第17話
どれだけの時間が過ぎただろう。
黙ったままだった奏多が、顔を上げて私の方を見た。
「本当は、過去を変えるなんて俺は反対なんだ」
「え……?」
「それによって変わることが、いいことだけとは限らない。……それは、旭。君自身ももうわかってるんじゃないか?」
奏多の言葉に――陽菜の顔が、浮かぶ。私が過去を変えたせいで――傷付けた。
「…………」
「そして何より、このまま過去を変え続けたら……必ず君が傷つく」
でも……と、言いにくそうに奏多は言葉を続ける。
「それでも、俺は……旭と別れた後の辛そうな新の顔も……最後の最後まで旭の名前を読んでいたあいつの声も、忘れることが出来ないんだ」
「奏多……」
「だからもし、これから先過去を変えることで旭が傷つくことがあれば俺を頼ってくれ。出来る事なら何でもする。だから……だから……」
「――大丈夫だよ」
苦しそうな顔をする奏多に微笑みながら――私は新のことを思い出していた。
笑った顔、怒った顔、照れた顔、泣いた顔……どれも、失いたくなかった新の姿……。
「私は、新を諦めない。新が新を諦めたとしても、私は絶対に諦めないから、だから……」
「旭……」
私の名前を呼ぶ奏多の瞳には、私を通して――かつての新が映っているような気がした。
奏多と別れ、私は家に帰ってきた。
新の日記を、読むために。
(怖い……。怖いけど……)
真剣に私を見つめる奏多の姿を思い出す。
(奏多と約束したんだ。私は……新を、諦めないって!)
日記帳を握る手に、力が入る。
そして……私は、昨日見た夢の日付のページを開いた。
◆―◆―◆
4月19日
午後からになったけど学校に行くことが出来た。
でも、行かなければよかった。
旭を傷つけた。
好きな子が……俺を好きだって、言ってくれたのに……。
どうして、俺も好きだって言えなかったんだろ……。
この心臓がポンコツじゃなければ……。
こんな気持ちのままで明日からのオリエンテーションに参加、出来るのかな。
ごめんね、旭……。
◆―◆―◆
「新……」
私が告白したせいで、こんなに新を苦しめていたのかと思うと胸が苦しくなる。
けれど……。
「それでも、あなたが好きなんだよ……新」
しつこくて、ごめん。
諦められなくて、ごめん。
でもこの選択が間違ってなかったんだって、いつか笑って話せるときが来るって信じてるから。
「4月……20日」
そして私は過去に戻るために、新しいページを開いた。
◆―◆―◆
4月20~22日
くそっ……!!なんで……!!
……旭とは、気まずくなるかなって思ったけど、それほどじゃなかった。
奏多がさり気なく気をまわしてくれてるのが分かった。
ありがとう。
1日目は特に何事もなくて、このままなら大丈夫だと思った。
けど、2日目の午前中に行ったハイキングの最中に、持ってきていた薬を……落としてしまった……。
もしかしたら特に発作も起きなくてそのまま過ごせたかもしれない。
けど……心のどこかでああ、やっぱりって思ってしまった。
やっぱり俺がキャンプに参加するなんて無理だったんだ……って。
先生に事情を話して親に迎えに来てもらった。
本来なら今日みんなと一緒に帰ってくるはずだったのに……。
先生にも、奏多にも……旭にも迷惑かけてしまった。
俺のせいで……ごめん。
みんな、ごめん……。
ごめん、旭……。
◆―◆―◆
「――これ、覚えてる。体調を崩したって言ってたけど……そうじゃ、なかったんだ……」
オリエンテーションの2日目、新が体調を崩したから帰ることになったと先生から言われたのを覚えている。
せっかくのキャンプなのに可哀そうだなぁ、と呑気に思ってた自分に嫌気が差す……。
「私に何ができるか分からないけど……でも……!」
日記帳を閉じると私はベッドへ向かう。
そしていつものように、目を閉じた。
まるで、新の元に戻るための儀式のように――。
◆◆◆
「よし」
私は携帯に表示されている時計を見ると、ホッと一息ついた。
「――人間やれば何とかなるね」
すっかり忘れていたキャンプの準備を必死で終わらせると、私はいつもの制服姿ではなくジャージを着て家を出た。
今日から2泊3日のオリエンテーションだ。
「とにかく……私に出来ることをしよう」
小さく呟きながら校門を通り抜けると、少し前を歩く新の姿が見えた。
「新……」
「旭……?」
口の中で呟いただけ……だったはずなのに、新が私の方を振り返っていた。
「…………」
「……おはよ!」
「え……?」
「おはよ!」
「おは……よう」
明るく言った私に戸惑いながらも返事をしてくれる。
(困ってるんだろうなぁ)
けど、新の七変化する表情を見ていると……なんだか可笑しくなってくる。
「ふふっ……」
「へ?」
「ううん、何でもない!キャンプ、楽しみだね!」
「う、うん」
訳が分からない、といった顔をしながらも隣に並んで歩きだしてくれる。
(ごめんね、新)
困らせちゃってるのは、わかってる。
分かってるけど……。
(私、諦めたくないんだ)
だから……。
「一緒に!楽しもうね!三日間!約束だよ!」
「……うん、ありがとう」
新にも、諦めてほしくない。
私があなたと過ごす未来を。
あなたが……笑って過ごす未来を。
「そうだ!新!」
「え?」
隣を歩く新の顔を見つめると、私はニッコリ笑った。
「私!新を好きなの、やめないからね!」
「えっ……?」
「――新に私のこと!好きって言わせてみせるから!」
目を白黒させている新を置いて、私は校舎へと走って行った。
「ちょ、旭……!?」
後ろから新が私を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど……真っ赤な顔を見られたくなくて――私は気が付かなかったふりをして、校舎の中へと入った。
「ひゅー、大胆」
「か、奏多!?」
下駄箱のところにあったのは――ニヤニヤと笑う奏多の姿だった。
「旭ってやっぱり新のこと好きだったんだね」
「――そうだよ!」
「……へえ」
私の返事に、意外そうな顔をして奏多は言う。
でも、今の私に――からかいの言葉に照れるだけの余裕なんてなかった。
だって――。
「新のことが好きで、好きで、大好きで……他のことなんて全部どうでもいいぐらい、新のことだけ考えてここにいるんだから!」
私の選択が、いつか誰かを悲しませたり苦しめたりすることがあるかもしれない。
過去を変えるってきっと、そういうこともあるって思い知った。
それでも私は――私は―――。
「これから先も……新の隣に、いたいから――」
最後の言葉は、聞こえなかったようで――なんかいいね、と奏多は言った。
「誰かのために必死に頑張れるって、凄いな」
「奏多……?」
「――なんでもない。まあ、頑張ってね」
ひらひらと手を振ると、奏多は私を置いて教室へと向かった。
「かっ――」
「旭?」
「っ……」
私の名前を呼ぶ声に振り向くと……そこには、まだ少し赤い顔をした新が不思議そうに立っていた。
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