第48話・進化

 小・中学校時代はチビだったオレだが、高校に入った途端に、どういうわけか劇的に背が伸びた。日に日に、脳天が上空に運ばれていくのだ。視線も高くなり、周囲を見下ろすようになった。四肢が細長く引き伸ばされていく。学ランがみるみるうちにちんちくりんになっていく。まったく、不思議な感覚だ。

 満員電車が人類を巨大化させる、という説がある。ダーウィンの古典的な進化論の展開系だ。生物たちが激しい生存競争と淘汰律にさらされていた昔々、動物の中のある種は、高い枝に生える葉を食むために「自らの首を長く伸ばす」という選択をした。こうしてキリンは、他の四つ足動物では届かない高みのエサを独占し、効果的に子孫を繁栄させることができた。同様に、満員電車内で酸素を獲得するために、人類の背丈も伸びているのではないか?というのだ。確かに、暑苦しい人並みから頭ひとつ抜きん出た者は、電車という競争社会における優良種だ。オレのからだは、満員電車内での生存競争で揉まれるうちに、素直な進化を遂げたようだ。

 昭和時代の価値基準で「かっこいい」と称されてよろしい180センチのラインに到達し、オレはさらなるモテカードを手に入れた。ところが、美術科のクラスメイトはノッポぞろいだ。苅谷は180のオレが見上げるほども背が高く、ちんや川口もこのラインをクリアしており、日置も近いところにいる。苅谷はサッカー部ですでにまぶしいほどの活躍をしていたし、ちんは稀代の二枚目。川口は、このときすでにヒトヅマに童貞を提供し終えていたマセ高校生。日置は物静かだが、目がクリクリの優等生。男子が9人しかいない美術科で、背が高くなったとはいえ、オレはいまだにまったくの没個性だ。

 しかし、身体的な成長というのはなかなか愉快なものだ。日に日に大きくなっているという実感が、さらなるモチベーションを刺激する。そんな中、急に野心が芽生えた。ヒョロヒョロの節くれ立った四肢がコンプレックスのオレは、この骨と皮の間に筋肉を盛り込んでやろう、と思いついたのだ。すべてを成り行きまかせにしがちなぼんやりとした性格にして、はじめてともいうべき成長意欲だ。

 オレはさっそく小遣いをはたき、片方で3キロという鉄アレイを手に入れた。本当は「リングにかけろ」みたいなパワーリスト&パワーアンクルが欲しかったのだが、さすがにこいつは大げさすぎる。その通販品ときたら、普段、手首と足首に巻いておくだけで、いざはずしたときに、驚くべきパワーが発揮できるというのだ。しかしこんなものを常時身につけていて、日常生活に支障を来しては困る。その横で広告されている鉄下駄も、渋くてあこがれだ。そいつをはいて町内を一周しようものなら、脱いだときのキック力がハンパなくなるにちがいない。しかし、もしも買ったとして、いざはいてみたとして、ひょっとして、一歩も歩けなかったら困るではないか。まるで、地面に釘付けの刑だ。その画づらは悲惨すぎる。散歩以前の問題だ。楽をするにも苦労するものだなあ、としみじみと考え入らされる。それ以外にも、少年ジャンプの背表紙で必ず広告になっている「ブルワーカー」にも心引かれる。「ひ弱なあなたもたちまちムキムキ、モテモテ」みたいな殺し文句で名を馳せる筋トレ器具だ。入れ子になったスライド式の金属棒に板バネがくっついたもので、いろいろな態勢で伸び縮みさせると、たくましいからだになれるらしい。なにしろ、図説の少年のイラストがすごい。日陰のゴボウのようだったからだが、数週間でプロレスラーのようになり、自信満々となった彼は、周囲を取り囲む女の子たちからハートの目で見つめられている。こいつはどうしても欲しい。しかし、高額で手が出ない。そこまでの大枚は、高校生にははたけない。ところで今気づいたのだが、「アシが出る(出費過多)」と「手が出ない(高価断念)」とは、言葉としてリンクしてるんだろうか?まあ、それはいいのだが。

 とにかく、オレは悩みに悩み、鉄アレイ、すなわち、ただの鉄の塊を握り手で渡して持ち上げやすくしましたよ、という風情あふれる原始的なトレーニング用品を手に入れたのだった。ただ、こいつはなかなか使えるようだ。とりあえず、以後、肉体改造にはげむとする。

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