第12話

「――それじゃあ、これ先生の所に持って行ってくるよ」

「あ、うん!お願いね!」


 ボーっとしている間に話は進み、グループの係り決めは終わっていた。


「行こうか、陽菜ちゃん」

「う、うん!」


 奏多と陽菜がグループのメンバーと係りを書いた紙を、先生の元に提出に行っていた。

――戻ってきた陽菜は私の隣に来ると、小さな声で言った。


「ありがとね」


 そう言う陽菜の顔は、相変わらず真っ赤だった。


「――これで陽菜の気持ちに気付けなくて傷つけちゃったことは帳消しね」

「……うん!」


 笑いながら頷く陽菜にホッとする。

 そして滞りなくLHRは終わり、みんなの雰囲気が落ち着かないまま次の授業が始まった。

――私は教科書を開いたまま、さっきのことについて考えていた。


(……そうだよ、グループのことだけじゃない――)


 新からのの二文字に舞い上がって気付けなかったけれど……。


(呼び方もそうだし……ストラップのこともそうだ。あのストラップは、≪≪今≫≫の私が≪≪過去≫≫でもらったものだ)


 だから、あの日記にそれが書かれているわけがない。

――≪≪3年前の新が書いた≫≫はずの、あの日記には……。

 書いてあるとすれば、それは――。


(日記の内容も、変わっていっている……?)


 過去が変わるのだから、当たり前なのかもしれない。

 けれど、私はこの瞬間まで疑っていなかったのだ。

 あの日記の内容が私が過ごした過去を書いてある、ということを。


(頭がおかしくなりそう……)


 私の中にあるのは、3年前の私の記憶。

 それと、≪≪今≫≫過ごしている≪≪新しい過去≫≫の記憶。

 でも私以外の人の記憶は、私が変えた過去が基調となっているのなら……。


(私の中にあるこの記憶は、なんなんだろう……)


 考えれば考えるほど、頭がどんどん重くなっていくのを感じた……。




「旭!あのさ!」


――放課後、新が私の席までやってきた。


「今日委員会があるらしくて……。――旭?」

「ん……、委員会……?」

「大丈夫?何か顔色悪いよ?」


 私の顔を覗き込みながら新が言う。


「大丈夫……ちょっと考え事してたら、頭が痛くなってきて……」


 そう言う私のおでこに……新は手のひらを当てた。


「え、あ、新!?」

「大変だ!熱してるよ!」

「熱……?」


 自分のおでこの温度と比べながら、新は険しい顔で言った。


「無理してたんじゃないの?LHRの時もなんか変だったし……」

「あ……」


(心配、してくれてたんだ……)


「今日の委員会は俺が出とくから帰って休むこと!いいね?」

「迷惑かけちゃう……」

「大丈夫だよ」

「でも……」

「――最初の頃、俺の方がいっぱい迷惑かけたんだから!たまには俺のことも頼ってよ」


 頼りないかもしれないけどさ、なんて言いながら新は笑う。


「新……」

「とにかく!今日はゆっくり休んで、委員会のことはまた明日話そう?」

「……うん」

「あー……それか……」

「うん?」


 なんだか言いにくそうに新は言葉を濁す。


「新……?」

「その……そんなに、委員会のこと気になるなら――メールアドレス教えてくれたら、今日の委員会が終わった後メールで伝えるよ!」


「へ?」


 思いもよらなかった言葉に、間抜けな声が出てしまった。


「っ……!!や、ごめん!嫌ならいいんだ!変なこと言ってゴメン!」

「あ、そっか。新のメールアドレス……

「え?」

「え?」


 同じく新も間の抜けた声を出すと……


「だあああ!嫌がられたのかと思って焦った!!」


 何て言いながら机の前にしゃがみ込んでしまった。


「ご、ごめんね!メールアドレス交換してないこと忘れてて……」


 我ながらおかしいことを言っている自覚はある。

 けれど、新はそれすら熱のせいだと思ってくれたらしく心配そうに私を見る。


「本当に大丈夫?先生に家まで送ってもらった方がいいんじゃない?」

「だ、大丈夫!心配かけてゴメンね!えっと、メールアドレスだよね!」


 慌てて携帯電話を取り出すと、新が小さく呟いた。


「ストラップ……」

「あ……」

「つけてくれたんだ……。その、ありがとう」

「ありがとうは私の方だよ!とっても嬉しかった!ありがとう」


 照れくささを誤魔化しながら笑って新の方を見ると……同じように照れた顔の新がいた。




 家に帰ってきてベッドに横になると思った以上の倦怠感が体を襲う。

 そしてそのまま私は……新からの連絡を待つことなく、眠りに落ちてしまった。

 だから私がこの日の夜、新から連絡が来なかったことを知るのは――朝、目が覚めて日記を読んでからだった。



◆―◆―◆


 4月17日


 今日は春のオリエンテーションのグループ分けと班ごとの係りを決めた。

 俺たちの班は旭と奏多と深雪と、あと旭の友達の辻谷さん。

 奏多が辻谷さんのことをさらりと陽菜ちゃん、なんて呼んでて……あいつの対人スキル俺には真似できない…。


 俺と旭は委員の仕事で忙しいから班長は奏多に押し付けといた。

 たまにはあいつも動けばいいんだ!


 ……そういえば、旭の携帯にストラップがついていた。

 どうしよう、すっごく嬉しい。めっちゃ嬉しい!

 ……やっぱり俺、旭が好きなのかもしれない……。

 多分旭も俺のこと嫌ってはない、と思う。

 ストラップを付けてくれてるぐらいだし。



 でも、俺なんかが好きになって本当にいいのかな……。

 今日だってこうやって発作を起こしてまた倒れて病院に逆戻りだ。

 メール送るって言ったのに、病院だからそれもできない。

 俺なんかが誰かを好きになって、本当にいいのかな。



 どうせ、そのうち

 死んでしまうのに


◆―◆―◆

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