第33話・ビ組

 美術科の新入生は40人。通称「ビ組」。居並ぶ顔は、どれもこれもパッとしない。オレがいちばんかっこいいし、かしこそうだし、才能もありそうだ。しかし、誰もがそんなふうに考えているにちがいない。それがゲージツ家というものだ。自分がいちばん、自分が大好き。そのうぬぼれなしに、表現活動などできるわけがない。この中には、本当にすごいやつも混じっているはずだ。この連中は・・・あるいは、このオレもだが、まだ見栄えは悪い原石だ。それが競争の中で研磨され、輝きを放ちはじめ、やがて際立った個性を手に入れて、それぞれに独自の世界観を花開かせていくことになる。事実、この40人の中には、将来カリフォルニアに渡って「Mac G5」をデザインすることになる西堀晋や、「ダーリンは外国人」を世に送ることになる小栗左多里もこっそりと存在しているわけだが、この時点では、まだまだヤスリにかけられる前段階なのだった。

 女子31人に対して、男子9人という比率は、なかなかキツい。経験の進んだ大人の立場なら、この環境は「桃源郷」「酒池肉林」のうっしっし気分にひたれるかもしれない。しかし思春期を生きる多感な年頃にとって、男女比とは、単純な力関係である。発言力が31:9なのだ。かくて、男子は窓際一列にずらりと追いやられ、圧倒的多数を誇る女子が教室内の空気を支配することになる。

 女子は「チェッカーズ派」やら「RCサクセション派」やら「ノンセクション派」やらに別れ、たちまち堅固なチームをつくりあげていく。いきなりの派閥形成だ。そのコミュニケーション能力・・・リアルな言い方をすれば「敵と味方の嗅ぎ分け能力」たるや、男子には及びもつかない。中でも非常に行動的なリーダー格が何人かいて、彼女たちが中心となって群れを取り仕切り、たちまち勢力を拡大させていく。まったくたいした手際だ。男子は、教室の片隅でせまい肩身を寄せ合い、みすぼらしいコミューンをつくって、女子からの弾圧に備えるしかない。

 女子のサイドは沸き返り、男子のサイドは沈鬱に淀んでいる。無口で人見知りなオレは、そんな風景をぼんやりと横目に見て過ごす。カンケーないね、の顔を装うのに必死だ。その実、女子たちの行動力がうらやましくて、焦っている。なのになにもかもを悟りきったかのように「ふうん」とすましていて(思春期の男子というのはそういうものなのだが)、なかなか自分から打ち解けようとはしない。しない、のではなく、できない、のだ。はじめて出会った相手への声の掛け方というものが、そもそもわからない。固まってしまって、動けない。同級生男子たちもこぞって内向的で、覇王の器を持った逸材がいない。こうした新展開の際には、大概めちゃくちゃに破天荒な輩がひとりふたりいて、場をシャッフルしてくれるものなのだが、そうした一声が挙がらない。誰もがどうしていいかわからず、窓からぼんやりと校庭に視線を落とすばかりだ。男子とは情けないものだとつくづく思う。なにより、女子のにぎわしさ、フットワーク、それに大人びた社交性に圧倒されて、その光景がまばゆいばかりだ。

 考えてみれば、性質の偏った集団ではある。みんな、美術が得意。ということは、インドア派、お行儀よろしく、大暴れが苦手。スケッチブックに向かっている時間がなによりも好き。ということは、ひとに相対してきた時間が短い、周囲の空気を読まない、気が利かない、自分さえよければいい。そんな連中だ。それに比べれば、学区の一切の同年齢をるつぼに飲み込んでしまう中学校時代は、キャラが多彩だった。「圧倒的優等生」や「運動部キャプテン」、あるいは「不良」という、場を仕切るスペシャリストがいた。しかし今この場にいるのは、中庸な頭脳と、極端な個性と、社交性を嫌う気質を持つゲージツ家ばかりなのだ。オレは、誰かこの事態を打開しろよ、と他力本願に望みをかけつつ、さっそく途方に暮れている。

 そんなとき、救世主が現れた。

「ベントー食おうぜ」

 不意に、ひとつ前の席の「キシ」というボーズ頭が、振り向いてそう言ったのだ。こいつが、高校時代における最初の友だちになった。

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