のない深雪にホッとする。
(きっとこれが逆だったら大変だっただろうな……)
想像しただけで苦笑いしてしまった私を、当の陽菜は不思議そうな顔で見ていた。
「ん……」
目を覚ますと、一瞬ここがどこだか分からなくなる。
現在なのか過去なのか、私はいったいどこにいるんだろう……。
(あ、そっか……キャンプ、だ)
身動きのとりにくい身体は寝袋に包まれて、左右には陽菜と深雪が眠っているのが見える。二人を起こさないようにそっと立ち上がると、私はテントの隙間から入ってきた月明かりを頼りにテントから外へと出た――。
「うわあああ……!!!」
そこには満天の星空が広がっていた。
「凄い……こんなの、初めて……」
人工的な明りがほとんどないからだろうか。
今まで見たどんな星空よりも、綺麗に見えた。
「……旭?」
空を見上げながらふらふらと歩いていると、突然誰かが私の名前を呼んだ。
――誰か、なんていったけど本当は分かっていた。
私の大好きな声で、私の名前を呼んだのは……
「新……」
視線の先には、困ったような顔で笑う新の姿があった。
「何してるの?」
「旭こそ……」
「私は、その……目が覚めちゃって」
寝ぐせはついていないだろうか――慌てて手で髪の毛を整える私を、新は何故かじっと見つめていた。
「――俺もそんな感じ」
「そっか……」
「うん……」
――会話が繋がらず、沈黙が私たちの間に流れる。
その瞬間、空に一筋の光が走った。
「流れ星!!ほら!また流れた!!」
「ホントだ!!すげーーー!!!」
星空の合間を縫うように、次から次へと星が空を流れていく。
「すごいね!!すごいね!!」
「ああ!!すげえ……俺こんなの初めて見た……」
「私も……」
まるでここだけ違う世界のようで――ただ目の前に広がる神秘的な光景を、二人で見つめ続ける。
(このまま……時間が止まってしまえばいいのに――)
無理なことは分かっている。
分かっているけれど……願わずにはいられなかった。
「あ、そうだ!」
「え?」
「願い事!」
「あー……」
良い事を思いついた!と、思ったのに新はあまり乗り気ではないようだ。
「微妙……?」
「や、うーん……。ま、いっか。お願いしてみる?」
「うん!」
そう言って二人で空を見上げて、星が流れるのを待つ。
けれど、さっきまであんなに流れていたのに、待ち始めるとなかなか流れてくれない。
「うーん……流れないね……」
「もう諦め……」
「あ!!新!ほら、あそこ!!」
その瞬間、空に今日見た中で一番明るい流れ星が見えた。
「ほら!新も!」
「あ、うん……」
(新が笑って、ずっと楽しそうで元気で幸せでいられますように!)
流れる星を見つめながら、心の中で願いを唱える。
隣を盗み見ると、目を閉じて何かを願っている新の姿があった。
「お願いごと、出来た?」
「ん。旭は?」
「私も!」
「そっか……」
何を願ったの?なんて聞くことはできなかった。――病気が治りますように、きっとそう願ったに決まっているから……。
どちらともなく無言になり、辺りには風の音だけが聞こえる。
そして私たちは、星が輝く夜空を見つめ続けた。
二人で空を見上げて、どれぐらい時間が経っただろうか。
そろそろ戻ろうか、そう言おうとした瞬間、私の視界が大きく揺れた。
「っ……!?」
「っと!!」
ずっと上を向いていたからだろうか、ふらついて転びそうになった私を新の手が受け止めてくれる。
「ご、ごめん……!!」
「大丈夫?」
「危なかったー!転ぶかと思った!」
「なにやってんの……」
呆れたように笑う新に、私もへへっと笑い返す。
「そろそろ戻ろっか?」
「えーっと……」
「新?」
私の問いかけに、新は困ったような表情をしている。
ううん、困ったというよりは――。
「――もう少し、見てかない?」
「……え?」
「ダメ、かな……」
顔を真っ赤にして新は言った。
「あ……」
「嫌なら……」
「み、見る!見てく!!」
思わず何度も頷いてしまう私に、良かったと新は微笑んだ。
「……あと」
そう言いながら新は、私の手を取る。
「え……?」
「……また、転ばれても困るから」
ギュッと握りしめられた手のひらからは、新の温もりが伝わってくる。
肩が触れそうなほど、近付く距離。
その距離にドキドキしながら――瞬く星を二人で眺めつづけた。
そんな私たちを月明かりは、優しい光で照らしてくれていた。
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