第11話


「できた!」


 手の中には、夢の中でもらったものと同じストラップ。

 私はそれを以前使っていた携帯電話から、今のものへと付け替えていた。


の私にとっては……もらったばっかりなんだし、いいよね」


 どことなく汚れてしまった猫からは、私の知らない年月を感じるけれど――それには気付かないフリをした。

 ストラップをギュッと抱きしめると私は、目の前の新の日記帳を、見つめた。


「新……」


 新のいない、この世界は寂しい。


「新……」


 けれど次に夢から覚めた時に私は、再びこの喪失感に耐えられるんだろうか……。


「でも……」


 でも……。


「やっぱり新に、会いたいよ……」


 そして私は……今日もこの世界にはもういない新の姿を追いかけるために日記帳を開いた……。

 そこには――私の手によって変えられたが記されていた。



◆―◆―◆


 4月11日


 最悪だ。さっそく学校を休んでしまった。

 今日は各クラスの学級委員で構成された委員会の集まりがあったのに。

 竹中さんに申し訳なく思ってたら、その竹中さんが家まで来てくれた。

 先生に頼まれたんだろうか?

 そんなのどうだっていい。

 嬉しかった。


 一日休んだだけなのに、なんでかみんなに忘れ去られたような気になっていた。

 明日も病院に行かなければいけないから学校には行けないけど……週明けには行けるように頑張ろう。


◆―◆―◆



◆―◆―◆


 4月12日


 朝、奏多に竹中さんのノートを渡した。

 ニヤニヤしてたけど、何か誤解してないかあいつ……。


 病院の検査結果は先生も驚くぐらいよかったらしい。

「何かありましたか?」

 なんて聞かれたけど……思い当たることは特に。

 ただ……ちょっとだけ竹中さんの顔が浮かんだ気がした。


 なんでかな。


◆―◆―◆



◆―◆―◆


 4月15日


 水曜日ぶりに学校に行けた!

 旭(こう呼ぶことにした!深雪に感謝!!)と二人でプリントを製本したりした。

 奏多が「貸しだからな」なんて言いながら深雪を引っ張って帰ってくれた。

 なんだよ、貸しって……。でも、そのおかげで沢山話が出来た。

 ちょっとだけ、仲良くなれた気がする。


 そういえば、帰り道ココアをあげたんだけどココアでよかったのかな。

 甘いの苦手だったりしなかったかな、ホントはコーヒーの方がよかったとか……。


 ……ほんの些細なことのはずなのに、こんなに気になるのは……なんでだろ。


◆―◆―◆



◆―◆―◆


 4月16日


 最悪だ。朝から少しだけ調子が良くなかったけど、学校で軽い発作が起きた。

 ほんの軽いのなのに先生は何度も早退しろって言ってくるしこうなると昼まで教室に戻らせてくれないし……。

 原因は多分……寝不足で朝走っちゃったからだろうなぁ。

 色々考えてたらなかなか眠れなくて。

 でも、午後からは何とか教室に戻れたからよかった!


 放課後は旭と二人で田畑せんせーのおつかいに。

 先生自分で取りに行けよな……。

 でも、おかげで旭とクレープ食べたり喋ったり楽しかった!


 ……俺はもしかしたら……。


 文字に書くのは恥ずかしいから、やめとく。

 明日からは春のオリエンテーションの準備だ!


 絶対参加したいから、俺頑張る!


◆―◆―◆



 新の日記を読みながら、夢の中で過ごした日々を思い出す。

 私にとっては夢の中の出来事だけれども――他の人にとっては確かに起こった過去なのだ。

 でも……。


「きっと、まだダメなんだ……」


 少しずつ変わってきている過去だけれど、まだは変わっていない。

 この世界の私はまだ、三年前のあの日新と別れたままなんだ。



◆―◆―◆


 4月17日


 今日は春のオリエンテーションのグループ分けと班ごとの係りを決めた。

 俺たちの班は旭と奏多と深雪と、あと旭の友達の辻谷さん。

 奏多が辻谷さんのことをさらりと陽菜ちゃん、なんて呼んでて……あいつの対人スキル俺には真似できない…。


 俺と旭は委員の仕事で忙しいから班長は奏多に押し付けといた。

 たまにはあいつも動けばいいんだ!


 ……そういえば、旭の携帯にストラップがついていた。

 どうしよう、すっごく嬉しい。めっちゃ嬉しい!

 ――やっぱり俺、旭が好きなのかもしれない……。


 かもじゃない!

 俺、旭のことが好きだ!


◆―◆―◆



「っ……!!」


 突然の新の告白に、心臓が鷲掴みにされたみたいにギューッとなる。


「新……」


 嬉しい!嬉しいはず――なのに……


「あれ……」


 どうしてだろう。


「涙が……止まらないよ……」


 こんなにも悲しい告白があるのだろうか。

 好きだって、大好きな人が私のことを好きだって書いているのに……。

 その人はもう、いないだなんて……。


「会いたいよ、新……」


 気持ちはもう決まっていた。

 新の日記帳を閉じようと、視線を日記帳へと戻す。


「……あれ?」


 何か変な感じがする。

 文章?言い回し?それとも……


「っ……!!!」


 考えようとするけれど、気が付けば新の書いたという文字に目が釘付けになってしまう。

 ドキドキと高鳴る鼓動が思考を停止させる。

――胸の高鳴りを抑えきれず、私は考えることを諦めて新の日記帳を閉じた。


「待っててね」


 違和感を頭の片隅へと追いやると、私は彼に会うために瞳を閉じて……夢の世界へと旅立った。



 ◆◆◆



 あの日から、目を閉じると新の屈託のない笑顔が思い浮かんだ。

――目を開けると、それが夢だったとわかっていつも泣いていた。

 けど……。


「うん、戻ってきてる」


 眠りから覚めた私の目の前に広がっている風景は、彼のいるあの頃のものだった。


「あ……」


 頭元の携帯電話にはもらったばかりの猫のストラップがついていた。

 汚れなんか全然ついていない、新品のストラップが。


「新…。私……」


 眠る前にした決意を忘れないように、私は猫をギュッと抱きしめた。




「おはよう!」

「……おはよ!」

 教室に入っていつものように陽菜に声をかける。

 一瞬気まずそうな反応をしたけれど……微笑んでくれる陽菜に安心する。


「昨日ごめんね、部活があったから先生の用事付き合えなくて」

「あ、ううん。大丈夫だよ!」


 荷物を机に置きながら返事をすると、陽菜が身を乗り出すようにして私の背中を突いた。


「……ね、どうだった?」

「え……?」


 いたずらっぽく笑いながら陽菜は言う。


「鈴木君と二人きり、だったんでしょ?」

「っ……!!」

「いいなー、好きな人と二人きりなんてー」

「もう!からかわないでよ……!」

「ごめんごめん」


 咎めるように言う私に笑う陽菜。

――うん、もう大丈夫だ。


「普通に先生に頼まれたものを、取りに行っただけだよ」

「ふーーん?」

「なに?」


 相変わらずニヤニヤと笑いながら、陽菜は私のスカートのポケットを指さした。


「それ、なーんだ?」

「それ?」


 陽菜の視線の先には、ポケットから出ている携帯電話のストラップがあった。


「っ……」

「昨日までそんなのつけてなかったよねー?」

「……」

「なーんてね」

「え……?」

「上手くいってるみたいでよかった」


 そう言って陽菜は嬉しそうに笑ってくれる。


「私も旭に負けないように頑張るね!」

「うん!」


 小さくガッツポーズをする陽菜の姿を見て、私も笑った。




「えーっと、それじゃあ今日のLHRロングホームルームはオリエンテーションのグループ決めとーあとなんだっけ?」

「グループごとの係りを決めてもらいます」


 新と二人で教卓の前に立ち、クラスメイトに伝える。


「そうそう、そんな感じ!だいたい1グループ5~6人ぐらいで、男女ごちゃまぜOKなんでよろしくー」


 軽快に進めていく新。

 田畑先生は……私たちに任せて窓の外の鳥を見ていた。


「ってことで、いいよね?ボーっとしてる田畑せんせー」

「おー。そんな感じで。仲間外れとか面倒なことはするなよー。人数多かったり足りなかったりな時は臨機応変で」


(て、適当だなぁ……)


 黒板に必要なことを書きながら思わず苦笑い。でも、そんな空気も嫌いじゃなかった。

 それはクラスメイトも同じなようで、笑いながらいい雰囲気がクラスに漂っている。


――クラスメイト達がそれぞれ好きな人とグループを組み始めたころ、新が私に言った。


「ねえ、旭はもう誰と組むか決めてる……?」

「え……?」

「もしよかったら……俺らと組まない?」


 さらりと言いながらも……新の頬が少し赤くなっていることに気付いてしまった。


「え、えっと……あ、でも……」


 陽菜のことが脳裏をよぎる。


「嫌?俺と奏多とあと多分、深雪もいるよ」

「――そうだ!」


 思いついたように言う私に不思議な顔をする新に、私はあのねと切り出した。




「と、いうことでこんな感じになりましたー」

「え、えっ……!?」

「ま、妥当なところだよね」

「やった!楽しみ!」

「よろしくね、辻谷さん」


 1人慌てふためく陽菜を置いてグループ分けは順調に決まった。陽菜、奏多、深雪、そして私と新の五人のグループだ。


「あ、そうだ!俺と旭は委員の仕事もあるから班長と副班長以外の係りでよろしく」

「えー何それ!」

「まあ、しょうがないよね。実際忙しいだろうし」

「……う、うん!」


 ね、辻谷さんと奏多に話しかけられて真っ赤になりながら陽菜は返事をする。

 ……こんなにバレバレなのに、どうして3年前の私は気付かなかったんだろう。不思議に思いながら当時のことを思い出そうとしている間に、班長決めのじゃんけんが終わっていた。

 結果、班長は奏多に副班長は陽菜になった。


「あそこでチョキを出していたら……!」

「往生際が悪いよ、奏多」

「ホントだぞー」

「ふふふ……」


 少し打ち解けた様子で、陽菜もきちんと会話に交われていたから安心する。

 勝手にグループに入れちゃったから心配してたけど……これなら大丈夫かな?


(そういえば……当時は陽菜と二人で困ってたんだよね)


 の私が過ごした三年前はまだそこまでクラスに馴染んでいなくて、陽菜と二人でどうしようかと思っているときに四人組で人数が足りないグループの子たちが声をかけてくれた。


(あの時はどうなることかと思ったけど……意外と気が合って楽しかったんだよね)


――なんて、当時のことを思い出していると……おかしなことに気が付いた。


(あれ……。そうだよ、私はあの時陽菜を含めた女子六人のグループだった)


 なのに、どうして


(どうして新の日記には、新たちと同じグループになるって書いてあったの……?)


 あの日記は三年前の新が書いていたもので……。それであれば私たちは違うグループのはずで……。


(どういう、ことなんだろう……)


 隣にいる新の姿を見つめてみたけれど……疑問に対する答えが返ってくることはなかった。

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