第123話・石

 岐阜の関ヶ原に、石の殿堂とも言うべき石屋がある。日本中でつくられる石像、石壁、墓石、その他石製品の素材調達を一手に担う、石の販売所兼加工所だ。もちろん、美大石彫場御用達でもある。この石のショールームは、中日球場数個分というほどの広大な敷地に、多彩極まる巨石が名古屋港埠頭のコンテナのように積み上げられていて、ながめ歩くだけでも壮観だ。様々な色の御影石、トラバーチン、砂岩、大理石・・・世界各地で切り出された石がここに集められ、機械式の巨大なノコギリで食パンのようにスライスされていく。そうしてできたものが、銀行の壁などに張り付けられるわけだ。さて、巨石から薄板を切り出す一方で、最後に端材が生じる。商品にならない、巻き寿司のエンドの部分だ。貧乏な学生は、そんなおこぼれを二束三文で頂戴する。案内のおっさんが「どれでも好きなやつを選びゃー」と言うので、ヘルメットをかぶり、掘り出し物を探して歩く。

 マッタニ運転のポンコツ軽で連れてきてもらったが、まったくすごい光景だ。なにしろ石の一個いっこが、イナバの物置ほどもあるのだ。打ち捨てられたような石クズも、両手に抱えきれないほどのブロックだ。これでは、たとえ小さなものを手に入れたとしても、とても車で持ち帰るというわけにはいかない。なので年に一度、石彫場のメンバーで乗り合わせ、一気に多くの石を買い求め、巨大なトラックで配送をお願いすることになる。

 見てまわる石は、赤、黒、白、ゴマ塩、と色も豊富だ。この中から、卒業制作に用いるものを選ばなければならない。

「大理石はな、モロいねん」

 マッタニが説明をしてくれる。大理石は、石灰岩がみっしりと固められたもので、鍾乳洞のように雨に溶ける(数千年という単位での話だが)。層の結合も心もとなく、衝撃に弱い。その代わりに、キメが細かく、石肌が美しいというメリットがある。そして加工もしやすい。ノミを打ち込むと、硬い石鹸みたいな感触で、素直に刃先が入る。彫刻に向いていると言える。ヨーロッパの彫像などは、もちろんこの大理石製だ。トラバーチンは、沈殿岩なので凝縮が頼りなく、大理石よりもさらにモロい。断面はそのまま圧縮された地層になっていて、気泡や貝などの化石をふんだんに含んでいる。模様がやかましいが、抽象彫刻にすると面白い味になる。対して、御影石は、マグマがゆっくりと冷え固まったものだ。硬くて耐久性があり、墓石などにも用いられる。最も密度の高い黒御影石ともなると、とてつもなく硬質で、加工のしにくさには泣きたくなる。が、永遠を感じさせるほどの質感と色味がかっこよく、黒御影は掛け値なしに石界のエースと言える。レクチャー、終わり。

「なるほど」

 オレはこの春から石彫をはじめたばかりのほぼルーキーだが、誰よりも大きな石を手に入れてやろうと意気込んでいる。残された時間は一年間しかない。ちまちまとしたものをつくってもつまらないではないか。ちょうどテーマに沿う赤い石で、形もいいものがあったので、おっさんに値段を聞いてみる。3万円でいい、という。安い!じゃ、これとこれ、と気軽に買った。別行動だったマッタニにそいつを見せると、腰を抜かしている。石がデカすぎて、手に負えるかどうか心配しているようだ。自分の背丈を越えるような巨石を二点もお買い上げなのだ。過去の石彫場でも、このサイズをやらかした人間はいない。

「ほんまに大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「後悔せーへんか?」

「せぬ」

 根拠のない自信だけが持ち味のこのオレだ。やって見せるしかない。ところが、マッタニも負けん気の強い男で、オレよりもデカい・・・というか、長い長い端材を探し出し、二点購入している。

「マネすんな」

「してへんわ」

「後悔するぞ」

「わいにはわいの考えがあんねん」

 火花が散る。卒制に向けた勝負はすでにはじまっている。

 後日、石彫場にエントツ付きの大型トラック(ルート66を走ってるようなやつだ)が横づけされた。オレとマッタニの石がやってきたのだ。アフリカ大陸のボイン女性をテーマにするオレは、ボリュームのある赤御影のブロック。マッタニは、黒と白の細長い大理石だ。かつて誰もチャレンジしたことのない巨大な石材が何体も運び込まれ、後輩たちは目を剥いている。先輩たちもドン引きだ。それを見て、さすがにオレたちも少し心配になってくる。

「・・・ほんまに大丈夫か・・・?」

「・・・大丈夫だ・・・」

 その日から、巨石との壮絶な戦いがはじまった。

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