第47話・落とし前

 絶体絶命の危機だ。やつは・・・のぼるは、自分の教え子たちが手にした一升瓶も、吸っていたタバコも(オレは吸わない派だが)、目にしてしまった。いや、そのあたりの校則違反ならまだしも、夜中に学校に忍び込むのは、「不法侵入」という完全な犯罪行為だ。停学か、謹慎か・・・退学はないだろうが、警察沙汰までもあり得る。朝礼で名前と顔をさらされるのはもちろんのこと、朝刊で、というのはあまりにも恥ずかしい。内申書に傷がつくのもまずい・・・夜が明けるのを待つ間、いろんな考えが頭をよぎる。

 打ちひしがれているうちに、東の空が明るくなってきた。約束の時間だ。足取り重く、三人で雁首をそろえて、体育教官室へと向かう。ノックをして中に入ると、明かりもつけない薄闇の中で、のぼるのギョロリとした目がこちらを向いた。「ひっ」と声を上げそうになる。やつもまた、一睡もしていないらしい。愚かな生徒たちをどう処断するべきか、考えあぐねていたにちがいない。しかし、大ざっぱな脳構造を持つこの原始人類が導き出す答えといったら、結局はたったひとつしかなかった。

「三人とも、そこに並べ」

 オレたちは素直に従い、壁ぎわに横一列に立つ。

「ばかーっ」ゴツン。

「ばかーっ」ゴツン。

「ばかーっ」ゴツン。

 岩のように硬いゲンコツが一発ずつ、脳天に向かって垂直に落とされた。若干、背が縮んだかもしれない。いや、それを相殺するタンコブが、天頂部でふくらみつつある。

「このことは、俺の腹におさめる」

 のぼるの決めゼリフに、三人は顔を見合わせた。

「行ってヨシ!」

 罰といえば、それきりだった。職員会議で百のめんどくさい議論を重ねるよりも、やつは一発の鉄拳でカタをつけたのだ。体育会の粗雑な頭には、このシンプルな解決方法しか思い浮かばなかったのだろう。しかし、現場に駆けつけたのはのぼるでも、「何者かが夜の校舎に忍び込んでいる」という通報が、学校の上層部にまで上がっていることは疑いがない。それでもやつは、コブシ三発で事をおさめようというのだ。これは、以降の責任の一切はのぼるが負う、ということに他ならない。そこを考えると、なかなか男前な振る舞いではないか。

 それきり、学校側から三人の咎が問われることは皆無だった。オレたちの名前はのぼるの腹におさまり、生徒指導部や校長の前では伏せられたにちがいない。事件は、永遠の迷宮に葬り去られることとなった。

 今回のしくじりは、さすがにこたえた。これに懲りて、オレたち深夜飲酒メンバーは誓い合った。もう二度と、

「蛍光灯はつけないようにしよう」

・・・と。オレたちは学んだのだ。すなわち、

「酒盛りは、月明かりの下でやるべきなのだ」

・・・と。そしてなによりも、心した。すなわち、

「絶対に見つからないように、用心深く事に及ぼう」

・・・と。

 それからも深夜の酒盛りは、卒業するまで間断なくつづけられた。

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