第13話


 目を開けるとそこは、の部屋だった。


「しまった……!」


 目が覚めて、新からの連絡を待たずに眠ってしまったことに気付く。

 せっかく連絡をくれると言っていたのに……。


(新からの初メールだったのになぁ……)


 私が過ごしたの初メールはなんだったっけ?と考えながら勉強机の上に置いたままの日記帳を見る。


(そうだ!メールのこと何か書いてないかな?)


 眠る前に見た日記には特に何も書かれていなかったけれど……もしかしたら、と思い私は日記帳を開ける。

――そこに書かれている文章が、どんな風に変わっているかも知らずに。



「どうして……こんなことに……!」


 眠る前の日記にはなかった6行から目が離せない。


「だって……普通に元気だったのに……。メールするね!って言ってたのに……」


 何度見ても最後に見た新の姿と日記の文章が結びつかない。


「なんで……なんで!?」


 訳が分からなかった。

 でも、書かれている文章は確かに新のもので。

 変わる前の過去にはなかった、出来事で。


(そうだよ……陽菜とのことだって……)


 過去を変えるという事はいい事だけではないとあの時知ったはずだ。

 でも……!


(こんな……こんなことって……!!)


 病院に逆戻りだって書いてあった。


(倒れて運ばれた?いつ?私が帰った後?どうして……どうして……どうして!!)


 疑問はたくさんあった。けれど、その問いには誰も答えてくれない。

 誰も――。


「どうしたら、いいの……」


 こんなことなら、あの時無理にでも残ればよかった!

 新一人に押し付けるんじゃなかった!!

 本当はしんどかったのに……私を心配して自分の身体を後回しにしちゃったの……?


 ねえ……新……。


 ぐるぐるぐるぐる頭を回る。

 ぐるぐるぐるぐる……。


「……そうだ!」


 机の上の日記帳を、もう一度見つめる。


「そうだよ!何で気付かなかったんだろう!」


 新のあの日の日記を。

 変わってしまった4月17日の日記を――。


「変わってしまったのなら、もう一度変えればいいんだ」


 そう呟くと、新の日記帳を抱きしめて私はもう一度ベッドに横たわった。


「新、待っててね」


 そして、もう一度あの日に戻るために私は――夢の世界へと旅立った。



 ◆◆◆



「んっ……」


 気が付くと私は目を開けていた。


「うん、戻ってきてる」


 そう呟く。


「あ……」


 小さく声を出し、頭元にある携帯電話を取る。


「新…。私……」


 昨日の夢の中と同じ行動を繰り返す。

 全く同じ行動を。

 私であるはずなのに、どこか遠くで起きている出来事を見ているだけのような、不思議な感覚だった。


 それは学校についてからも続いた。

 陽菜と話をしているとき、グループを作っているとき、そして新と会話をしているとき。

 どうしてだろう、私のはずなのに私じゃないみたい。


(あ……)


 そして、その時はやってきた。


「とにかく!今日はゆっくり休んで、委員会のことはまた明日話そう?」


(ここだ!ここで私は……)


「……うん」


(違う!大丈夫だよ!私も残るよって新に……!!)


 叫んでいるのにはどんどん会話を進めていく。


(どうして!?なんで!?)


 まるで予定調和のように話が進んでいく。

 そうなることが決まっているかのように。

――ただ、夢を見ているかのように。


(夢……?)


 そうだ、夢を見ているときに似ている。

 自分じゃあこうしたいと思っても、夢の中の自分は物語が決まっているかのように話を進めていく。

 そうなることが、決まっているかのように。


(じゃあ、これは……)


 新と別れてが家へと帰っていく。

 新の元にいたいのに。

 新から離れたくないのに。


(新っ……!!!)


 どんなに叫んでみても音にはならず――誰にも気づかれることは、なかった。


 そしてはベッドに横になると、そのまま眠りに落ちた。

 私の意識もまた――元の世界へと、引き戻されていく。



◆◆◆



 ― ブーッブブ ―


「っ!!」


 携帯の振動音で目が覚めた。

 そこは、二度目の眠りについてからたった数十分しかたっていないの部屋だった。


「どうして……」


 ベッドから起き上がって日記帳を見てみるが、さっきと何も変わってはいない。

 全く同じ文章がそこにはあった。


「昨日は戻れたのに……」


 涙がポトリと日記帳に落ちる。


「昨日は、変えられたのに……」


 今までこんなことはなかった。

 何度かへと行ったが、その中で私はだった。

 少なくともあんな風に、見ているだけなんてことはなかった。


「どうして……どうして……」


 何故変えられなかったのだろう。

 何がいけなかったのだろう。


 けれど……何度考えても答えは、分からない。


「旭ちゃ―ん!早く起きないと遅刻するわよー!」


 一階から母の声が聞こえてくる。

 時計を見ると、家を出る時間をとっくに過ぎていた。


「……今日具合悪いから休む!」


 大きな声でそう言い返すと、ブツブツ言ってる声が聞こえたけれど聞こえないふりをした。

 学校なんて行ってる場合じゃないんだ――。


「もう一度、もう一度……」


 私は4月17日の日記をもう一度丁寧に最初から最後まで読むと……ベッドに横になった。


「今度こそ……上手くいきますように」


 手に持った日記帳をギュッと抱きしめながら、私は再び、眠りに落ちた。



◆◆◆



「――また、ダメだった……」


 これで何度目だろう。

 何度も何度も――目覚めては日記を読み、眠りについた。

 けれどその度に昨日の夢の中での光景を、ただ繰り返すだけだった。


「どうして……」


 昨日までと何が違うのか分からない。

 いつもと同じように新の日記を読んで眠りについたのに……。


「もう一度……」


 私は再び日記帳のページを開く――。


「あっ……」


 何度もめくったことにより摩擦で滑りやすくなってしまった紙は、目的のページではなくその次の日を開いていた。


「4月……18日」


 見てはいけない。

 私が戻りたいのは17日なんだから。

 そう思いながらも、目は紙の上の文字を追ってしまう。



◆―◆―◆


 4月18日


 昼過ぎに病院から戻ってきた。

 この間はいい結果に驚いていた先生が、今回は悪い結果に驚いていた。

 なんで俺の心臓はこんなにポンコツなんだろ。


 今日も委員の仕事は旭が、グループの方は奏多たちが上手くやってくれたみたいだ。

 俺なんて、いらないんじゃないのかな。


 結局旭にメールも送れていない。

 こんな状態で、何を送ればいいか分からない。


 自分の存在価値が分からないよ。


◆―◆―◆



「新……」


 何度も書いては消したのだろうか。

 黒ずんだ鉛筆の跡が残っていた。


「あら、た……」


 零れ落ちた涙で文字が滲む。

 何もできない自分がもどかしい。


「新っ……!!」


 涙が止まらない。

 とめどなくあふれ出てくる涙を止める方法を――私は知らない。

――涙のせいだろうか。

 だんだんと瞼が身体が重くなってくるのを、感じた……。



◆◆◆



「んっ……」


 いつの間にか眠っていたようで私は目を擦ると体を起こした。


「泣き疲れて寝ちゃうなんて……子どもみたい」


 自嘲気味に笑った私は、ベッドから立ち上がった。


(ベッドから……?)


 自分の行動に違和感を感じる。

 目が覚めて、体を起こして、ベッドから起き上がる。

――普通の行動だ。

 でも、何かがおかしい……。

 何かが……。


「っ……!!!」


 立ち上がった私は制服を着ていた。

 中学生の頃の、あの制服を。


「戻って……来てる……?」


 言葉を口に出すと、私が“私”として声を出した。

 それは……私が過去の“私”としてここに存在していることを、教えてくれる。


「よかった……!よかった……!!」


 思わず飛び跳ねる私の手の中で、携帯電話のアラームが鳴り響く。


「びっ……くりした!目覚ましか……」


 慌ててポケットから携帯電話を取り出し画面を開くと、そこには 4月18日 と書かれていた。


「新の、日記の日付だ……」


(結局17日に戻ることは出来なかったんだ……)


 どうして17日に戻れなかったのかは分からない。

 分からないけれど、今は――この世界に戻って来れたことが、嬉しかった。




 キーンコーンカーンコーン


 午前の授業が終わるチャイムが鳴り響く。


(確か日記には昼過ぎには帰ってきたって書いてたよね)


 日記に書かれていたことを思い出しながら私は携帯を取り出した。


【旭です。具合大丈夫?】


 送りたいことはいろいろあったけれど、あまり長々と送りすぎるのも……と思い短めにしてみた。

 返事は――来ない。


(スマホみたいに既読が分かればいいんだけど……メールって不便だよね)


 ブーブー


 そう思っていると携帯が震えた。


【迷惑かけて、ごめん。俺は大丈夫。ホントごめんね】


【謝らないで。私こそ昨日はゴメンね】


【なんで旭が謝るの。その後具合は大丈夫?】


【新のおかげですっかり元気だよ。でも、そのせいで新が無理したんじゃないかって気になって……】


【そんなんじゃないから大丈夫。気にしないで。学校の方は大丈夫?】


【オリエンテーションはグループで話してもらってるし、委員の仕事は今日はあんまりないからとりあえず大丈夫だよ】



――メールでのやり取りは時間がかかる。

 気が付けば、昼休みは終わりを迎えていた。


「授業始めるぞー」


 教室に田畑先生が入ってくるのと同時に、携帯が震えた。


【俺がいなくても大丈夫そうで安心した】


「っ……!」


 そんなこと、言わせたいわけじゃなかったのに……。

 ただ、安心してほしかっただけなのに……。

 黒板に何かを書き始める先生に気付かれないように、私は新にメールを送った。


【でも、新がいないと寂しいよ】


――しばらく待ってみたが新からの返信は来ない。

 私は携帯電話を閉じると、ポケットの中にしまった。



 授業が終わっても新からの返信は来なかった。

 家に帰ってからも、携帯を開いては何度も何度も問い合わせボタンを押すが【新着メールはありません】と表示される。


「新……」


 私は何かを変えることが出来たんだろうか。

 戻ってきた意味はあったのだろうか。

 そんな疑問が頭をよぎる。


「明日は、会えるかな……」


 返事の来ない携帯を見つめながら、私は目を閉じた。。



◆―◆―◆


 4月18日


 昼過ぎに病院から戻ってきた。

 この間はいい結果に驚いていた先生が、今回は悪い結果に驚いていた。

 なんで俺の心臓はこんなにポンコツなんだろ。


 でも、いいことが一つだけあった。

 旭から、メールが来た。

 嬉しかった。凄く、凄く嬉しかった。


 心配してくれてた。

 寂しい、って言ってくれた。


 俺、やっぱり、旭が好きだ。大好きだ!

 こんな俺だけど好きでいてもいいかな……。

 好きでいるだけ、それだけだから。


 明日は学校で旭に会えるといいな。


◆―◆―◆


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