第64話・熱から醒めて

 3ー美制作のアバンギャルド映画「コンプレックス/虚像の周辺」は、文化祭の閉幕式において、加納高校の生徒たちが投票する最優秀賞と、教師陣が選出する最優秀賞とを独占受賞した。壇上で、映画制作の最高責任者であるキシは、ハレバレと両方の賞を受け取った。後ろ頭をカキカキするその顔は、達成感に満ちている。クラス全体が栄誉に浴し、主役であるオレの顔は知れ渡ったが、この賞は疑いもなく、キシ監督が個人的技量において獲得したものだ。やつがそいつを受け取ることに、異議など出ようがない。なんとも晴れがましいことだ。この場が、やつの人生でピークとなるにちがいない。

 一躍その名を轟かせた受賞作品は、岐阜市の市民文化祭でも紹介される運びとなった。後日、市の立派な公民館でも上映され、われわれ関係者も参加させられた。このとき、女子とチャリの二ケツで会場に向かったのだが、街角で運悪く、恐ろしい生活指導教官にそれを見とがめられ、「後で俺のところにこいや!」と凄まれた。なのに上映が終わって彼の元にいくと、「おまえ、すごいな。カンドーしたぞ!」とすんなりと許してもらった。まったく、芸術の力とはすごいものだ。サンキュー、キシ、と言っておきたい。しかしそんな上映のたびに、いたたまれない気分に落ち込まされる。あんな映画など、二度と観たくはないのだが・・・「虚像の周辺」は、まさしくオレにとって「コンプレックス」となった。

 センセーショナルな空気は、半月ほどで潮が引くようにおさまった。ちやほやされている場合ではない。大学受験が間近に迫っている。

 オレはいつしか「自画像だけは奇妙にうまい男」になっていた。石膏デッサンはどヘタ極まるのに(描いていてつまらないのだ)、鏡に向かうと俄然、鉛筆が、木炭が、走って走ってしょうがない。自分が大好き!とそろそろ自覚してきており、制作後の自画像にうっとりと見とれることもしばしばだ。このナルシシズムの覚醒は、図らずも受験に大いに役立つこととなる。

 ちょうどムサビ=武蔵野美術大学の彫刻科の試験課題が、鉛筆による自画デッサンだった。しかし、この人気の大学の受験倍率は9倍もあり、とても勝ち残れるとは思えない。それに、年間の学費が日本一高額という話だ。オレの下には二こおきに、弟も妹も待機している。ここはひとつ、私立(ムサビを含む)は捨てて、公立の美大を目指すか、ということに進路の方針は落ち着いた。

 能登半島の根っこに金沢美術工芸大学という田舎美大があり、ここを見学したときに、彫刻科のすばらしい設備にドギモを抜かれた。岐阜の隣県の愛知にも芸大があるが、親元を離れてみたかったし、ほどよく隔離される距離感の金沢は魅力的だ。受験倍率も二倍そこそこで、楽にくぐれそうだ。たいした検討もせず、「ここでいいか」となんとなく決めた。とにかくオレは未来の行く先を決めるとき、なんとなく、という態度が基本なのだった。

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