今の私といつかの君と

第1話

 新の家を出て、深雪と一緒に帰り道を歩く。


「…………」

「…………」


 何も話す気になれなかった。そんな私の気持ちを分かってくれているのか、深雪もまた何も話すことはなかった。


「それじゃあ……」

「うん、また明日……」

「わざわざ、ごめんね」


 反対方向なのに、私の家までついてきてくれたお礼を言うと、何言ってんのと深雪は笑う。


「無理しちゃだめだからね?」

「ん……」


 心配そうに私を見つめる深雪に手を振ると、私は玄関のドアを閉めた。

 声をかけてくる母と妹を無視して部屋へと戻る。

 ベッドの上に荷物を放り出すと、着替えることもなくそのまま寝転がった。

 何もする気になれなかった。


 新はもういない。


 別れたときとは違う喪失感に襲われる。

 もう二度と……新に会えることはない。

 もう、二度と…………。


「ひっ……くっ…………あら、た…………」


 嗚咽が、涙が止まらない。

 大好きだった

 大好きだった

 別れても、忘れようとしても、ずっと、ずっと、大好きだった……


「あらたっ……なんでっ……なんで…………」

 

溢れる涙を拭いながら顔を上げると、投げ出した荷物の中にある一冊の本が目に入った。


「あ……」


 それは、新のお母さんから渡された新の日記帳だった。

 渡された意図は分からない。けれど、これが今私の手元にある唯一の形見だった。


「こんなのつけてたなんて聞いたことなかったな」


 1ページ目を開いてみる。

 そこには私の知っている新からは想像のつかない、几帳面な文字で書き綴られていた。



◆―◆―◆


鈴木 新  14歳

好きな食べ物 ラーメン

嫌いな食べ物 ピーマン

好きなこと 友達と遊ぶこと

      日記を書くこと

嫌いなこと 病院に行くこと


明日から3年生。今年もみんなと楽しく過ごしたい。


◆―◆―◆



「新…………」


 私が出会う前の新がそこにはいた。

――私が新の存在を認識したのは、いつだったんだろう。

 クラス替えのあとの自己紹介の時?

 ううん、あの時はまだたくさんいるクラスメートの中の一人だった。


 新を新として認識したのはいつのことだったんだろう……?


 日記帳の2ページ目を開いてみる。

 そこには新学期1日目の様子が新らしい文章で書かれていた。



◆―◆―◆


4月8日


今日から新しいクラスが始まった。

1、2年で一緒だったやつらもいたし、知らなかった子もいた。

出来ればみんなと仲良くなってたくさん思い出を作りたい。


そういえば担任は去年から引き続き田畑せんせーだった。

俺の身体のこともあるのか3年間ずっと一緒だ。

今年もよろしくってことで朝、田畑せんせーが教室に入ってくるときに黒板消しをドアに挟んでおいた←古典的?笑

見事引っかかったせんせーにめっちゃ怒られたけどまあいいや。


今年も迷惑かけるけどせんせーよろしくね。


◆―◆―◆



「そういや、そんなことあったっけ……」


 新学期早々、先生から全員が怒られた記憶はあるけれど、あれは新たちのいたずらだったんだ。


「ばかだなぁ……」


 そう呟くと私は新の日記帳を胸に抱いて、いつの間にか眠りに落ちていた……。



◆◆◆



「おはよー」

「おはよー!また同じクラスで嬉しい!」

「私も!今年もよろしくね!」


「え……?」


 気付くと私は教室の喧騒の中にいた。


「あれ……??」


 確かさっきまで自分の部屋にいたはずだ……。


 それに……


(この制服って……中学の時の……?教室だって……)


 目の前に広がる風景は、見慣れた高校のものではなく……懐かしい中学の時のものだった。


(そっか……私、夢を見てるんだ……)


 新の日記を読んで当時のことを思い出したからだろうか?

 夢の中の私は中学3年生の、新と初めて同じクラスになったあの教室にいた。


「あっ……」


 教室を見渡すと入口のところで、男子たちが何かをしようとしているのが目に入った。


「新、だ……」


 夢だから当たり前なんだけれど、あの当時と何ら変わることのない新の姿が、そこにはあった。

 男子たちは椅子に上って、入口の扉に黒板消しを挟もうとしている。


「そうだ……!」


 我ながらくだらないことを思い付いたなって思うけれど、思い付いたものは仕方ない。

 私は教室の後ろの扉からそっと出ると廊下を歩いて前の扉に向かった。

 廊下の向こうには今年の担任となる田畑先生の姿が小さく見える。

 少しだけ開いた扉の向こうには、いたずらの仕掛けをしている新の姿が見える。


 ――目が、合った。


「え……?」

「入っても、いいかなぁ?」


 視線を上にずらしてそういうと、ばつが悪そうに頭をかきながらそっと扉を開けてくれる。

 ボスン、という音を立てて私の前に黒板消しが落ちた。


「邪魔しちゃってごめんね?」

「や、別に……」


 笑いが漏れるのを必死でこらえながら私は自分の席に着いた。

 その直後だった。

 ――黒板消しのトラップのなくなった扉から、田畑先生が普通に入ってきたのは。



◆◆◆



「んっ……」


 目を開けるとそこはいつもの私の部屋だった。

 懐かしい夢を見た。

 大好きだった新にも、もう一度会えた。


「この日記帳のおかげ、かな……。ありがとう」


 そう呟くと、私は日記帳をそっと鞄の中に入れると、一つ伸びをして部屋を後にした。



「おはよー旭!あのあと大丈夫だった……?」


 教室に入るなり駆け寄ってきた深雪が心配そうに聞いてきた。


「うん……。ありがとう。一日たって少しマシ、かな」


 ホントはまだまだ立ち直れてなんかいなかったけれど……心配してくれている親友に少しでも安心してほしくて嘘をついた。


「無理、しなくていいんだからね?」

「ありがとう……」


 そんな私の嘘なんてお見通しの深雪は、心配そうな表情を崩さないまま席に向かう。


「そういえば昨日懐かしい夢を見たんだよ」


 少しでも笑ってもらえればと、昨日見た夢の話をしてみる。


「中学3年の始業式の日に、新たちが田畑先生に黒板消しでトラップをしかけたの覚えてる?」


 それを夢の中の私がさーと続けようとしたとき、深雪がおかしなことを言いだした。


「覚えているわよ。新たちがせっかく仕掛けたのに女子に邪魔されたー!って騒いでいたもの」


「え?」


「新のことで久しぶりにみんなと話していて、あの時の女子が旭だったって知ってビックリしちゃったわ」

「ま、待って?え、それは夢の話で実際は田畑先生がトラップに引っかかったでしょ?」


 動揺が、隠せない。

 だってそれは、夢の中での話のはずだ。


 実際の私はあの時新しいクラスにドキドキしていて、そんなことが行われていたことさえ知らなかった。


「旭、大丈夫?記憶混乱してても仕方ないよね……。新のことはショックだっただろうし……」


 だけど、深雪は夢の内容こそが現実だと言う。

 分からない。

 どういうこと?


「そうだ!」


 私はカバンの中から昨日受け取った日記帳を取り出した。

 なんとなく傍に置いておきたくてカバンの中に忍ばせていた日記帳だったけれどこんな風に役に立つなんて思ってもみなかった。


「ほら、見て深雪!これ新の日記ちょ……」


 昨日見たページを深雪に見せようと2ページ目を開いた私の眼には信じられないものが飛び込んできた。


「うそ……」


 そこに書かれていた内容は昨日のものとは変わっていた。

 昨日は確かに田畑先生がトラップに引っかかっていたと書かれていたのに……。

 今開いたそこには、トラップが不発に終わったという……夢の中で見たままの内容に変わっていた……。


「なん、で……」

「旭、ホントに大丈夫?相談事があるなら何でも聞くからいつでも言ってね……?」


 心配そうに私を見つめる深雪に――私は、何も言うことができなかった……。

 ただ、何が起きているのか理解ができないまま新の日記帳を……綴られた文字を見つめていた。

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