第18話


 あんな風に走り去ったのに……追いつかれてしまった恥ずかしさに私が何も言えないでいると、新が小さく笑った。


「……新?」

「っ――。何でも、ないよ」


 慌てて靴を履き替えると、新は私に構わず教室に向かおうとする。


「ちょっと待ってよ!」

「…………」


 急いで新の後ろを追いかけると、いつもよりゆっくりと歩く新の隣に追いついた。


(……待って、くれてた?)


 教室までの道のりに会話はなかった。

 けれど――その沈黙は、そんなに嫌なものではなかった気がした。




「よーし、それじゃあ出発するぞー」

「はーい!!」


 田畑先生が言うと、みんなが一斉に返事をする。

 私たちを乗せたバスが動き出し、2泊3日のオリエンテーションがスタートした。


(大丈夫そう、だね)


 通路を挟んで隣の席の新の姿をそっと見てみるけれど、何でもないような顔をして外を見つめていた。


(……あ)


「………」


(気付かれた)


 じーっと見ていると、だんだんと新の顔が赤くなってきたのが分かる。

 でも、何も言ってこないからなんだかおかしくなってきて、そのまま見つめ続けてみることにした。


「…………」

「…………」


 無言を貫く新を、見つめ続ける。


「…………」

「…………」


見つめ続ける――。


「………だあああ!!何!なんですか!」

「あはは、いつ気付くかなーって」

「いや、気付いてるの知っててずっと見てたよね!?」

「そんなことないよー」


 焦ったように言う新がなんだか可愛くって、思わず笑ってしまう。


「ホントにもう……。人の気も知らないで」

「何か言った?」

「なーんーにーもー」


 そっぽを向かれてしまうと、途端に話しかけずらくなる。

 そんな私の視線に気付いたのか――新は、チラッとこっちを見ると手元の袋を指さした。


「……お菓子、いる?」

「いる!」

「好きなのどうぞ」

「ありがとう!」


 差し出された袋を覗き込もうと態勢を変えると――思ったより新の顔が近くにあった。


「っ……!」

「ご、ごめん!!」


 思わず顔を背けた私たちに――奏多がニヤニヤしながら後ろの席から顔を覗かせた。


「せんせー!鈴木君と竹中さんがいちゃついてまーす」

「いちゃついてなんかねえよ!!」


 ちゃちゃを入れてくる奏多に新が叫ぶと、バスの中は笑いに包まれた。


(――楽しそうで、よかった)


 楽しくて、楽しくて……もしなにかアクシデントが起こったとしても、なんて新が思えないぐらい楽しくなればいい。

 諦められないぐらい、楽しくなればいい。


「あーそれにしても、俺も一番前がよかったなー」


 新の後ろから身を乗り出すように奏多が言う。

 バスの席は何かあった時の為にと学級委員である私と新が一番前の席に座り、それぞれ隣の席は空席となっていた。


「誰か具合悪くなるまで、そっち行っちゃダメかな」

「ダーメ!先生に言われたでしょ」

「ちぇー」


 不貞腐れたような声を上げる奏多に、新のさらに前の一人掛けの席に座っていた田畑先生が振り向いた。


「そんなに前に来たいなら、先生の膝の上に来るか?」

「それはお断りします!」

「あはははは」


 奏多の叫び声に、再びバスの中はクラスメイト達の笑い声が響いた。


「――ねえ、旭」

「ん?」


 座席の隙間から、後ろの席の陽菜が話しかけてくる。


「なんか、奏多君いつもよりテンション高いね」

「確かにそうだね。いつもはもうちょっと落ち着いてるよね」

「だよね。なんか……」


(あれ?大人っぽい奏多が好きだったのかな……?まさか幻滅したとか……?)


「はしゃいでる姿も可愛い!!」

「……そうですか」

「え?陽菜ちゃんってもしかして奏多のこと……?」

「あっ……!!」


 陽菜の隣に座っていた深雪に聞こえてしまったようで、ビックリしたような声が聞こえる。


「そっ、その……。内緒だよ?」

「そうだったんだー!!内緒にするする!!え、あ!私邪魔?席変わろうか?」

「だっ大丈夫!!……で、でも帰りはそっちに座らせてくれたら嬉しいな」


ハニカミながら言う陽菜に、深雪は微笑む。


「分かったわ。でもねー、陽菜ちゃんが奏多を好きだなんて――」

「みっ深雪ちゃん声大きい!!」


 不思議そうに陽菜と奏多の顔を見比べる深雪の口を、慌てて陽菜が塞ぐ。


(後ろの二人は二人で、楽しそうでよかった)


 ふふっと笑いながら前を向くと――私に向けられる視線を感じた。


「どうかした?」

「あっ……いや、その……」

「?」

「別にっ……」


 誤魔化すようにカバンの中を漁る新の手元から、何かがバスの通路に落ちるのが見えた。


「これ、落ちたよ?」

「あっ……!!」


 拾い上げて渡したそれは、錠剤のシートがいくつか輪ゴムで纏められていた。


「ごめん!……ありがと」

「薬?」

「そっその……」


 明らかに焦った様子に……私は、新の日記帳を思い出す。


(そうだ!きっとこれを、新は明日……)


 新は、手のひらの薬と私の顔を交互に見ると……ギュッと口を噤んでしまう。

 言葉に困った様子の新に……私は実際とは違うであろう薬の名前を口にした。


「……酔い止めかなにか?」

「え?」


 新は私の言葉に一瞬ハテナマークを浮かべる。

 けれど、言われた内容を理解すると、慌てて私のを肯定した。


「あ、うん。そうなんだ。酔い止めなんだ……」

「――やっぱり!私もすぐ乗り物に酔っちゃうんだよー」

「……うん、そんな感じ。拾ってくれてありがと」


 そう言うと新は……窓の向こうを見て黙り込んでしまった。

 そして……バスが目的地に着くまで、新が私の方を見ることは二度となかった。




「着いたあああ!!」

「長かった……」

「……ホントに。こんな遠かったんだね」


 三年前に行ったときは、友人たちとお喋りするのに夢中であっという間に着いた気がしていたけれど……無言になった新の隣にいると、時間が経つのがとても長く感じられた。


「竹中―」

「はい?」


 田畑先生の私を呼ぶ声が聞こえる。


「鈴木と二人で点呼して、各班ごとに並ばせておいてくれ」

「わかりました」


(新……は、あそこか)


 みんなから少し離れたところで、山を見つめている新の姿が見えた。


「新」

「っ……!ビックリした……。どうしたの?」

「先生が点呼しといてって」

「分かった」


 そう言うと、1人でスタスタと歩いて行ってしまった。


(うーん……どうしようかな……)


 踏み込んでいきたい。

 けど、さっきみたいに拒絶されてしまうと……。


(ダメだなぁ……頑張るって、決めたところなのに)


 私は、あと一歩が踏み出せずにいた。



「……旭!」

「え……?」


 先を歩いていたはずの新が、私の方に戻ってきた。


「さっきはゴメン!その……眠くって」


 俺眠いと機嫌悪くてさ――そう続ける新の言葉が嘘なのはわかっている。

 分かっているけれど……。


「しょうがないなー!あとでまたお菓子くれたら許してあげる!」


 笑いながら私は、新の嘘に誤魔化されてあげることにした。

 隣に並んで笑う私を見て、新は安心したように微笑んだ。


 ――けれど私は気付いてしまった。

 微笑んでいるはずの新の手が……爪が食い込んでしまいそうなほど、ギュッと握りしめられていることに……。


(新……)


 その手を握り締めたい。

 そっと手を開いて、きっと赤くなっているであろう手のひらを優しく包み込みたい。

 でも……今の私ではそれをすることができない。

 の私では……。


「――新!」

「え?」

「これ、あげる!」


 だから私はポケットに入っていた飴を一つ、新に差し出した。

 新はその包装を見て一瞬眉をしかめると――書かれた味の名前を恐る恐る読み上げた。


「激甘シュークリーム味……!?」

「美味しいよ?」

「ええー……」


 半信半疑、といった感じでそれを口に運ぶと――新は手のひらで口を抑えて叫んだ。


「あっっっま!!!何これ!?ヤバいって!!」

「えー美味しかったけどなぁ」

「いやいやいや!これ美味しいって旭の味覚どうなってんの!?」


 新は口の中の飴をどうにかなくそうと必死に舐めて……その度に甘さに悶絶する。

 そんな新に思わず笑ってしまった私を見て――新も笑った。

 笑う新の手は――さっきまでのように、固く握りしめられてはいなかった。


(よかった)


 新は涙目になりながらも、どうにか口の中の飴を嚙み砕いて飲み込んだようだ。

 カバンの中からお茶を出して飲むと……生き返ったかのように息を吐いた。


「こんなヤバいの久しぶりに食べた!」

「もう一個いる?」

「絶対いらねー!!」


 笑いながら新は言う。

 いつも通りの、笑顔で。

 私の向ける視線に気付いた新は、コホンと一つ咳払いをした。

 ――そして。


「行こっか」

「うん」


 そう言って私の隣に並ぶと――私たちはみんなが待つ方へと二人一緒に歩いた。


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