第9話
私たちは木陰のベンチに座り、並んでクレープを食べていた。
「これ、美味しいね」
「う、うん」
新は手に持ったクレープを頬張りながら、ニコニコと笑っている。
(なんで、こんなことに……)
現在私たちは放課後デート真っ最中★ではなく──先生に頼まれたおつかいのため、近くの商店街まで来ていた。
「それにしても田畑せんせー酷いよなー。作業が早く終わったならちょっと行って来て欲しいだなんて」
「ホントだね……」
「しかも奏多たち俺らに全部押し付けやがって」
「でもまあ、部活は仕方ないんじゃないかな……」
そう──先生から話をされたときには陽菜や深雪、奏多もその場にいて、みんなで行ってきてくれ、という話だったのだけれども。
「あ、私部活あるんだ」
「私も……」
「じゃ、俺もそういうことでー」
と、いうことで三人とも姿を消し……結局、私たち二人で来ることになった。
私としては嬉しいけれど……新はどうなんだろう。
私にとっての新は好きな人──だけど、今の新にとっての私は、出会ったばかりのクラスメイトだ。
逆の立場なら……うん、気まずい。
「ん?どうかした?」
「や、えーっと……陽菜や深雪は部活だからしょうがないけど、奏多は来てくれてもよかったのにね」
「…………」
「新……?」
気心の知れた友人が一緒の方がよかったのでは──と思って言った私の言葉に、何故か新は不服そうな顔をして黙り込んでしまう。
「どうかし──」
「旭は、奏多と一緒がよかったってこと?」
「え……?」
「俺は……旭と二人で嬉しいんだけど……」
「新?今なんて……?」
最後の言葉は、小さな声だったから上手く聞き取ることが出来なかった。
思わず聞き返した私に、
「……別に!」
「あ、新……」
そう言って立ち上がると、新は食べ終わったクレープの包み紙をクシャッと丸めて、近くのゴミ箱に向かって歩いて行ってしまった。
(急にどうしたんだろう……)
どうしていいか分からず、歩いて行ってしまった新の後ろ姿を見つめていると……新が私を振り返る。
「ごめん!なんでもない!先生のおつかいさっさとすましちゃおうか!」
そう言った新は、いつもと同じように笑っていた。
しばらく歩いた私たちは、とあるお店の前で立ち止まる。
「えーっと……ここかな?」
「みたいだね」
それらしきお店を見つけた。──うん、地図に書いてあるところと同じだ。
「こんにちはー……」
おそるおそるお店の中には行った私たちを、お店の人が出迎えてくれた。
田畑先生から預かった引換券を見せると、奥にあるからちょっと待ってね、と言いながら歩いていってしまった。
──発注していたものを取りに行くのを忘れたが明日どうしても必要だから取ってきてほしい──そう言って田畑先生が頼んできたもの、それは……。
「これって……ハチマキ、だよね?」
「だね……。クラスカラーだから、俺らが使うものかな」
ハチマキの薄い青色は私たちのクラスカラーだった。
「配達にしとけばいいのに、何で取りに行くのを選んだんだろ」
「ホントだね」
苦笑いをしながらレジで引換券を渡して受け取ると……想像したよりも重かった。
「わっ、結構重い……」
「俺が持つよ」
私の手から軽々と袋を取り上げると、新は笑いながら言った。
「こういうのは男の仕事なの」
「でも、私だって頼まれたのに……」
「ああー!もう!……ちょっとぐらいカッコつけさせてよ」
少し頬を赤く染めながら新は言うと、お店を出て今来た道をスタスタと戻り始めた。
「あ、ちょっと待って」
「置いてくよー?」
そう言いながらも、立ち止まって私が追い付くのを待ってくれる。
「ありがとう」
「……奏多ほどじゃないかもしれないけど、俺だって役に立つんだからね」
「奏多……?」
そう言えばさっきも奏多がどうの、と言っていた気がする……。
もしかして──いや、でもまさか……。
「私が……奏多と一緒に来たかったって、思ってる?」
「……違うの?」
「──私は、新とだから嬉しいよ」
どこまで感情を伝えてもいいのだろう。
全て伝えると、告白のようになってしまいそうで……。
「……俺も!」
「え?」
「俺も、旭と二人で来れて嬉しい!」
「新……」
「だから、また来ようね!今度は先生のおつかいとかじゃなく!」
「うん!」
新の気持ちが真っ直ぐに伝わってきてなんだかくすぐったい。
耳まで真っ赤にして、照れくさそうにそっぽを向く新を見つめながら私は、少しずつ近付いていく距離にくすぐったさを感じた。
クレープも食べたし、頼まれていた荷物も受け取った。あとは帰るだけ──そう思いながら新の隣を歩いていると、ふいに寂しくなる。
このまま別れてしまえば、次に会えるのはまた日記を読んで眠ったあと……。
「──新!」
「え?」
「あの……その……っ」
思わず、新を呼び止める。……けれど、何があるわけでもない。必死で考えるけれど、何も思い浮かばない……。
「ううん……何でもない」
「…………」
結局、誤魔化すように笑うことしかできなかった。
そんな私を見つめたあと……新はキョロキョロと辺りに視線を巡らせる。そして──。
「ね、あそこ行ってみない?」
新が指差したのは──ファンシーなものからプラモデルまで、幅広く置いている雑貨屋さん……だった。
「いいの?」
「いいも何も、俺が行きたくて聞いてるのに。変な旭」
そう言って新は笑うけど……きっと、私がまだ帰りたくなさそうな顔をしていたから──。
「ありがとう」
「だから、何でお礼なんて言うのさ。ほら、行ってみよ!」
新は私の手を引っ張ると、その不思議な品揃えの雑貨屋さんへと入っていった。
雑貨屋さんの中には見たことのないようなものからちょっと変わったものまでところ狭しと並べられていた。
「ね、旭。見て見て」
「ん?って、何それ!?」
「フランケンシュタインだぞー」
「あはは、それ被って学校来たら?」
「これ可愛い!」
「女子の可愛いってたまに変だよね」
「えーそうかなー?」
被り物やキモカワイイぬいぐるみを見ながら新とキャーキャー言っていると……さっきまで感じていた寂しい気持ちなんてどこかに言ってしまう。
そんな私を見つめながら、新が優しく微笑んでいた。
「あー楽しかった!」
「ホントにね!今日はありがとう!」
「こちらこそ!──それじゃあ、また明日!」
「うん!」
私の家と新の家の分岐点、今日もここでお別れだ。
手を振る新の姿を見送ると、私は家への道を一人歩いていく。
(あの頃──付き合っていた頃は……この道のりも一緒に歩いてたなぁ)
当たり前のように、それが当然であるかのように新はいつだって隣を歩いてくれていた。
(でも、まだ今は……)
「旭!」
「え……?」
少し寂しく思いながら歩く私の肩を、新が少し息を切らせながら掴んでいた。
「……これ!」
そう言って彼が差し出したのは……小さなストラップだった。
「その……さっきのお店で見かけて、なんか旭っぽいなと思って……い、いらなかったら捨てていいから!それじゃ!」
ストラップを私に押し付けると、新はそのまま走って去って行った。
残された私の手の中には小さな猫のついたストラップが一つ。
「いつの間にこんなの買ってたんだろ……」
今の私の過去にはない新しい思い出がまた一つ。
「ありがとう、新」
もらったストラップを携帯につけると、新が走って行ったのとは反対の方向に向かって私も歩き出した。
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