第61話・クランクアップ

 季節は進み、盛夏に突入した。一斉試験のシーンの撮影だ。主人公(オレ)は相変わらず、答案用紙で飛行機を折っては、教室の窓から外に飛ばしている。

 それにしても、あつい。教室も暑いが、機材も熱い。高出力のライトは肌を焦がしそうなほどで、そのものすごい光量とレフ板の照り返しで、目がチカチカする。そして、極度の緊張。手元アップの場面では、指がぷるぷるするだけでなく、手汗で答案用紙はビチョビチョになる。自律神経の仕業なのか、自力では震えを止められないのが実に不思議だ。ここ何ヶ月もずっと撮影されているのに、オレはいつまでたっても慣れることなく、カメラを向けられて周囲から注目されるとガチガチになってしまうのだった。

 一方でキシは、ヒマを見つけては、ガラス張りの高層ビルや未来世紀的な風景をさがし歩き、雲が空を綿毛のように流れたり、「時間軸がどうにかなっちゃった感じ」の早回し映像を、聞きっかじりの特撮技術(原始的だが)を駆使して撮っている。その技術の獲得速度は飛躍的で、文字通りの日進月歩。昨日の進歩が、今日の撮影に反映される、という具合いだ。コレクションされた映像素材は多種多彩。それを見てほくそ笑むキシの姿は、映研のオタクそのものだ。少々気持ちが悪くなってくる。

 どういうツテをたどって見つけるのか、ロケ現場のバリエーションも充実している。物語の中で、主人公はナニモノかから逃げまわっている。そこで、さまざまな背景を用意する必要がある。教室を飛び出し、階段をひたすらダッシュで駆け下って以来、彼はどことも知れない街角を彷徨しつづけるのだ。それは心象風景なのだが、キシ監督は、思うに、つげ義春の「ねじ式」をテリー・ギリアムが予算5000円で映像化した、という感じの画づらを求めている。その不思議感を出すためには、タイプの違う現場の特徴を丹念に利用し、最も劇的なアングルを、最も効果的な映像技術を用いて処理するなど、ない知恵をしぼるしかない。この貧乏プロジェクトでは、苦心と歩数だけが頼りなのだ。すなわち、意欲だ。その熱量という点で、キシは悪魔的に優れていると言わざるを得ない。

 さて、夏の風も初秋の香りを帯びはじめ、最後の休日ロケとなった。主人公はどこか安息な場所(ロケハンで見つけた県立美術館の前庭の芝生)にたどり着き、ごろりと横になっている。一方、教室では全員撮影が行われている。またまた試験中のシーンなのだ。みんないっせいに答案用紙に向かい、小むつかしく眉根をしかめている。が、ひとりが「例の男」を想起し、紙飛行機を折りはじめる。するとそれがクラス内にひろがり、やがては全員が紙飛行機を折るようになる。試験官の制止を振りきり、クラスメイトたちはそれを窓から飛ばす。校舎から放たれたたくさんの紙飛行機は、眼下の街に向かって滑空する。澄みきった空を飛んで、飛んで、飛行機形にたたまれた白い答案用紙は、トンボの目が青空を写し込むようにブルーに染まり、やがて芝生に寝そべる主人公の元にたどり着く。そしていっせいにそのからだを埋め尽くす。どれだけ折ったのか、というほどのおびただしい紙飛行機に男はうずめられ、ちょっとユカイなシーンだ。ややわかりやすすぎな抽象的象徴表現だが、そこは幼い実験と思って許してほしい。

 最後は、白シャツの主人公がブルーの絵の具を溶いた水を頭からかぶったり、なんだか画面全体を「狂っちゃった感じ」にロコモーション。無機質だった周辺のヒトビトは、体温と表情を与えられ、人間味ある肉づけに。そんな映像の断片を有機的にコラージュしまくると、モノクロチックだった画面は彩色されたような鮮やかさを取り戻す。たいしてまとまりのないそんな混沌に、世にもかっこいい手づくりのエンディングロールをかぶせて落ち着かせ、オ・シ・マ・イ、となるんである。

 クランクアップ、かちん、こ!

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