第62話・文化祭

 秋。校内で文化祭が華々しく開幕した。この二日間は、グラウンド、中庭のステージ、体育館、音楽堂、各講義室、そしてそれぞれの教室が極彩色に飾り立てられ、お祭り騒ぎとなる。自由な校風を反映して、かなりなんでもアリの雰囲気だ。なにしろわが校は、特殊な人種(県下一の頭脳を誇る秀才集団と、音楽、美術の精鋭集団)の巣窟なのだ。自分たちの特技を活かし、考え煮詰めた催しものが目白押しとなる。

 中でも人気があるのは、音楽科の女子たちのロックバンドだ。見目うるわしいお嬢様たちが、セーラー服を過激に仕立てて(制服着用は義務づけられている)踊りまくり、オペラ声でシャウトし、そして驚愕のテクニックで楽器を演奏する姿は、いろんな意味ですごい。そうしたセンセーショナルな話題は、たちまちウワサにのぼり、次回講演の客足を伸ばすことになる。オレたちもこういきたいものだ。

 一方で、本気で東大を目指す普通科の連中は、「学術探究の成果」を発表する学会派(そんな催しものの前は、誰も彼もが素通りするが)もあれば、教室内に観客席を組んでバカバカしいバラエティ仕立てのクイズショーをやったり、エロチックな色ビニールを壁にめぐらせて「キャバクラ風喫茶」をやったりと、クラス(のたぶん担任の指導)の特色を出している。どの企画にも趣向が凝らしてあって、目移りがする。

 さて、映画上映会場は、美術棟の講義室の暗幕を閉めきって、専用にしつらえられる。段々式の中規模なハコで、100人からが入れそうだ。黒板の位置には巨大な白いスクリーンが張られ、映像が大写しにできる。ぱっと見、小さな映画館と遜色ない。

 普通科からも何点かの作品が出されているので、時間を決めて順ぐりに上映される(二日間で数回の上映機会が与えられる)。試しに他作品を観てみると、甘酸っぱい青春ものあり、笑わせに走るヒーローものあり、また、教師陣総出演の飛び道具ありと、どれもなかなか手が込んでいる。ライバルたちは手強い、の感触だ。

 しんがりに、わが3ー美制作の「コンプレックス/虚像の周辺」が組み込まれた。真打ち登場というわけだ。格が違うところを見せつけなければならない。デザイン科陣が最新のトレンドを活かして練りに練りあげた宣伝チラシも刷り、校内で配りたおした。不思議感いっぱいのポスターも貼り出した。そのおかげか、フタを開けてみれば、なかなかの入りだ。ホッとする。スカスカでは、張り合いがないというものだ。しかし束の間の安堵と同時に、不安が襲いかかってくる。苦労してつくりあげた作品に対して、ちゃんと反応してくれるのだろうか?酷評など受けたら、もう校内で顔をさらして歩くことなどできない。神様に祈りたい気分だ。ここに集まったお客さんたちが優しい人々でありますように・・・

「えーと・・・」

 上映前に、監督のキシが舞台挨拶をする。異常なほどのはにかみ屋のキシは、人前ではいつも後ろ頭をカキカキしゃべる。この映画はコンセプチュアルで難解な実験的作品である、と説明している。

(アホか。自分でハードル上げることないやろ・・・)

 オーディエンスに格段の覚悟を強いてしまっている。いや、あるいはこれは、保険としてのエクスキューズなのかもしれない。つまんなくても知りませんよ、観ちゃったあなたたちの責任ですよ・・・という。

 さまざまな思いの中、いよいよ暗転。開幕のブザーが鳴る。

 ブー・・・

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