第72話・金沢市立美術工芸大学

 金沢市立美術工芸大学は、門からの広々としたアプローチ(駐車場だが・・・)の奥に、巨大なサモトラケのニケ像(石膏製のレプリカだが・・・)を仰ぐエントランスホールを構えている。その空間を、右に折れれば工芸科、左に折れれば油絵科だ。左奥の階段を上れば日本画科にいけるし、中央階段の先にはデザイン科がある。そのさらに上階には、学科授業用の大小講義室が並んでいる。

 さて、彫刻科はどこだ?という話になるわけだが、例によってこのマイナーな科には、特別あつらえの棟が用意されている。作品が大掛かりになるから、というのが表向きの理由だが、別の側面もあろう。うるさいし、きたないし、ほこりっぽいし、汗くさいし、人間の出来が粗野粗暴だし・・・という各点も、他の科から隔絶される理由にちがいない。つまりこの特別待遇の意味は、どれだけ汚しても、やかましくしてもかまわないから、一定の線からこっちにはこないでくれ、という、いわば配慮、いわば厄介者扱い、なのだった。

 彫刻科は、一学年がわずか15人という少所帯だ。一年めは、塑像、木彫、鉄、石彫と、四種類の「ゼミ」をひと通り経験し、二年めに入ってから、その中から専門科をチョイスすることになる。各科ごとに大きなアトリエがあてがわれていて、どの部屋をのぞいても、先輩たちが黙々と研鑽を積んでいる。システム自体は高校時代と同じだが、装備の充実度も、作品の規模も、先輩たちの熱意も、さすがにケタ違いだ。高揚を感じるとともに、緊張に身が引き締まる。

 入校式を終えて、15人は1年生部屋に集められた。男子が10人、女子が5人というバランス。ちなみに女子たちは、美しいというよりは、たくましいという形容詞がしっくりとくるたたずまいだ。この点においては、胸が高鳴ることはなかった。

「とりあえず、今夜は新入生歓迎コンパだからね」

 ヤーさんか、よく言ってもテキ屋のオヤジのような出で立ちのサングラス氏が、ぐだぐだな挨拶をはじめている。1年生の担当教諭らしい。ダイジローという木彫の先生で、お父ちゃんがとてもえらい彫刻家だという。親の七光りのもとに配置された、下っ端講師と言える。

「胃薬をね、前もって飲んどくようにね」

 芸術論や、彫刻の話などはない。ダイジローは、この夜の酒盛りの話ばかりしている。

「無理して飲まないようにね。あんまりたくさん飲んだことないでしょ?お酒」

 あんまり・・・たしかこの国で飲酒が許されてるのは二十歳からだよな・・・と、18歳なりに乏しい法知識を頭の中で思い返してみるが、毎夜のように高校の屋上で酒盛りをしていたオレが、その点を指摘するのはおこがましい。クラスの大半も未成年のはずだが、まあ、この大学はそういう大らかな文化なのだろう。なんだかわくわくしてきた。

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