第7話
黙々と目の前のプリントを製本していく。
「…………」
「…………」
顔を上げると、真剣な表情をした新がいた。
(こうやってまた新の傍にいられる日が来るなんて、思ってもみなかったな……)
あの日から忘れようとしても忘れられなくて、でも嘘でも忘れたふりをしなければ辛すぎて。
もう大丈夫だって何度も自分に言い聞かせて、その度に夢の中であの日の新を追いかけていた。
手を伸ばして、届かなくて、泣いて……何度も何度も新を思い出していた。
「……ん?」
「あ……」
私の視線に気づいた新が、不思議そうにこちらを見た。
「どうかした?」
「え、えっと……」
「あっ俺の顔なんかついてた!?」
慌てた風に顔を拭う新の姿が可愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「あ、なんだよー笑ったな」
そう言いながら新も笑う。
あの頃と同じような空気が流れる。
新の優しさに包まれて、幸せだったあの頃と。
「そういえば、さ」
「ん?」
「この間、ありがとうね」
「え……?」
少し照れた顔をしながら新は言う。
「その、嬉しかったんだ。旭がノート持ってきてくれたの」
「なら、よかった。余計なお世話だったらどうしようかと思ってたの」
へへっと笑う私を見て、新も恥ずかしそうに笑う。
「そんなこと思うわけないよ!――迷惑かけてるんじゃないかって、ずっと気になってたから……なんか、待ってくれてるんだって思うと、すっごい嬉しかった!」
ストレートに届く新の言葉に、火照る頬を隠すように両手で私は顔を覆った。
「旭……?」
「うん……待ってた……。新とこうやって一緒にいられるの……ずっと待ってた……」
さよならを言われたあの日から……ずっと、ずっと、こんな日がもう一度来るのを、待っていた。
手を伸ばせば届く距離に新がいて、笑い合って、名前を呼んで。
そんな日々をもう一度過ごしたかった。
「あ、旭……?」
「なんでもない!こうやって新と一緒に出来るのが嬉しいなって。それだけ!」
「……うん。俺も!」
顔を見合わせて笑いあうと、私たちは目の前のプリントへと視線を戻す。
昨日より減りが遅いのはきっと――新と二人だから……。
「それじゃあ、さっさと続き終わらせちゃおっか!」
「だね」
夕日に照らされた教室で、私たちはたまにふざけながらもプリントの山を片付けていった。
◆◆◆
「終わったー!」
「結構かかったね」
全ての製本が終わるころには、外はすっかり暗くなっていた。
時間にしてみればそんなに遅くはないけれど、まだ4月だから日が落ちるのが早い。
「疲れたねー」
「だね。でも終わってよかったよ。これってオリエンテーションのやつでしょ?」
「そうだよー。もうすぐ準備が始まるからそれまでに製本だけでも終わらせなくちゃいけなくて」
「ごめんね、俺が休まなきゃもっと早く終わったのに……」
申し訳なさそうに言う新に、大丈夫だよと微笑む。
「それに新が休まなかったら、深雪と話すキッカケもなかったかもしれないしね」
「それは……ならよかった、って言っていいのかな…?」
「あはは、終わりよければ全てよしだよー」
笑う私に複雑そうな顔をする新。
「まあ、いっか!それに……旭とも仲良くなれたし!」
「っ……!」
「え…あ、違った…?仲良くなれたと思ったのは俺だけだった!?うわっ恥ずかし!!」
「そ、そんなことないよ!」
「ホント…?」
慌てて訂正をした私に、心配そうにこちらを見つめる新はなんだか捨てられた子犬のようで……その仕草があまりにも可愛らしく笑ってしまいそうになるのを必死で堪える。
「うん!仲良くなれた!なれたよ!」
「ならよかった!」
真っ赤な顔で笑う新に負けないぐらい赤い顔をして私も笑った。
「もう真っ暗だねー」
「そうだねー」
「もう少し明るい時間が長ければなー」
「すぐにそうなるよ」
他愛もない話をしながら、校門を出て二人で並んで歩く。
「あ……私、こっちなんだ」
学校を出てすぐの曲がり角で、私はまっすぐ行こうとする新に言った。
「あ…そうなんだ」
「うん、だから……」
「そうだ!ちょっと待ってて!」
私の言葉を遮りながら言うと、新はどこかに行ってしまう。
(どこ行ったんだろ……?)
長袖の制服を着ていても春の夜風は少し寒い。
街灯の下で待ちながら、思わず自分の身体をギュッと抱きしめていた。
「寒っ…」
「ごめん、お待たせ!」
「ひゃっ…!!」
暗闇から現れた新は……何かを私の両手に押し当てた。
思わず声を上げた私に、新は笑う。
「……ココア?」
「うん、この間のお礼」
「気にしなくていいのに」
「俺も飲みたかったから」
そう言う新の手の中にはブラックの缶コーヒーがあった。
(あ……)
新の好きなメーカーのブラックコーヒー。
家で入れるのも好きだけどこれも好きなんだ、なんて言ってる新の真似をして何度かチャレンジしたけれどいつも最後まで飲みきれなくて。
笑いながら「旭は子供だなー」なんて言って、いつだって新が飲んでくれていた。
「ん?」
「あ……コーヒー好きなの?」
「ああ、これ?そうなんだ。家で入れるのも良いんだけどたまにこれ飲みたくなるんだよね」
そう言って幼さの残る表情で笑う新と、ブラックコーヒーがあまりにも不似合で思わず笑ってしまう。
――思わず笑ってしまわなければ……きっと泣いていた……。
私が一緒の時を過ごした新と、目の前にいる新を重ね合わせて、思い出して、きっと泣いていた……。
手に持った缶コーヒーを一気に飲み干すと新はニッコリ笑って私に言った。
「それじゃあ、気を付けて帰ってね!風邪ひかないように!」
「新もね!また明日―!」
「また明日!」
同じ道を歩いて帰るほどには、まだ私たちの距離は縮まってはいなくて。
けれど、手の中のココアの温もりが新の優しさに触れたようで――。
とても、とても幸せだった。
でも、私は分かっていなかった。
過去を変えるという事が
必ずしもいい事ばかりではないということに。
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