第34話・キシ

 キシは、コンクリートジャングル(岐阜駅前)を生き抜くためのあらゆる知識を身につけた、シティボーイだ。田んぼのあぜ道とハス畑、それに地元商店街以上の環境を見も知らぬオレは、ただただやつの振る舞いにまぶしさを覚えるばかりだ。学ランの着崩しや、コンバースのはき方、ゲームセンターでの機種選びなど、オレは「都市生活」のすべてをキシから学ぶことになる。聞けばやつは、柳ヶ瀬という大繁華街の外れで生まれ育った、生粋の若旦那なのだ。洗練されているはずだ。さらに驚くべきことに、やつは女の子とつき合ったことがあるらしき雰囲気を漂わせている。女子との会話に、なんとも言えぬ落ち着きというか、余裕が感じられるのだ。とんでもなく早熟なお方だ。オレはと言えば、女子と口をきくことなど、不純異性交遊の第一段階と信じきっているものだから、「無視」「嘲笑」「赤面」以外の交わり方など思いもつかない。思春期における男子ふたりの、なんという圧差だろう。

 やつは、チビのオレから見てもさらにチビで、富士額にしゃくれアゴという顔の造作もたいしたものではなく、学業もおろそか気味の偏差値下位組だ。なのに、パルコの店内で迷子になりそうなオレの前方を、颯爽と肩で風を切って歩く姿は、実に頼もしい。値札に一万円などという数字が書きつけられたサマーセーターを手に取り、「ふうん」などと言っている。ぶったまげるではないか。オレなど、もし手垢でも付けたら弁償か?という恐怖が勝ってしまい、ちょっとスマしてイカした店頭に近寄ることもできない。さらにキシは、外食にも金を惜しまない。地下の「寿がきや」でのメニュー選びも、ラーメンをすするたたずまいも、こなれてサマになっている。その社会性のセンスは、やつの経験からくる自信に裏打ちされている。オレなど、学校帰りにアイスを買い食いするだけで、生活指導の先生の巡回の目に触れはしまいかとオドオドしてしまうのに。不良だ。キシは悪い輩なのだ。友だちにしてはいけない。しかし・・・オレはなんとしてもこのスタイルを身につける必要がある。でなければ、ワナに満ちたこの岐阜市内を攻略することは不可能だ。かくてオレは、やつの背中に付き従い、「ディグダグ」だの「クレイジー・クライマー」などのコンピューターゲームになけなしの50円玉を投入する。それは、自分をひとつ成長させるための通過儀礼でもある。

 そんな素行の悪いキシは、信じがたい振る舞いでオレを驚かせる。「チャリ事件」は、キシの不届きとあこぎさとインテリジェンスの最高傑作だ。

 クラスの男子は、オレ以外は全員が岐阜市内の出身者で、チャリ通学だ。ひとり田舎から通うオレは、電車とバスを乗り継ぎ、毎朝ひとりきりで学校に向かわなければならない。それをおもんぱかり、ある朝キシは、オレ専用のチャリを調達してくれた。

「なんや?この赤いチャリ・・・」

「ひろったんや。おまえにやるわ」

 こんなものが落ちているわけがない。しかし「拾った」のは事実だろう。そのチャリは、古びては見えないものの、両輪はパンクし、サドルは抜き取られている。つまり、盗まれ、打ち捨てられた的風情を全面にかもしている。

「直したら使えるやろ」

 それはそうだが。こうしてオレは、毎日の登下校時に、バス区間をチャリで移動できることになった。しかしチャリで通学するには、学校の「チャリ通許可証」が必要なのだ。これをなんとかしなければ、朝の校門通過時に、見張りの先生に制止されてしまう。

「学校の近くまで乗ってきて、かくすんか?」

「そんなんめんどくさいわ。もっとええ手があるわ」

 こんなときキシは、純朴に育てられたオレなど、まったく想像だにできない方法で、事態を切り開く。

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