変わる過去、変わらぬ過去
第10話
──眠りから目を覚ます。
目を閉じる前と何も変わらないように見えるのに
そこにいるのは今の私だった
「帰ってきちゃった」
部屋を見渡すと、そこは間違いなく私の部屋なのに何故か軽い違和感を覚える。
掛かっている制服は高校のもので、机の上には充電器に差したスマートフォンが置いてある。
──いつもの私の部屋なのに、私の部屋じゃないような違和感。
「ちょっと……キツイ、かな」
何回目かの過去と現実の行き来のはずなのに、胸に重りのようなものを感じるのはきっと……連続した日を向こうで過ごしたからだろう。
当たり前のように新のいる日々を、過ごしたからだろう。
「この世界に、新はもういない……」
頬を伝う涙が、私の手を、パジャマを濡らす。
大声で泣き叫びたかった。新の名前を、新への想いを叫びたかった。けど……家族を心配させることを思うと、それも出来なかった。
「っ……ひっ……く……あら、た……」
私は……必死で声を抑えながら、パジャマの袖口を涙で濡らし続けた──。
「準備、しなくちゃ……」
学校に行かなければいけない。当たり前のように、今の私の日常を送らなければならない──。
まだ涙の乾ききっていない目を擦ると、ベッドから立ち上がった。
パジャマを脱ぎ捨てて制服に着替えると、今日の授業内容を確認しながら机に備え付けられた本棚から必要な教科書を鞄に入れていく。
「あ……」
机の上には、昨日の夜に読んだ新の日記帳が置いたままになっていた。
「っ……」
きっと中身は変わっている──変わっているはずだ。
でも……。
今はまだ手に取ることが出来ず、私はそれを置いたまま静かに自分の部屋を出た。
「旭!おはよう!」
教室に着くと、いつものように深雪が声をかけてくれる。
「おはよう」
「大丈夫……?」
「うん……」
「顔色、悪いわよ?」
「大丈夫だよ」
笑ってみせるけれど、納得のいかない顔で深雪は私を見ていた。
(誤魔化すことなんてできない、か……)
何年友達やってると思ってるのよ!──なんて声が聞こえてきそうな深雪の顔を見ながら、私は仕方なく口を開いた。
「──複数の日付の日記を読むと、その分だけ連続して夢の中で過ごすことになるみたいで」
「そう、なの……」
「目が覚めて、ここにはもう新はいないんだなって、そう思ったら……」
「旭……」
喋りながら涙が出そうになるのを必死で堪えていると──目の前の、深雪の机に滴が落ちた。
「なんで……深雪が泣くのよ」
「分かんないわよ! 分かんないけど……ううっ……」
「やめ、てよ……私まで……」
抑えきれなくなった涙は……深雪のものと混じって、机の上に小さな水たまりを作っていく。
「っ……」
「ううっ……」
向かい合ったまま涙を流す私たちを……クラスメイト達は怪訝そうな顔をして見つめていた。
「ただいまー……」
「お邪魔しまーす」
あの後、教室にやってきた担任に心配された私たちは、二人仲良く早退となった。
「でも、ホントに大丈夫なの?早退したのにうちに来てることがバレたら……」
「大丈夫よ。母には心配だから旭を家まで送ってから帰るって連絡しといたから」
ニコッと笑う深雪の手際の良さに感心する。
「それにほら……夢の話も、ちゃんと聞きたかったしね」
「そう、だね……」
私の部屋のドアを開けると、深雪は机の上の日記帳に視線を向ける。
「でも、やっぱり私には変わった過去しか分からないのね……」
「うん……」
家に来る道中で、昨日見た夢の話を深雪にしていた。
夢の中で過ごした──四日間の話を。
「昨日、旭が過去が変わっているって話をしたのも覚えてるわ。そのきっかけが、新の日記帳であることも、変わっている過去が中学三年生の時のことだっていうのも覚えてる」
一つ一つ確認するかのように、深雪は言う。
「でも、変わったって言われる前の過去の話しを──いくら思い出そうとしても、私には思い出せない。そんな記憶は、もともとないかのように感じる」
「深雪……」
力になれなくてごめんね、と悲しそうな顔をして深雪は言う。
「──旭はどちらも覚えているのよね?」
「うん……。ただ覚えているといっても三年前の出来事をそのまま覚えているわけじゃなくって──新の書いた変わる前の日記の内容を覚えているって感じかな。ああ、そんなこともあったよねって」
「そう……」
何かを考え込むかのように深雪は黙り込むと
「あいつなら……」
聞き取れないぐらいの小さな声で何かを呟いた。
「深雪……?」
「ごめん、やっぱり私帰るわね」
「え、深雪!?」
何かを思いついたかのように、深雪は部屋を出ていく。
「どうしたの!?」
「気にしないで。とりあえずまた明日学校で!」
「深雪……?」
慌てるように家を出ていく深雪の背中を、どうしていいか分からず……私は見送ることしかできなかった。
「──また、一人になっちゃった」
シーンとした部屋に一人でいると……どうしても机の上にある日記帳を意識してしまう。
──新と過ごした日々を、思い出してしまう。
また新に会いたいのに……苦しくて苦しくて、もう一度日記帳を開く勇気が出せない。
「新……」
小さく名前を呼んでみても、笑いかけてくれる人は──もう、この世界にいない……。
溢れ出そうになる涙を、手のひらで拭ったその瞬間──私は唐突に思い出した。
夢の中での、出来事を。
むしろ、なぜ思い出さなかったのか。
どうして忘れていられたのか──。
「どこにしまったんだろう……」
個人情報が──、とうるさい母のおかげで捨ててはなかったと思う。
それに……過去が変わっているのだとしたら、私が捨ててしまうはずがない。
捨てられなかったに、違いない。
「あった……」
それは、クローゼットの中の小さな箱の中に押し込まれるように入っていた。
「新……」
私はそれを──小さな猫のストラップがついた、少し古い型の携帯電話をぎゅっと握りしめる。
今はもういない、彼のことを想いながら……。
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