第2話

 私は、日記帳に書かれている内容が理解できずにいた。

 何も言わなくなった私の顔を、深雪が覗き込む。


「旭……?そのノートがどうかしたの……?」


 不思議そうに、けれどどこか心配するような口調で深雪が問いかけてくる。


「な、なんでもないの!あれー?私記憶違いしてたのかな?あはは、気にしないで」

「う、ん……。ホント何かあったら何でも言いなよね?」


 納得してないような、そんな表情で深雪は言った。

 勘違い――に、決まっている。

 過去が変わるなんて、そんなことが起きる訳ないんだから……。

 一瞬よぎった考えを振り払うように、私は取り出した日記帳を再びカバンの中に押し込んだ。



◆―◆―◆


4月10日


今日は各委員会を決めた。

最悪だ。くじびきで学級委員長になってしまった。

女子の副委員長は竹中っていう知らない子だった。

知ってるやつだったら楽だったんだけど、でもちょっとかわいい子だったからラッキーかな(笑)


◆―◆―◆



「懐かしいなぁ……」

 

朝の出来事は私の思い過ごし……。

 そう思い込むことに決めた私は、夜眠る前に再び新の日記帳を手に取っていた。

 今日は3ページ目。4月9日の分が飛んでいるのが新らしい。

 日記を書くことが好きだ、なんて書いていたのに……そんなことを思うと寂しく思うのに、なんだか可笑しくなってくる。


「そういえば一学期は二人で学級委員をやったんだっけ」


 それが私が新を初めて認識した時……。

 どうして忘れていたんだろう。

 どうして、忘れていられたんだろう。

 こんなにも大事な思い出なのに。


「私も日記をつけておけばよかったかな」


 そうすれば新との思い出を、何一つなくすことなく覚えていられたのに。

 なんて――今更どうしようもないことを思ってしまう。

 でも、あの時はまさか新と付き合うなんて思っていなかったから。

 そして、あんな風に最後の……最期のお別れを迎えるなんて知らなかったから……。

 そんなことを考えていると、いつの間にか……私は眠りについていた。



◆◆◆



「ホームルームを始めるぞー」

 聞こえてきた声にハッとなった私が慌てて前を向くと、教卓には……田畑先生が立っていた。


(また、だ……)


 また、この夢。

 また中学三年の、まだ新がいたときの――夢。


(まさかと思うけど、今日は……)


「それじゃあ今日は委員決めをするぞー。とりあえず学級委員と副委員長な」


(やっぱり……)


「決め方は……くじ引きでいいだろ。大当たりが学級委員、当たりが副委員長ってことで」


 新が書いた日記と同じ内容の、夢……。

 偶然……?それとも……


(そんなわけない!)


 たまたま日記を読んだ後に眠っちゃったから……その内容が頭に残ってただけ。

 そうに、決まってる。

 そうじゃなきゃ、おかしいじゃない……。

 過去を夢で、繰り返すなんて……。


「次、旭の番だよー?」

「え、あ――うん」


 気が付くと私の順番が来ていた。


(過去の通りなら……この後、当たりを私が引くはず……)


「あ、あのさ!」

「え?」


 私は思い切って後ろの席の友人――陽菜ひなに声をかけた。


「あの……私ちょっとトイレ行きたいから、先にくじ引いといてくれない?」

「いいよー!せんせーにバレないうちに帰っておいでよー」

「ありがと!」


 そっと席を立った私は気付かれないように教室から廊下へと出た。


「はあ……」


 何かが変わるか、何も変わらないかは分からないけれど……。

 このまま同じように過ごしたのでは、何が起きているのか分からない。

 知りたい。

 今どういう状況で、私の身に――あの日記帳に、何が起こっているのかを……。


「あれ?えーっと……竹中さん、だっけ?」

 

廊下に座り込んで考え込んでいると……思いがけない人から声を掛けられた。


「あら……」

「ん?」

「あ、えっと……鈴木、君?」


 目の前には……3年前の新の姿があった。


「そー、鈴木君です。何してんの?こんなところで」

「え、あ……それは……」

「もしかして気分悪くてうずくまってた?大丈夫?先生呼ぶ?」


こんな記憶は、私にはない。

忘れているだけでは、ないはずだ。

じゃあ、やっぱり……


(これは夢で……過去を繰り返している訳ではないんだ)


「竹中さん……?」


 心配そうに言う新に、私は慌てて立ち上がる。


「あ、えっと……違うの!トイレに行って帰ってきたんだけどなんとなく入りづらくて」


 それっぽい理由を言ってみると、新は一瞬びっくりした顔をしたあと――いたずらぽく笑った。


「わかるわかる。俺もそういう時あるよーこのままチャイム鳴らないかなーとか」

「あるよねー!よかったー。……そういえば、鈴木君は何で外に?」

「それ、は……」


 新は何故か口ごもってしまった。


(変なこと、聞いたかな?)


 目の前の新の反応に不安になっていると……新は、ニッと笑って言った。


「俺も!俺もトイレ!急に行きたくなっちゃってさー」

「そっ……か!一緒だね!」


 笑う新にホッとする。

 一瞬曇った表情が気になったけど――けれど今の私には、聞くことが出来なかった。


「中、入る?」

「あ、うん!入ろっか!」


 後ろのドアをそっと開けて静かに教室に入ったつもり――だった。

 二人並んで教室に入る私たちを……着席したクラスメイトとニヤニヤした田畑先生が見つめていた。


「え、ええ!?」

「おかえり、お二人さん。あと2枚くじ残ってるぞー」


 どうやら廊下で話をしているうちに、学級委員を決めるくじは私たち以外引き終わってしまったらしい。


(まさか……)


「さあて、どっちが委員長でどっちが副委員長かなー」


 嬉しそうに言う田畑先生。そしてクスクス笑うクラスメイト。


「あーもう!しゃあない!引こうぜ!竹中さん!」


 新は腹をくくったように教卓のほうへと歩いていく。


「あ、うん!」


 私もそのあとをついて歩き、せーのでくじを引いた。

 結果は……


「それじゃあ学級委員は鈴木に、副委員長は竹中にお願いすることになった!二人とも1学期の間よろしく頼むな!」


 抗ったのに、何も変わることなく――過去の、そして日記の通りに、私たちの物語は綴られていった。


(でも、そうだよね)


 過去は過去だ。

 変わるはずがない。

 変わっていいはずがない。

 だからきっと……


(昨日のことは私の勘違いだったんだ)


 日記の内容が印象的だったから、日記の内容を夢で見ただけ。

 記憶と違ったのだって、3年も前の話だから私が忘れているだけだ。


 夢の中で起きた出来事はただの夢の中のこと。

 だから――今の私には、関係ない。

 過去を夢の中で繰り返すなんて、そんなことある訳がない。


 答えが出た気がした。

 私の胸の中でつっかえていたものが、スッとなくなるのを感じた。



◆◆◆



 けれどその時の私まだ気付いていなかった。


 過去が変わっていっていることに。

 ――物語が、動き出していたことに。



◆―◆―◆


4月10日


今日は各委員会を決めた。

保健室から帰ってくるとくじびきが終わっていた。

俺がいない間にくじをするなんて田畑せんせーひどい……。

しかも残ってた2枚が、委員長と副委員長なんて横暴だ!先生の悪意を感じる!

こういうくじ運だけは人一倍いい俺は……まさかの学級委員長になってしまった……。

ちなみに女子の副委員長は竹中っていう子だ。

廊下で少し話をしたけど優しそうな子だった。

……ちょっと可愛かったしラッキー。

これなら1学期の間頑張れそうかな。

なるべく迷惑をかけないように俺も頑張ろう。


◆―◆―◆

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